第五話 神が授けた者 ③
壁にあったもの。
それは、マリアを作り、育て、この世へと生み出した人工子宮だった。
「化け物を勝手に作りやがって……おまけにご丁寧に飾るなんてマッドサイエンティスト野郎が……」
乱暴な言い方をする彼女だが、それを触る手のひらは優しかった。
「隠れてないで出てきやがれよ……」
「マリア先生……?」
その声で、今まで真っ暗だった施設内に明かりが灯る。
それと同時にどこからともなく、“声”が聞こえてきた。
『マリア……そうか!君があの“マリア”か!いや~こんなに大きくなるなんてな~。どうだ?やっぱり知能は高いか?病気はしているか?記憶力は?不自由ない生活が出来てるか?君には聞きたいことが山ほどあるんだ。どうだ、親子水入らずって感じで話でもしないか?私が作ったんだ、君は私以上の天才だろうからな。天才同士、話でもしようじゃないか』
その“声”はまるでボイスチェンジャーでも使っているような、濁った声をしている。
「何が親子水入らずだよ……化け物を作ったくせに……」
『化け物だなんて失礼な。確かに、
“声”は話を続ける。
『だが、君はどうだ?高い知能に、スポンジのように何でも吸い込む記憶力。本当に化け物なら、君はただ何も知らない赤子同然の……』
「化け物だよっ!私だって化け物だ!高い知能はあっても、人の気持ちや感情なんて分かりやしない。みんなが羨むくらいの記憶力はあっても、人の顔や名前は覚えられない!話し方だって独特だ。なんでも見透かしてしまって、気持ち悪がられては避けられて。あいつは気にしないとか言われるけど、気にするに決まってるだろ。聞いてないふりしてるだけだ……。あんたが私なんて作るから……なんてことしてくれんだよ……。私の人生、ずっと化け物だったんだぞっ!」
マリアは今まで溜めてきた分の気持ちを吐きだすように、見えない相手に言葉を、感情を投げる。
『感情か……厄介だな。天才に感情は必要ないが……お前を連れ去った人間は教えてくれなかったのか?実の親ぶりやがって……ここにいれば、感情面だって上手く行ったかもしれないのに、凡人が天才を育てられ……』
「父さんと母さんを悪く言うな……お前に何が分かるんだ!あの人たちは私を育ててくれた。途中放棄しても良かったのに、この施設から逃がして、私を隠しながらひっそりと、それでも楽しく一緒に暮らしてきたんだ!なのに最後は無残に殺されて……」
『それでも、一刺しで死ねたろ?』
マリアの顔色が変わった。
「一刺しで……?一刺しってなんだよ……」
彼女の瞳は怒りにあふれていた。
「そうか……そう言うことか、なるほどな……両親もお前が殺したのか……」
『私じゃない。私の部下がやったんだ。そこを間違えないでほしいな』
足音が聞こえる。
マリアら三人は、後ろを振り返った。
だが、そこに立っていたのは男性と思しき人の姿。
「やっと頭のねじがぶっ飛んだ野郎の姿が拝めると思ったのに、なんだよそのフェイスマスク。顔、見せろよ」
しかし、姿を現しただけで、顔はおろか声すら発することはなかった。
「お前まさか……私が知ってる人間じゃないよな……」
マリアは突拍子もない言葉を発する。
今までにもこんなことは何度もあった。経験してきた。暁人は、獲物に食らいつく動物のように、目の前に立つ人間に飛び掛かった。
「何をするんだっ!」
どこかで聞いたような声……。どこだ……?
暁人は記憶を探る。だが、一瞬発したその声で、それが誰なのかマリアには簡単に分かってしまったようだった。
「成ちゃん……」
彼女の言葉に暁人は目を見開く。
「成田警視正……!?彼が……!?」
それはフェイスマスクを取り去った。
マリアらの前に姿を現したそれは、間違いなく警視庁に所属する警察官。警視正の成田幸四郎だった。
「どうして……一体どういう……」
「成ちゃん、いつもいなかったもんね。いつ行っても会えなくて、でもある時不思議に思ったんだよ。成ちゃんが私への接し方が変わった瞬間があった。今までは子どもに接するみたいに、研究所にも遊びに来てくれたのに、ある時から全然来なくて、私を避けるようになった。どうしてだろうって不思議に思った。そんな時に、成ちゃんは暁人を私と警察の架け橋にしたんだ……不思議だったよ。急にパートナーを組めなんて言われてさ。今までなかったから……。でもそれって、暁人を通じて私を……。違うな……自分の実験の成果を知りたかったからだよね。自分だとどうしても主観的になる。だから、第三者を立てた……。そうだよな……?」
マリアは彼にそう尋ねた。
「それともう一つ。ゴリラも、成ちゃんが私を作り出したことを知ってた。そうでしょ?」
彼女の目は悲しみでいっぱいだった。今にも泣きだしそうな目で、黒田を見つめる。
「崎田が私に依頼していた。けど、ある日から突然ゴリラが依頼することになった。このことと、成ちゃんと、関係があるんだよね?」
黒田でさえも、何も話さない。
「私、電話の声聞こえてたんだ。ゴリラから依頼が自分に変わるって話されたとき、扉の前でゴリラの声が聞こえてた。でも、何も言わなかった……どうしてか分かる?私は、ゴリラも成ちゃんも信じてたから……私を化け物扱いしなくて、普通に接してくれて……好きだから、何も言わなかった。なのに……どうして二人とも、私にそんな……隠さなくても……自分の出自くらい、ちゃんと理解できるのに……」
泣き出すマリア。
「マリア先生……」
「マリア、秘密にしていてごめんね。君が、崎田から冷たくされていることに気づいていたんだ。だから、その理由を知りたくなった。それを調べているうちに、君があのマリアだと知ったんだ。そうしたら、自分の研究と実験の成果を知りたくなった……そのあとはマリアが言った通りだよ。それで、君が警察を……IHSを辞めたりしないように、崎田を君から離したくて、黒田さんに全てを話したんだ。黒田さんは悪くない……悪いのは全部……」
成田はそう告げる。
「悪いのは全部お前だよな……」
そう言って彼を見つめるマリア。
「そうだ」
それ以上は何も言わず、目を見返す成田。一触即発とはこのことだった。
「最後に君を見ることができて……良かったよ……後のことは、黒田さん……頼みますね……私の娘を……」
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