第五話 神が授けた者 ⑦

 研究所の前に立つマリア。

 彼女はじっと、建物を見つめていた。

「マリア先生……?」

「行くか……」

 彼女を筆頭に、暁人らは後につく。

 研究所内に点々と、建物を囲むように点々と、マリアお手製の“調合液”をかけていく。

「量が少ないように思いますけど、これで足りますか?」

「……うん」

 春日部の問いかけに、一言だけ返事をしたマリアを、黒田は見逃さなかった。

「マリア、この後はどうするんだ?」

 彼が言うと、「このまま一つの液体に火を付ければ……あとは勝手に燃え上がる。全ての証拠が消えたら……時間的に勝手に火は消える……全て失くすんだよ。何一つ残さないように……じゃなきゃ、また不幸な人間が誕生することになる」と彼女は言う。

「じゃあ……消そうか……この忌々しい建物を……」

 マリアはライターを手に、足元に溜まる液体に火を近づけた。

 火はまるで意思を持つ生き物のように、次から次へと飛び火する。

 建物はいつの間にか赤い光を纏い、それを包んでいた。

「火の色が変わった……?」

 春日部が目の前で色を変えた炎を見つめる。

「マリア先生あれって……」

「燃え移るときは赤い火を……あとは、誰にもわからないように建物を消したいから、にしたんだよ」

 見えない炎……暁人はマリアと最初に関わった事件を思い出していた。

 あれと同じものを使ってるのか……?

 少しずつ形を変えていく建物をじっと見つめるマリア。

「さよなら……」

 彼女はそう呟き、車へと戻っていった。



 北海道から戻って丸一日。

 マリアは一人、ずっとパソコンと向かい合っていた。

「マリア先生?ちょっと休憩した方が……」

 マグカップに淹れた甘いコーヒーを手に、暁人は声を掛ける。

「忘れないように記録してるんだよ……」

「何をです……?先生は忘れたりしないんでしょう?だったら……」

「忘れたくても忘れられないんだよ。それに、私が関わった事件は全て、自分の研究として活かさなきゃならない。だから、まとめてるんだ……研究報告書レポートとして……」

 マリアはそう言う。

「なるほど……“夢野真璃亜の研究レポート”ってわけですか。貴重なレポートですね……じゃあ俺は邪魔しないように、向こう行ってますから」

 去っていく暁人の背中を見送るマリア。

「この一年、いろんな事件に関わった……私の研究に活かさなきゃ、亡くなった人の為にもなんとか役立てないと……」

 彼女はそう呟く。


「マリア、ちょっといいか?」

 どれくらい時間が経ったのだろうか。

 黒田がマリアに声を掛ける。

「今って何時?」

 彼女がそう問うと、「もう夜中さ。春日部と結城は自宅に帰ったよ。ここに来たら青井はソファで寝てた。……マリア、ちょっといいか?」と黒田が話す。

「自分はまだ不幸だと思うか……?」

「うん、ちょっとね。でも前よりは思わないかな……」

「そうか……。マリア、お前は自分の出自を知って、建物を見て、自分が生まれたことを……どう思う?」

 彼女は少しの間を置き、「何がどうなって自分が生まれたのか、どんな育て方をされたのか、全て研究資料に載ってたよ。この能力が自然に生まれたものだったらよかったけど、造られたものだからな……何とも。でも、生まれたものは仕方ない。最期まで自分の寿命と使命を全うするよ、私は」と。

「その能力、確かに作られたものかもしれない。でも、マリアが育つ過程で身につけてきたものもあるだろう?それは……神が授けたものだとは思わないか?」

「神か……どうだろう。神は見えない存在だからな……。でも、ゴリラがそう言うなら……それでもいいかな」

 彼女は笑う。

「マリア、これからも一緒に頑張っていこうな。私はずっとこの先もお前の親代わりだからな」

 黒田はそう彼女に言う。

「親代わりじゃなくて、親でいいよ。そう思ってる。だから、これからもよろしく」

 マリアは手を差し出した。

 黒田はその手を握り、改めて自分たちの間にある絆を感じていた―――。

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