恋する二人は暗殺者
西東惟助
第1話 ルール決め
小学校時代からの知り合いで一個年下の男の子に昨日告白されて、ちょっと迷った末に付き合うこととなった。でも、その日の夜に暗殺の仕事で標的がかち合って、殺し合いになった上、所属する集団が敵対している。
自身の現状を
九年と二百二日間ずっと大好きで昨日ようやっと告白して付き合ったのに何だこの結果は!
そんなことを考えたのは美夜の相手、一個下の男の子、
二人の交際が露見すればバッドエンドしか待っていないことはすでに予測がついていた。
「ねえ、将気」
「な、何だよ美夜姉」
ようやく会話が始まった。
二人がいるのは晴月学園高等部棟の生徒会室。
美夜の生徒会副会長という立場を利用して、秘密の話をするのに選んだ場所がここである。
改めて恋人になった今、将気の方はじっと見つめてくる美夜から目を逸らしがちになってしまう。
逆卵型の小顔。アーモンド型の目に収まる
それらの視覚情報に加え、肩甲骨下まで伸びる絹糸のような髪からはシャンプーの香りが漂い、年頃の男子であるところの将気を
美夜の方も美夜の方で年上らしく振る舞おうと、何でもないような顔をして接しているが、似たような思いに囚われて将気の顔から目を逸らしたいくらいだった。
手入れされている少し太め眉の下の目は男性らしく鋭く、凛とした印象を与える。それでも目は大きめで睫毛も長く可愛らしさも同居している。そんな年下の男の子が小さい頃から自分を慕い続けていたことは嬉しいと、美夜は思っていた。
「私たちの、これから」
「……お、俺は別れる気ないよ。美夜姉が嫌なら別だけど」
将気の不安げな態度が可愛らしくて、追撃をしてしまいたくなる美夜だった。もちろん美夜にもたった一日で交際を解消する気はない。
「隠しておくしかないってことになるね」
「つまり、デ……どっか出掛けるのもダメってことか?」
デートが素直に言えない将気がいじらしくて可愛いとは思いつつも、このままでは話が進んでいかない。
美夜は副会長を務める時のモードへ切り替えてしまうことにした。極めて事務的に。
「そうだね。話が広がってお互いの組織にまで話がいっちゃたら大変だからね」
「ってことは誰にも言っちゃいけない」
「そ、まあ昔みたいな感じで友達みたいに一緒にいるくらいなら大丈夫かもしれないけど」
心が通じている。互いにそれだけで嬉しかったはずだ。人間は満たされても次へと進もうとする生物だ。
交際を隠して過ごすことに何の意味があるだろう。そう問いたい気持ちは互いにあるが、どちらもそのことには触れなかった。
「私たちの関係を続ける上で、ルールを決めましょう」
しばしの話し合い。
一つ、誰にも関係が変わったことを言ってはいけない。
一つ、依然と変わらない態度で接する。
一つ、仕事関係のことは互いに記録が残らない方法、つまり生の言葉のみで話す。
ひとまず、ルールはこの三つに落ち着いた。後々、増えることもあるだろうが、現状これさえ意識していれば大丈夫との判断だった。
特に三つ目、それぞれの組織が個人の端末をチェックしたことは今まで一度もないが、敵対組織の人間と仕事の話をしている痕跡が残らないようにしたい。
身元は自身の所属する組織にしか割れていないが、どこかで露呈したとき、ひどい目に合うのは目に見えている。
「一緒に、死んじゃう? 心中よろしく来世で結ばれるようにって」
冗談めかした様子で美夜は言った。
「俺は今、美夜姉と結ばれたいんだ」
冗談が通じなかったようで将気は美夜の瞳を貫くのではな以下と思うくらいの視線を注ぎ、生真面目に答えた。
「ずるいよ」
将気に聞こえないくらいの声で美夜は呟いた。
敵対する家に属する二人の恋物語、その結末はあまりに有名だ。
そんな末路を辿るつもりはない。そもそもそれができないことも知っている。
もっともあれは死んだフリをして失敗したのだったか。
暗殺者集団に属する際、あるシステムの管理下に置かれることとなる。
殺しを司る神に触れることにより、不死と殺しの技を授けられる。
代償は人間の魂。捧げ続ける限り、不死でいられる。
ゆえに二人は切られても、殴られても、落とされても、何をしても死なない。
公の場での怪我、特に欠損が生じるもの、命を脅かすものに対しては十分に注意しなくてはならない。
不死だが、感じる苦痛などの感覚は普通と変わらない。おかげで普通に生活する分には、死にかけることもない。
中には慣れてしまって、戦略に自死も辞さない者もいるが。
「私だって死ぬのは御免。それに死ねないでしょ?」
「あっ」
将気は自分たちが不死となっていることをすっかり失念していたようだった。
「でも俺は」
真剣に見つめてくる将気。
「本当に今この世にいる美夜姉が好きなんだ」
昨日の告白の時といい、こういう場面ではしっかり決めてしまうのが将気の憎いところだと思った。いわゆるギャップ萌えなのかもしれない。
「わかった。わかったから!」
半ば強引に話を戻した、そうでなければこの甘い空気に美夜まで流されてしまいそうだった。
ルールも決まったので話し合うことは既にない。昨日までと同じ生活を続けるだけだ。
沈黙を、二人の時間を終わらせたのは携帯端末の着信音だった。
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