千年の時を越えて


 皆さんは回覧板というものを覚えていますか?


 私が彼と出会うキッカケとなったアレです。


 回覧板の一番上には夏祭りのお知らせが載っていました。

 そこには夏祭りの開催日が書いてありました。

 そして「子どもばやし募集」と書かれたコーナーがありました。


 私はハッキリと覚えています。

 ゴンタに吠えられている間、ずっとそのお知らせを見ていたのだから間違いありません。


 子どもばやしの練習は、公園で行われているのだと母から聞きました。


 公園はあの日、彼が走っていった方角にあります。


 彼と別れてすぐに太鼓の音が聞こえたのを覚えています。

 きっと、練習時間ギリギリだったのでしょう。


 それなのに私のことを助けてくれたのだと思うと胸が熱くなります。




 いま私は公園のベンチに座っています。木陰は風が心地よいです。

 子どもばやしの練習をしている彼らは夏の日差しの下で焼かれています。

 見ているだけで私も暑くなってきました。


 彼ですか?

 もちろんいました。


 背中に「祭」と大きく書かれた青い法被を着ていました。

 小麦色に焼けた腕で白いバチを振るう彼の姿に、見惚れているところです。


 あの日よりもっと彼のことを好きになりました。


 でも、彼にこの思いを伝えることは出来ません。

 少なくとも今しばらくは。


 別にビビっているとか、振られるのが怖いとか、そんな理由ではありません。

 やむを得ない事情があるのです。


 あの回覧板には続きがありました。

 そうです。「子どもばやし募集」の続きです。


 四角で囲われたコーナーの右下。

 隅の方に但し書きでこう書かれていました。


「※ 小学五・六年生のみ」


 中学生女子が、小学生男子を好きだと言ったら周りの人はなんと言うのでしょう。


 もし彼が小学六年生だとしたら、歳の差はたったの一歳。

 彼が小学五年生だったとしても、歳の差はたったの二歳。

 一、二年後には二人とも中学生です。


 もしかしたら都会では普通にあることなのかもしれません。

 しかし、この田舎町ではあってはならないことなのです。


 小学生同士のカップルは「ませている」と言われます。

 中学生同士のカップルは「色気づいている」と言われます。


 では中学生と小学生のカップルは?

 正解は「たぶらかした/された」です。


 私の告白の結果に関わらず、きっとすぐにウワサは町中に広まるでしょう。

 それこそ一日も経たずに。


 さすがの真希も「それはないわ」とドン引きするに違いありません。


 きっと母は般若のように怒り狂うでしょう。

 もしかしたら大号泣するかもしれません。

 

 私はそんな母を見たいとは思いません。


「愛さえあれば歳の差なんて関係ない」


 そんなセリフを聞いたことがあります。

 たぶん、テレビだったと思います。

 でも、それは大人同士の話です。


 私たち子供にとっては、ほんの少しの歳の差が致命傷です。


 でもここは、ひとつ前向きに考えましょう。


 待てばいいんです。

 この問題は時間が解決してくれます。


 何故なら中学生同士なら「色気づいている」で許されるからです。

 歳の差は変わらないのに、ただ同じ学校に所属しただけで許されてしまうのです。


 ほんの一年か二年、待つだけのこと。

 もちろん「ほんの」はただの強がりです。


 それでも私は「歳の差なんて」ものを理由に彼を忘れることなど出来ません。


 ここは田舎町。

 このあたりの子供はみんな同じ小学校を卒業して、同じ中学校に通います。


 待ってさえいれば、必ず彼は同じ中学校に入学してくるのです。

 こればかりは、この田舎町に感謝せざるを得ません。


『飛鳥川 ふちは瀬になる 世なりとも 思ひそめてむ 人は忘れじ』


 移り変わる世の中でも好きになった人のことを忘れない。


 やっぱり私はこの歌が好きです。


 千年以上も昔の人と、同じ気持ちで恋をしているなんて不思議です。

 どれだけ世の中が移り変わっても、人を恋する心は変わらないのかもしれません。




          【了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】愛さえあれば【6,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ