成り代わり!
万倉シュウ
成り代わりは突然に!
1
「グワァァァアアアアアアッ!」
身体の奥底にまで
「やったか⁉」
翼竜に動く気配はない。既に息絶えている。岩肌が
「やった……ついにやったんだッ!」
「これでやっと、終わりなのね……!」
皆の表情に安堵が広がってゆく。肩の荷が下りたのだろう。当の俺も他人事ではなく、この世界で初めて胸がすく思いとなった。
ずっと不安だった。右も左もわからないまま
翼竜の額に剣を突き立て、悲鳴も上がらないことを確認すると、俺は背後の仲間たちを振り返った。互いに
「帰ろう! 俺たちの故郷へ!」
2
物語はエンディングを迎えた。故郷の村へと
今度――その言葉が自然と脳裏を
きっかけはいつだったか。夜中まで新作ゲームに熱中していた。午前一時、二時、三時と時間は流れ、気付いた時にはこの世界にいた。夢を見ているものかと考えたが、どうしても夢から覚めることはできなかった。
物語は中盤に差し掛かっていた。丁度俺がゲームで進めていたところだった。どうせなら序盤から進めたかったが、贅沢は言えないようだ。支離滅裂な言葉を並べる俺を不審がらず、丁寧にこの世界について教えてくれた仲間たちがいてくれただけ、俺は果報者だ。
俺は本来の主人公に成り代わり、旅の目的である魔王の討伐へと出かけた。仲間を増やし、世界の根幹に関わる秘密へと近付き、ようやく人里離れた荒野にて魔王の討伐を果たすと、視界は暗転し、次の瞬間には故郷の村で宴を開いているといった具合だった。
終わり良ければすべて良し。突如として放り込まれた世界だったが、終わってみると存外悪いものではない。胸が躍るような冒険譚はきっと元の世界へ戻った時の土産話になるだろう。
さて、元の世界に戻ろう。だがしかし、どうすれば戻ることができるのだろうか。てっきりエンディングを迎えればタイトル画面へ遷移するように、自動的に元の世界へ戻ることができると考えていたのだが。他にも条件があるのだろう。
「おーい!」
かつての仲間から声をかけられ、俺は海の中央に奇妙な渦が出現したことを聞いた。なるほど、エンドコンテンツというやつか。これを制覇してようやく、このゲームをクリアしたと言えるのだろう。俺は続々と集結した仲間たちと共に、再び冒険へと出発するのだった。
3
おかしい。そう感じたのは奇妙な渦の謎を解明した後のことだった。渦の中には現代を思わせるテクノロジーを有する古代遺跡が広がっており、その最奥には魔王に敗れたかつての勇者が待ち受けていた。当然本物ではなく、勇者の思念を遺跡のテクノロジーによって具現化した存在だったが、身体能力は本物そのもののようで、俺たちは一人を相手に複数人がかりでようやく勝利を収めることができた。
『お前たちがいれば、安心だ』
そう言い残し、
「帰ろう、平和な世界へ」
俺の声を合図にして、仲間たちは
「おーい! 何してんだ?」
仲間の一人に呼ばれ、俺は早足で部屋を後にした。
4
早とちりしていた。どうしてエンディングを迎えれば元の世界へ戻ることができると考えていたのか。誰もそんなこと言ってなかったではないか。ならば、何もせずに助けを待てば良かったのか。いや、それは仲間たちが許さないだろう。俺は仮にもこの物語の主人公であり、魔王の対極に位置する勇者なのだ。勇者が動かなければ、この世界は何も進展しない。
きっかけは何だったか。最後の記憶は夜中にこのゲームをプレイしていたところで止まっている。ならば、きっと寝落ちしたのだ。ゲームをプレイしている最中に眠気に抗えず、夢の中へと落ちてしまったのだろう。そして、この世界の主人公と成り代わった。
いや、逆か。この世界の主人公が現実の俺に成り代わったのだ。今頃、主人公は俺として学校に登校し、家で家族と
だが、どうすればいいのだろうか。夜中までゲームを行うかどうか、寝落ちするかどうかは俺に成り代わった主人公にかかっている。仮に俺が当事者なら、一度寝落ちすれば次からは気を付ける。
そうか。このゲームの主人公は世界の行く末を案じていたのだ。俺に成り代わり、自分だけ平和な世界で平穏な生活を送ることに引け目を感じていたのだろう。だからこそ、俺に魔王を討伐させ、平穏な生活を取り戻させた。エンドコンテンツもまた、かつての勇者の魂を救うために制覇する必要があったのだろう。
ならば、この世界の主人公に最早心残りはない。仲間たちが幸せに暮らすことは保証された。かつての勇者も救われた。このゲームをプレイする理由は、なくなった。
徐々に辺りが薄暗くなってきた。まだ日が高いのにおかしな話だ。ここのところずっと考え事をしていたせいだろうか、急激な眠気に襲われた。寝落ちするのは良くない。ちゃんと歯を磨いて、布団の中で寝よう。この世界から脱出する方法は明日ゆっくりと考えればいい。さてと、おやすみなさい。
成り代わり! 完
成り代わり! 万倉シュウ @wood_and_makura
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