第五話 神が授けた者 ⑥

 マリアと共に研究室へと戻ってきた黒田。

 一同は何一つ変わらない姿勢を彼に向けていた。

「黒田さん、、どうします?」

「そのこと、マリアに話したんだ。マリア、どうする?」

 彼女は結城の元へ歩き、手を差し出した。

「え?」

「ちょうだい?USBとか資料とか、全部まこっちゃんが持ってるんだよね?私にくれない?」

 何をするのかと不思議に思いながらも、彼はマリアに全ての記録媒体を渡す。

「ありがと」

 結城から受け取った全てを手に、マリアは自分のパソコンへとそれを挿入し、スクリーンを下ろした。

「何するんですか?」

「どうせ処分するなら、全てを頭に入れてから処分してやるんだよ」

 マリアはそう告げ、一人、スクリーンに向かう。

 部屋には彼女が叩くキーボードの音と、記録された音声だけが響いていた。



 彼女は一切の休憩も取らず、ずっとパソコンの前に座っていた。

「青井くん、なんていうか……感謝しているよ……。君がいなかったら、私はこのまま警察を辞めて、どこかに行っていたかもしれない。マリアともう一度、またこうして話ができるなんて……本当にありがとう」

「何を言ってるんですか。俺は礼を言われるようなことは何も。ただ、マリア先生が信じているあなたが悪い人間じゃないって、そう思っただけですよ」

 暁人はそう返す。

 黒田は彼に手を伸ばす。その手をしっかり握り返す暁人に、黒田は以前のような覇気のある表情を向けた。

 そして、マリアが全ての資料を頭に入れるまで、わずか六時間。

 六時間後、彼女は「あそこを燃やしに行くぞ……このまま残しておけない……」と、手製の“調合液”を手に、研究室を後にした。

 さすがに“調合液”を持って飛行機に乗る訳にもいかず、一行は交代で運転し、北海道へ向かうことに。

 そこに向かうまでの約二十時間。

 他愛もない会話ばかりで、誰もに触れようとはしなかった。

「じゃあ、次は僕が!……次の四冊うち、推理小説はどれでしょう!」

 後部座席では、なぞなぞ大会が開かれていた。春日部と結城に付き合わされた黒田はもちろんのこと、運転する暁人でさえ半強制的に参加させられていた。

 マリアはと言うと、彼が運転する助手席で子どものような顔で眠っている。

「“犯人が残した足跡”“砂浜のピエロ”“赤鬼の真実”“新米警察官最初の事件”……はい!これがその四冊。これ簡単ですよ!分かります?」

 必死に考えたのだと、結城は春日部に問題を出す。

「黒田さんも考えてくださいよ」

「いや、さすがにこれは簡単だよ……答え言っても……」

「だめです!春日部さんに考えさせたいんですから!青井さんは分かります?」

 後部座席から聞こえる声に、暁人は「簡単だよ」とだけ答えた。

「ですよね~黒田さんも青井さんも頭の回転速いですし、なぞなぞとか楽勝ですよね。マリア先生にも聞きたいけど……」

「マリア先生になぞなぞなんか出したら瞬殺だぞ」

 暁人は笑いながら言う。

 が、腕を組み、必死に考えている春日部に気付いた暁人は「まじかよ……」と苦笑いを浮かべた。

「え、ほんとに分かんない……四冊とも推理小説みたいなタイトルだけど……」

「なぞなぞは春日部さんとやると面白いですよね」

 結城はそう言ったが、それすら耳に入らない春日部に、彼は黒田と目を合わせるしかなかった。

「ふわぁ~……今どの辺~?」

 マリアが目を覚ます。

「もうじき北海道に入りますよ。寒くないですか?」

「うん……みんな起きてたの?」

 ミラー越しに後部座席を確認したマリアはそう聞いた。

「後部座席は絶賛なぞなぞ大会中ですよ」

 暁人がそう答えると、「誰が出して誰が考えてんの?」とマリアは興味を湧かせた。

「今は結城が考えて、春日部と俺と黒田さんが考えてたんですけど、春日部だけが悩んでて」

「どんな問題?」

「マリア先生なら楽勝だと思いますけど……」

 暁人はそう言うと、結城が出した問題を彼女にも伝えた。すると、暁人が「砂浜のピエロ」と言った瞬間に「それだ」とあっさり答えを言ってしまった。

「あー!先生!今答え言ったでしょ!俺、まだ考えてたんですからねっ!?」

 春日部にも聞こえたのか、彼は不貞腐れた。

「こんな簡単な問題にどれだけ時間掛けてんだよ」

 マリアが返す。

「というか、なんで砂浜のピエロが答えになるの?」

 彼の一言で車内には一瞬、なんとも言えない空気が流れた。

「春日部さん……本気で言ってます?……仕方ないな……じゃあネタばらししますね?」

 頭を掻きながら、結城は説明する。

「僕は、問題文の中にヒントを入れてたんです。“推理小説”って。で、“犯人が残した足跡”“砂浜のピエロ”“赤鬼の真実”“新米警察官最初の事件”の中で“す”が入ってる。つまり、“推理”を“すいり”として、“すが入ってる小説は?”と尋ねていたんです。だから、四冊の中で“す”が入ってる“砂浜のピエロ”が答えになるんです。……分かります?」

 結城は一気に話したからか、肩で息をしていた。ここまで説明したが、春日部の頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。

「そろそろ着くぞ」

 答えを聞いても尚考えている春日部。

 一同は呆れた様子で、目的地へと降り立った。

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