第3話 これからの道
詐欺師はバックアップに就いていた先輩が始末してくれた。
将気の目論見通りに今夜の仕事を無事終えた一方で新しい問題も生じてしまった。
「将気ったらずるいよ」
先程の仕事のことを言っているのだろう。美夜は拗ねたように言った。新しい問題、美夜の機嫌が少なからず損なわれたことだ。
仕事の完了から半時間、一度現場を別々に離れた二人は美夜の自宅近くの公園にて合流し、たむろしていた。
「美夜姉……やっぱ途中から本気だったのかよ」
拗ねた顔も可愛いとは冗談でも言えない雰囲気だった。
やはり仕事だと命がかかっている分、本気で標的を仕留めることに思考が傾いてしまうのは
人の魂を一定期間捧げなかった組織の人間は、神に魂を食われる。
その時こそが組織の人間が唯一安息の死を迎える瞬間だった。
仕事を遂行し続けなければ死ぬ。だからこそ必死に仕事を――人殺しを続けなければならない。
標的が悪人でも心は削られていく。削るやすりの番手が大きいだけだ。
かといって磨かれて美しくなるわけでもなく、ただ減っていく、それだけ。
組織の上の方の人間はやはりどこかが違うのだろう。長年人を殺し続けている。それとも、いつか自分もそうなってしまうのだろうか。無慈悲な殺戮機械に。
死なないとはいえ、恋人と殺しあうなど本当は嫌だ。
殺せない殺し合い。それでも心は傷ついていくだろう。
どうにかしなくてはならない。
沈黙の間、将気は考えた。
浮かんだ一つのアイディア。これは今浮かんだわけではない。ぼんやりとどこかにあったのだろう。それを行う動機が昨日生まれた。
しがらみがあるのなら、壊してしまえばいい。
「美夜姉」
「なあに?」
「いっそ壊せばいい」
驚くくらい冷たい声が出たのを将気は感じた。
組織を組織足らしめているのは、それぞれに神と呼ばれる石像に縛られているが故だ。
ならばそれを破壊し、組織をなくしてしまえば、二人が結ばれることに障害はなくなる。
それが難しいことは言いだした将気自身もわかっていた。
「なるほどね」
説明がなくても察したらしい。美夜は頷いた。
「どうだ?」
「君らしいや」
肯定も否定もせずに美夜は穏やかに笑った。
その先の未来のことを考えているような表情、将気にはこれが肯定であることがすぐに分かった。
伊達に長年一緒にいたわけではない。
今はまだ夢物語。何もしなければ未来は変わらない。
この恋だけは譲れない。その想いだけで戦いに挑む二人を誰かが恋愛脳などと笑うかもしれない。
構うもんか。
だって俺は。
だって私は。
美夜が。
将気が。
好きだから。
思いは一緒だった。
「何笑ってんだよ?」
「いーや、将気だって」
「俺はなんか……美夜姉のことが好きだなって」
「あはは、まあ私もそんな感じかな」
笑い合う二人。少ないやり取りの中でも、心のどこかしらが繋がっていることを感じていた。
こんな時間を、幸せな時間をもっと、いっぱい過ごすために戦おう。
言葉を交わすことなくそう決意した。
二人は険しい道を歩き始めたばかりだ。その道の果ては見えなくとも、歩いていくしかない。
また明日、とそれだけ言って、二人は別の道を歩き始めた。
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