第16話 勇ましい者への一歩

「カルナ、忘れ物はありませんか? 水筒は必須ですよ。それと、ダンジョンの風呂事情については安心してください。何とかなりますから」


 なんだかお母さんのようなことを言ってくるシェア。

 夜明け前だというのに、寮を出てすぐのところに集まったみんな。


「ギルドの人たちだっているし、大丈夫だってシェア」


「で、でもぉ」


 シェアは心配そうに俺の身なりを下から上へ目をやっている。何度も何度も持ち物の確認やら、遠征の心配事を伝えてくれる。

 昨日、俺はずぶぬれで帰ってきたので、俺に何か深刻なことがあったのではと、深く考えすぎているようだ。


 シェアに同意するように、ローズが唇を尖らせて言う。


「だがなぁ、お前は危なっかしいんだよ。いつも手がボロボロになるまで素振りして、傷を負ってダンジョンから帰ってきて」


「そ、それは……」


「しかしねぇローズ。これが冒険者ってやつだよ。冒険を求めて必死こいて強くなるもんだよ。一般人にはよくわからないかもしれないがね、そういう生き物なのさ」


 元冒険者のルベーラおばさんは俺の肩をバシバシたたきながら言った。

 まあ確かに一般人からしたら、理解できないことかもしれない。命の危険がある場所へ自ら身を投じるのだ。他にも、安全に稼げる仕事は山ほどあるにも関わらずに、だ。


 しかし、ルベーラおばさんはその手を止めると、俺の掌を握る。俺より一回りも二回りも大きな手で包み込む。

 そして、俺の目をまっすぐ見て、


「でもねカルナ。絶対に帰って来るんだ。今回はギルドの人もいるだろうけどね。ダンジョンってのはいつも何が起こるかわからない。中層なら尚更だよ。冒険者が死ぬときはいつも一人さ。だから、命を第一に考えなさい」


 ルベーラおばさんは低い声で俺を諭す。元冒険者が語る言葉の重みはやはり違う。


 俺は深く頷き、目をまっすぐ見る。


「わかりました」


「よし。それじゃあ危ないときはしっぽ巻いて逃げるんだよ」


「はい。かっこ悪くても泥だらけになってもしっぽ巻いて逃げます」


「それでいい!」


 ルベーラおばさんは元気のこもったこぶしを俺の胸に当てる。それだけで前向きな生き方ができるような気がした。


 すると、ローズはポーチから試験管に入ったポーションを数本取り出す。

 緑色の物が数本と、紫色のものが一本。


「みどりぃのはあんまり強いもんじゃねぇ。だがよ、これでも持っておいて損はねぇだろ。それに、このむらさっきぃやつは、いざって時に使うんだぜ」


「感謝する」


 ローズからもらったポーションをバッグに入れる。たぶん、紫色のものはかなり強いポーションだろう。ローズからも心配や懸念を感じる。

 それほどダンジョン探索と言うのは過酷だということを再度思い出す。いつ死ぬかわからない。いつ死んでもおかしくない。いつも死が目の前に転がってる。


 命を賭けた、命の取り合い。

 それがダンジョンだ。


「か、かるなぁ」


 するとシェアが少し照れたように名前を呼ぶ。


「どうした? 風呂事情に関しては考えないようにすることにしたぞ。だから大丈夫だ」


「それはいい事ですが、そのことじゃないです」


 すると、シェアは俺に向けて手を差し出す。

 その小さな掌には、手作りと思われるアクセサリーのようなものがある。

 赤色の紐が緻密に結われ輪っかを作り、装飾が施された黒石がついている。


「これは?」


「私が作ったお守りです。まぁ、効力があるかはわかりませんが。カルナが無事に帰れますようにって祈りながら作りました」


 その薄青色の瞳は、年下とは思えないまっすぐとした想いが感じられる。

 お守りで大事なのは効力なんかじゃない。それにかけられた想いだ。少なくとも俺はそう思う。

 

 こんな目を向けられたら帰ってくるしかない。無事にこのいえのドアを開けなければならない。


 俺はそれを受け取り手首につける。


「ありがとう」


「はいっ」


 そのお守りからは、確かな安心感を感じる。

 黒石には盾の模様が 彫られ、荒さはあるがこじんまりとしている。彼女が頑張って作ったのだろう。


 その模様を見ていてふと疑問が浮かぶ。


「それにしても、なんで盾の模様?」


「カルナはいつも剣一本ですからね。カルナを守ってくれる盾になってくれたらなと思いまして」


 俺はそれを聞いて、このお守りを握り、額に当てる。

 ありがとう、そしてよろしく、と心で何度も言う。このお守りが俺を守ってくれるように、と。


「本当にありがとう」


「どういたしましてっ」


 その無邪気な笑顔を崩したくはない。


「————っ」


 すると、シェアは俺に抱きついてくる。

 小さなその体は、震えている。


 この子を泣かせるわけにはいかない。決して泣かせてはならない。


 だから、俺も安心させるように包み込む。


 俺のあまり大きくはない体にすっぽりと収まってしまう。なんて小さいんだろう。

 そして、なんて強い子なんだろう。


「ぜったいに、帰ってきてくださいね?」


 震える声でそう言った。

 俺は強く抱きしめて。


「絶対に帰ってくる」


「ふふっ」


 それを聞くとシェアは安心したように息を吐き、そして離れていく。


 決意を固め俺はみんなを見る。


「それでは、行ってきます」


 深々と頭を下げる。

 これまでの自分を支えてくれた感謝を込めて。


 長い間幾度となく玄関で放った言葉。


「いってらっしゃいな!」

「きぃつけてな」

「頑張ってくださいっ」


 長い間幾度となく俺を支えてくれた者の言葉。


 三人の気持ちが心に響く。

 三人の眼差しが心に炎を灯す。



 あなたの言葉が心を奮い立たせる。


 

 あらゆる思いを胸に俺は背を向ける。

 

 だけど、みんなに背中を押してと頼むわけにはいかない。みんなの気持ちが俺を後押しさせるわけにはいかない。


 この体を進めるのは俺でなきゃならない。


 ————強くなりたい。


 その決意が変わらぬように、強く踏みしめる。

 臆病な自分を変えるために、剣を携えている。

 実現するためにあなたを追う。


 朝日が町を照らしていく。


 大通りの真っ向から太陽が登り始める。


 その先に見据えるはゲート

 

 これからはすべて自分次第。

 今までは助けられてばっかだった。

 シェアにもローズにもルベーラおばさんにも、あなたにも。


 これからは、助ける立場になりたい。

 涙を止められる存在になりたい。

 安心できる存在になりたい。

 そして、誰よりも強い存在でありたい。


 後ろには確かな足跡が残っているはずだ。

 消えぬ決意が。

 強い心が。



「頑張れよ、俺。いや、俺は頑張ります」


 敬語が表す者へ。

 弱さを持つ己へ。


 その心はただただ。


 







 あなたの隣に立てる日に辿り着くため。


 

————————

一章が終わりました。

二章は書き終わり次第投稿する予定、とだけ言っときます(笑)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る