第五話 神が授けた者 ⑦
研究所の前に立つマリア。
彼女はじっと、建物を見つめていた。
「マリア先生……?」
「行くか……」
彼女を筆頭に、暁人らは後につく。
研究所内に点々と、建物を囲むように点々と、マリアお手製の“調合液”をかけていく。
「量が少ないように思いますけど、これで足りますか?」
「……うん」
春日部の問いかけに、一言だけ返事をしたマリアを、黒田は見逃さなかった。
「マリア、この後はどうするんだ?」
彼が言うと、「このまま一つの液体に火を付ければ……あとは勝手に燃え上がる。全ての証拠が消えたら……時間的に勝手に火は消える……全て失くすんだよ。何一つ残さないように……じゃなきゃ、また不幸な人間が誕生することになる」と彼女は言う。
「じゃあ……消そうか……この忌々しい建物を……」
マリアはライターを手に、足元に溜まる液体に火を近づけた。
火はまるで意思を持つ生き物のように、次から次へと飛び火する。
建物はいつの間にか赤い光を纏い、それを包んでいた。
「火の色が変わった……?」
春日部が目の前で色を変えた炎を見つめる。
「マリア先生あれって……」
「燃え移るときは赤い火を……あとは、誰にもわからないように建物を消したいから、見えない炎にしたんだよ」
見えない炎……暁人はマリアと最初に関わった事件を思い出していた。
あれと同じものを使ってるのか……?
少しずつ形を変えていく建物をじっと見つめるマリア。
「さよなら……」
彼女はそう呟き、車へと戻っていった。
*
北海道から戻って丸一日。
マリアは一人、ずっとパソコンと向かい合っていた。
「マリア先生?ちょっと休憩した方が……」
マグカップに淹れた甘いコーヒーを手に、暁人は声を掛ける。
「忘れないように記録してるんだよ……」
「何をです……?先生は忘れたりしないんでしょう?だったら……」
「忘れたくても忘れられないんだよ。それに、私が関わった事件は全て、自分の研究として活かさなきゃならない。だから、まとめてるんだ……研究
マリアはそう言う。
「なるほど……“夢野真璃亜の研究レポート”ってわけですか。貴重なレポートですね……じゃあ俺は邪魔しないように、向こう行ってますから」
去っていく暁人の背中を見送るマリア。
「この一年、いろんな事件に関わった……私の研究に活かさなきゃ、亡くなった人の為にもなんとか役立てないと……」
彼女はそう呟く。
「マリア、ちょっといいか?」
どれくらい時間が経ったのだろうか。
黒田がマリアに声を掛ける。
「今って何時?」
彼女がそう問うと、「もう夜中さ。春日部と結城は自宅に帰ったよ。ここに来たら青井はソファで寝てた。……マリア、ちょっといいか?」と黒田が話す。
「自分はまだ不幸だと思うか……?」
「うん、ちょっとね。でも前よりは思わないかな……」
「そうか……。マリア、お前は自分の出自を知って、建物を見て、自分が生まれたことを……どう思う?」
彼女は少しの間を置き、「何がどうなって自分が生まれたのか、どんな育て方をされたのか、全て研究資料に載ってたよ。この能力が自然に生まれたものだったらよかったけど、造られたものだからな……何とも。でも、生まれたものは仕方ない。最期まで自分の寿命と使命を全うするよ、私は」と。
「その能力、確かに作られたものかもしれない。でも、マリアが育つ過程で身につけてきたものもあるだろう?それは……神が授けたものだとは思わないか?」
「神か……どうだろう。神は見えない存在だからな……。でも、ゴリラがそう言うなら……それでもいいかな」
彼女は笑う。
「マリア、これからも一緒に頑張っていこうな。私はずっとこの先もお前の親代わりだからな」
黒田はそう彼女に言う。
「親代わりじゃなくて、親でいいよ。そう思ってる。だから、これからもよろしく」
マリアは手を差し出した。
黒田はその手を握り、改めて自分たちの間にある絆を感じていた―――。
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