第2話 仕事

 将気は組織に指定された場所へ向かっていた。時刻は二十一時を過ぎている。


 今日の標的は、簡単に言ってしまえば振り込め詐欺師だ。

 元締めのような人物で、とてもうまく標的を見つけては、自身の手を全く汚すことなく詐欺を遂行し財産をむしり取る。

 オフィスも持たず、紙やメールを介することもないという。


 徹底していることに感心するよりも先に、それで詐欺が行えているということに将気は首を傾げた。


 悪人は毎日湧いてくる。

 そんな連中をいくら殺しても減らないことに将気はとっくに気が付いていた。

 それでも殺さなければならない。自分が、生きるために。


「現着しました」


 将気は無線機に語り掛ける。周波数は事前に指定されたものだ。


 生徒会室で美夜と話し合いをしている最中に鳴った電話は組織からのものだった。

 それも二人同時に、だった。

 内容も二人とも同じく詐欺師暗殺の仕事。


 場所は市内の廃墟、元は四階建ての貸しオフィスだったようだが、数年間に四階部分の壁が崩れ三階建てになっている。

 こういう廃墟を転々とする怪しい人々は少なくない。

 いつも思うが組織の調査能力には恐れ入る。


 ひょっとしたら自分と美夜のことも早々に掴んでいるのでは? そんな恐怖が心臓を掴んだ。


『よし、侵入し殺害せよ』


 短い指示、近くのどこからか、先輩暗殺者が見守っている。付近に誰かがくれば知らせてくれるだろう。


 おそらく美夜はまだ来ていない。

 彼女がこの場に暗殺者として現れることに言及してはならない。

 必要なことだけを発言するよう再度心に留める。

 彼女には悪いが、先に仕留めるべく将気は動いた。



 将気の殺害スタイルは撲殺。

 その手には二メートル程度の鉄の棒。もちろんただの棒ではない。

 殺戮の神より与えられた殺しの力――皆はとりあえず神器と呼ぶそれは、普通の凶器ではない。


 それぞれ魔法のような力を持っている。


 例えば、将気の棒は任意のタイミングで自身の肉体のリミッターを一分間外し、自身を強化する。


 美夜とは――美夜が扮した暗殺者とは過去に何度も戦った。


 言葉を交わしたのは昨日が初めてだったが、実力は確かだ。


 彼女は剣での斬殺・刺殺が仕事のスタイル。その剣は将気の棒に比べるとさらに魔法じみた力を持っている。


 剣に触れた物体の時間の流れを一時的に遅くすると言う力だ。


 そんな一見複雑な、わかりにくい力が内包されているのが神器だった。


 建物に這入る。赤い点滅が見て取れた。ダミーの監視カメラ。電池タイプで時折光って威嚇するタイプだろう。あまり気に留める必要はない。

 こんな何もない廃墟にカメラを設置するとは誰も考えないだろう。あれは不法侵入けん制のためのもののはず。


 階段を探す。一階と最上階、屋上に標的がいる事は少ない。


 階段を登ろうとしたときに、無線が入った。


『一人来た。女……だと思う。気を付けろ』


 おそらく美夜だろう。来る前に事を済ませたかったがそうもいかないらしい。

 建物入口に人影が動いた。

 階段を急いで登る。物音は立てぬよう、細心の注意で。


 ほとんどの壁は朽ちている。柱の影を探していく。


 崩れた壁材を蹴って転がす音が聞こえた。

 詐欺師は隠れてこちらを伺っていたらしい。

 幸いなことに、美夜が昇ってくるであろう階段よりもこちらの方が距離は近い。


 走る。その体は神によって不死を授けられたときに変わった。

 通常の人間を凌駕する強さを手に入れている。

 棒を背に付かんばかりに振りかざし左足を軸に飛び上がる。

 上から振り下ろしたのでは棒は天井に阻まれてしまうだろう。そのことに考えが及ばないのか将気は棒を思い切り頭上から叩き落そうとした。


 棒は天井に阻まれることはなかった。将気の力はそれを壊して棒を振り抜くほどだった。そしてその棒にはひしゃげるどころか、傷の一つも付いていない。


 神器は破壊不能――何があっても損壊しない、最強の武器。


 その一撃が詐欺師の頭蓋を砕く直前だった。


 激しい金属のぶつかる音。火花が散り一瞬フロアを照らした。

 立ちはだかり、剣で防いでいたのは美夜だ。

 残念なことに間に合ったらしい。


 こちらも神の呪いギフト――不死と肉体強化を得ている。

 ゆえに棒の一撃を剣で受け止めても怯む様子はない。


「また貴様か」


 女剣士は言った。絶賛演技中である。


「それはこちらのセリフ。我々の獲物を横取りするつもりか」


 将気も負けるつもりはない。演技でも、仕事でも。

 その隙をつき、詐欺師は悲鳴を上げて階段を降りて行った。


「標的逃げました。俺はこいつを足止めします」


 将気は無線を飛ばす。


「ちょ、ずるい」


 演技を忘れたらしく素で声が出た美夜だった。美夜の方にはバックアップがいない。


『半分もらうぞ』


 無線からの声。半分でもゼロよりはマシだ。


 棒は一度、美夜の剣に触れた。これでは棒を十全に振るうことはできない。

 将気の棒を振る速度は変わらないが、棒がその動きに付いていかない。些細なタイムラグ。


 これは苦労しそうだなと将気は一人苦笑した。


 恋人同士の戦闘は美夜が標的を諦める五分後まで続いた。

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