第五話 神が授けた者 ④

「成田さんっ!」

 暁人が叫んだ瞬間、耳をつんざく音と、火薬の匂いが辺りに立ち込めた—――。

 耳の聞こえにくさが薄れるとともに、全てを理解する暁人。

 成田の目の前に立つマリア。

 その顔には飛び散った血の跡が付いている。

「マリア先生!大丈夫ですか!?……先生!」

「私はまた……親を失ったのか……暁人、私は一体何者なんだよ……」

 その言葉を残し、マリアは目を閉じた。

「先生!?マリア先生!?」

 頸動脈に指を置く。

「脈はある……マリア先生!」

「おそらく気絶だろう……。マリアにとってとてつもなくストレスになり、脳に負担もかかった……今回は長いかもしれないな……」

 黒田は、冷たいコンクリートに横たわる成田に近づく。

「死ななくても、マリアなら理解してくれたよ……あの子は、“また親を失ったのか”と言ったんだ……。成田、もっと早く自分から話しておくべきだったんだよ……」 

 彼は成田の瞼に手を当て、目を閉じてやり、手に握られたままの拳銃をそっと引き抜いた。

「黒田さん、マリア先生が言っていたことは……」

「さすがマリアだよ。全部その通りだ……異論の余地はない」

 彼の顔もまた、悲し気で、どこか陰があり、憔悴しているように見られた。

「だとしても、死ぬなんてことは止めてくださいね。これ以上、マリア先生を傷つけないでください。もし、あなたまでそんなことをしたら……マリア先生は、んですから。マリア先生をこれ以上傷つけるのは、俺が許しませんから」

 暁人はそう言うと、マリアを抱きかかえた。

「黒田さん、研究所に戻りましょう……」

 彼は優し気に、黒田に話しかける。

 強面のその顔は、誰にも見せられないくらいに崩れた。

「青井くん……私は……」

 涙声ながらも何かを話そうとする黒田の言葉を、暁人は遮る。

「もう何も言わなくていいです。マリア先生が言ったことが全てだと、さっき言いましたよね。だったら、何も言わないでください……」

 大きな体の黒田が、やけに小さく見えた。



 マリアを研究所に連れて戻り、暁人は例の現場に警察官を急行させた。警視庁から要請だと北海道県警に伝え、すぐさま現場に春日部と結城を送り込んだ。

 現地の警察官に反対されながらも、「この件はうちが追っていたんで……」と現場主任に春日部を指名し、全ての行動を自分に連絡するよう伝えた。

 そして現場主任鑑識官を結城に。

 彼らなら、マリアに関するすべてのことを伏せてくれると……信じて任せた。

 暁人が何を言いたいのか、彼らも理解していた。

 春日部が処理したのは、ということだけ。遺書などは見つかっておらず、突発的なものだったと、報告書を挙げた。

 結城は、涙ながらに全てを処理していたと春日部が言っていた。

 マリアの隠しておきたい秘密を自分が知ったと、彼は泣いた。現場捜査が終わり、報告を受けた際にそう聞かされた。

 そしてそれを全て、何一つ漏らさず、暁人は黒田に伝える。

「……現場からはこれで終わります。黒田さん、警察……辞めないでくださいよ」

 何かを察知した暁人は、そう告げる。

「君は……勘がいいのか?」

「いいえ、勘がいいんじゃありません。マリア先生が信頼している方だからこそ、自分も慕い、信頼しようとしているだけです。そうしたら、いつの間にか色々分かるようになっただけですよ」

 暁人がそう言う。

 黒田は一呼吸置いた後、デスクの引き出しから白い封筒を取り出した。

「退職しようとしたんだよ……全てから離れたくて。でも……逃げるのは良くないよな……」

「だったらせめて、マリア先生の指示を仰いだらどうでしょうか。先生が決めたことなら俺はそれに従います。だから、せめて……マリア先生の意識が戻るまでは……」

 

 あの日から、マリアはずっと眠ったままだった。

 あれから二週間、マリアは意識を失い続け、何にも反応しない。“ゼロ”でさえ、「どうしたものか」と悩んでいた。


 二人は警察を後に、マリアの元へと向かった。



「マリア先生、おはようございます!今日はいい天気なんですよ~!」

 暁人はいつもそうしているみたいに、病室にかかるカーテンを開けた。

「今日こそは起きた方がいいんじゃないんですか……?」

 彼は話しかけながら、マリアの髪に触れる。

「精神的なストレスと、脳への過剰な負荷で、目が覚めないと……先週言われました。目が覚めるまでどれくらいかかるか、医師でも分からないそうです……」

 ベッドで眠る小さなマリアを、暁人は見下ろした。

「マリア……」

 黒田が話しかける。

 だが、反応はない。

 二人はただ、静寂だけが流れる部屋に佇んでいた―――。

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