27話 完結のしらせ

 当時のことを振り返り、そして米倉の言葉で俺は昔のことを完全に思い出した。


(ああ、そうか、俺がカリスマレビュワーなんていう気持ち悪いものになったのも必然だったのかもしれないな)


 そんな気がして自嘲したくなった。

 俺はきっとその時の父親の「自分で書くのはまだ早い。もっといい本をたくさん読んでからだ」という言葉をずっと引きずっていたのだろう。それ以降俺は自分で何か作品を書くということを一度も考えなかったのだ。

 子供の頃から大人向けの作品を読ませられてきたから、国語力は周りの子供に比べれば高かった。そして分析的に読むことがクセのようになっていた。たぶん幼い頃から父親からそうした読み方を教わっていたのだろう。

 そして俺の隣には俺よりも明らかに書ける米倉真智という存在がいたのだ。自分の才能のなさを目の当たりにしなければならないことほどのストレスはない。他者への批判の舌鋒が鋭くなるのもそうした理由があったのだろう。




「そっか、あの時キミが書いた小説を見せてくれなかったのは、そういうわけだったんだね。……でもね、私はあの時のことがあったから小説を書き始めたし、今まで続けられてきたんだよ」


 俺の過去語りを聞いた米倉は今までよりも優しい言葉をかけてきた。

 多分米倉に他意はない。今さら俺を弄ぶ意味もないだろう。

 だけど向けられる優しい言葉にはすべて何か裏があるのではないかと邪推してしまう。俺はそういう人間だ。


「今まではっきりと思い出せなかったのは、お父さんとのことがショックで一種のトラウマになっていたのかもしれないね。……ね、でも、大丈夫だから。私が言えることではないのかもしれないけど……お父さんもきっとキミに書く能力がないとは全然思ってなかったはずだよ? 本当に純粋にまだ小学生のうちは読むことに集中した方が良い、っていう意味の言葉だったんじゃないかな? それからお父さんとはそういう話はした?」


「は? アイツにそんな話出来るわけないだろ? つーか俺のことなんかもう眼中にもないだろ?」


 米倉の問いを俺は鼻で笑ってしまった。

 国立大学にも入れず、文学部にも入らず、俺はかつて父親が望んでいたような進路をまったく歩まなかった。アイツは高校の途中くらいからはもう俺のことに興味がなくなったようで、たまに家で顔を合わせてもお互い目も合わせないような関係になった。

 俺の口調に米倉もその話題を続けることは難しいと判断したのだろう。話題を変えた。


「……ね、でもさ、私はとても感謝しているから。キミがきっかけになってくれて今の私があるんだよ」


 繰り返されたその言葉は謝罪の意味が強かったように思えた。自分がきっかけで俺のトラウマを掘り起こしてしまったことを謝るかのようだった。


「ね、キミは私の小説のアドバイスをしてくれれば良いよ。もし本当に私がちゃんと作家になれた時にはキチンとそれなりのお礼もするしさ……キミのアドバイスは今の私にもきっと有効だと思うんだよ。ダメ、かな?」


 そういうと米倉は再び俺の手を握ってきた。おずおずと少し照れたような……そんな握り方だった。

 だけどそうされても俺の心は何にも感じなかった。さっき無意識に俺が掴んだ時は不自然なくらい鼓動が早まったのだが。






(はぁ、こうやってんのも飽きてきたな)


 気付くと俺は自室のベッドにいた。

 先日からネガティブなことばかり起こっているような気がする。いつも暗い顔をしている陰キャなら多少ショックなことが起きてもダメージを受けない……なんてことはない。

 多分実際は逆だ。精神的貯金のない人間ほど分かりやすくダメージを受ける。誰からも愛されて育ったような人間は、逃げ場も多いからダメージも受けにくいし立ち直りも早い。

 でも俺もこれだけショッキングなことも続くとちょっと笑えてくるというか、「どうせならもっともっと来てみろや!」と言いたくもなるようなヤケクソ気分だった。

 気分はボロボロでもベッドに身体を投げ出すと反射的にスマホを開いていた。


「初めての投稿作完結しました」


 無意識のうちにカクヨムのサイトを開くとそんな文字が飛び込んできた。

 草田可南子の作品『君との永遠の時間』だった。

 彼女はどうやら近況ノートの使い方も覚えたようだった。


(夏休みはバイト三昧なのかな?)


 赤城瞳との会話を思い出し俺はそんなことを思った。

 3日後から大学は夏休みになる。可南子は自分で宣言した通り最初の作品を完結させた。やはり彼女には体育会系で培ってきたメンタル、やり切る力があるのだろう。内容やどれだけ読者に評価されるかももちろん大事だが、完結させることはきっとそれ以上に意味がある。

 可南子の作品『君との永遠の時間』は全部で20話。累計5万字に満たない短中編だったが、それでも完結の価値を下げるものではなかった。


 気付くと俺はそれを読み進めていた。

 別に特に優れた作品というわけではない。夢中で読み進めながらも俺はどこか醒めていた。

 先の展開が見え見えの単純なプロット。誤字脱字も多かった。書き手の感情が先走るあまり言葉足らずで強引に進めてしまっている箇所も多く見られた。

 転生も異世界もハーレムもない、地味なラブストーリー。これでは今のネット小説ユーザーの心を掴むことは難しいだろう。俺もリアルの彼女を知っていなければこの作品を読み始めることはなかっただろう。


 あっという間に読み終えた。時間にして30分もかかっていないくらいだろうか?

 

(……何だろうな?)


 不思議な読後感だった。

 物語は悲恋のうちに男女が死別するという今時流行らない純愛ものだった。作品を読み進める段階でそれは予想出来た流れではあったが、改めて見ると少し意外な気がする。

 普段の明るい彼女を知っている身からすれば、無理矢理にでもハッピーエンドに持っていきそうな気がしたがそうではなかった。俺の知らない彼女の一面が作品を読んで見れたような気がする。

 曲がりなりにも彼女は一つの作品を完成させた。対する俺はどうだろうか?

 そんな気持ちが徐々に湧いてくるような気がした。


 3日後には大学の長い夏休みに入る。

 


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