第5話

***


どうしよう。

なんか、今日はウィルさんの独り言が酷い気がする。

普段はゲームのコントローラーをカチャカチャするする音や、キーボードをカタカタする音くらいしか聞こえないというのに。

ずっと、『死ね』とか『殺すぞ』とか『滅べ』とか聞こえてくる。

もしかして、ゲームの対戦相手と喧嘩でもしているのだろうか。

心配になるが、しかし余計なことに口出すのもはばかられる。

俺は、用意した彼の夕食を載せたトレーを見る。

それから、ウィルさんの部屋のドアをノックし、食事の用意が出来たことを伝える。

すると、ドアが開いてウィルさんが顔を見せた。

と言っても半開きだけど。


「……ありがと」


その視線が、俺の持つトレーへ注がれる。


「あ、コロッケ」


ウィルさんが呟いた。

でも、それ以上言葉は続かなかった。

コロッケなんて久しぶりに作ったけど、ウィルさん好きなのかな。

反応らしい反応が珍しい。

この人は、基本的に不機嫌で無口だ。

でも、コロッケを見た瞬間だけ表情が緩んだ。

たぶん好きなんだろうな、コロッケ。

ウィルさんはトレーを受け取ると、そのまま部屋に引っ込んだ。


なんだろ、この野良猫に餌付けしてる感。

キッチンに戻ると、ミルさんがいた。


「邪魔しているよ」


ベルが鳴らなかったから、この人もいつも通り普通に黙って入ってきたんだろう。

彼女はこの家の鍵を持っているらしいから。


「いらっしゃい、ミルさん。

食事は?」


「これからだ、なんならご相伴にあずかろうと思ってね。

ウィルには持って行ったところかい?」


オヤツにもなるコロッケは沢山作ってある。

一人増えたくらいどうってことない。


「えぇ、帰ってきてからずっとゲームですよ」


「相変わらずかぁ」


「でも、ミルさんが来てくれてちょうど良かったです」


「?」


「実は、ミズキから旅行に誘われまして。

許可をもらおうかと思っていたんです。

日帰りですけど」


今日のことを話した。


「あの娘か。

しかし、ふむ。

珍しいな」


「珍しい?」


「ウィル坊のことだよ。

女性からの誘いは特に冷たく断るんだが。

ましてや、今は君の護衛も兼ねてる。

反対しそうなものだが、そうじゃなかったんだろう?」


「えぇ。

行きたいなら行けばって言われました」


「どうしたんだあの子は。

頭でも打ったんだろうか?

変なものでも拾い食いしたか?

医者に連れていった方がいいかもしれないな」


すごい言われようだ。

どうでもいいけど、仮にも魔王の子息が拾い食いして乱心とかはちょっと嫌だなと思ってしまった。

あ、でも、


「変といえば、独り言が今日はとくに酷くて」


つい、先程のことを俺は話した。


「……あの子がそんな乱暴な言葉を?」


ミルさんはとても驚いている。


「ドア越しでもはっきり聞こえてきました」


言いつつ、もしかして俺が居候してるからそれがストレスになってるのかもしれないと考えた。

それで、ゲームの対戦相手と喧嘩して普段は口にしない汚い言葉を使っているのかもしれない。

けど、勝手に出ていくことは出来ない。

俺は、現在魔王軍にお世話になっている立場だからだ。


けど、ストレスの怖さは俺自身が身をもってよく知っている。

彼が希死念慮まで行ってしまうと大変だ。


「あの、ミルさん。

もしも他人の俺がここにいることで、ウィルさんのストレスになっているのかもしれないですし。

他に部屋を探して引っ越すとかってできないですかね?」


「無理だな。

少なくとも、君は何故か狙われている。

その理由もわかってはいないんだ。

ましてや、君がここにいるのは魔王からの勅令でもある」


ですよねぇ。


「なにより、ウィル坊は一度君を狙ってきた存在を撃退している。

あの子以上に強い存在となると、ウィルの長兄であるアスラくらいしか思いつかないが。

奴はいま多忙だし」


つまり、彼には医者にかかるか、現状に対して我慢してもらうしか無いらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

社畜少年の異世界交流記 ぺぱーみんと @dydlove

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ