第五話 神が授けた者 ①

 あれからマリアは研究室に閉じこもっている。

 黒田を筆頭に、マリアを知る人物は毎日のように様子を見に行く。だが、あの日から一度も彼女の姿を目にすることはなかった。

 一つしかない扉。

 マリアはそれに厳重に鍵を掛け、カーテンも閉めている。

「俺……最悪なことを……。先生のこと、黒田警視監から任されたのに、申し訳ありません……」

「君のせいじゃないよ。マリアの特性、いや……性格上こうなることは予測できる。でも、あの子にとってこれは……デリケートな問題だったんだ……それに触れたことは私ですらない。マリアが感情をあらわにするのを、私は初めて見たかもしれないな……君に出会って、あの子は確実に変わった。青井、これからもあの子を頼むよ」

 マリアを傷つけたことで、彼女とのバディを解消されると思っていた暁人。黒田からも厳重注意以上のことがあると身構えていた彼にとって、その言葉は意外過ぎるものだった。

「……良いんでしょうか……俺がバディで……」

「君以上に適任な人間はいないさ。マリアがあだ名ではなく名前で呼ぶ人間など、私はこれまでに見たことがない。あの子にとって君は……特別なんだ」

 自分が、マリアにとって特別……?傷つけてしまったのに、まだそう思ってくれているのか、まだ……名前で呼んでくれるのか……。彼の心は波打っていた。

「よし、じゃあ二人でマリアのところにでも行くか?どうせ一人だと行けないんだろう?」

「え……」

「君があれからマリアと会っていないことなんて、聞かずとも分かるさ。ほら、動くから用意しなさい。その前に差し入れでも買っていこうか」

 黒田はスーツジャケットを手に、暁人の肩を叩く。

 渋々立ち上がり、荷物を手に、彼は黒田の後についた。



「マリア、今日は差し入れを持ってきたんだけど……一緒に食べないか?」

 黒田が声を掛ける。だが、返事はない。ドアノブを回しても扉が開くこともない。

「マリア、開けてくれないと窓ガラス割るけどいい?」

 さすがにそれは……と声を出す暁人に、立てた人差し指を口元に当て、「いいからいいから」といたずらに微笑む。

「……ここの窓はIHSの警察支援機材課が作った超硬化ガラスだ。簡単には割れない……」

 部屋の中から、ぼそぼそとしたマリアの声が聞こえてくる。

「だったら開けてくれないか?マリアの好物のゼリーも買ってきたんだけど……」

「……“Noelノエル”の……?」

 扉が開くのと同時に、マリアの声が聞こえた。

「そうだ。食べないか?」

 彼女の目の前に、ゼリーの箱を掲げた黒田。

「……それだけ食べる……」

 マリアの“城壁”は黒田の手によって、いとも簡単に崩れ落ちたのだった。

「何で電話に出ないんだ?」

「出たくないから」

「メールの返信もないな」

「してないから」

「いろんな人が来てるのに、なんで顔すら見せないんだ?」

「会いたくないから」

「食事は?」

「食欲ないから……」

 黒田は一言ずつ、マリアとの会話を始めた。

「何で閉じこもってたんだ?」

 マリアは再び口を閉ざした。

「理由はあるだろう?」

 彼女はうつむき、何も話さない。

「マリア先生……申し訳ありません……俺のせいで先生は……傷つけてしまって本当に申し訳ありません……!」

 暁人はマリアの前に土下座した。彼なりの精いっぱいの謝罪だった。

「……暁人……」

 マリアはまだ、彼を名前で呼ぶ。それが何よりも、今の彼にとっては嬉しいものだった。思わず涙がこみ上げ、「先生……」と彼女を見る。

「私には重大な秘密がある……それを、暁人は知ったんだよね……」

 彼女の言葉に、暁人はうなずくしかできなかった。

「私は……その秘密を誰にも話したことはない。もちろん、私の過去を知っている人間は何人かいるが、彼らが話すこともない。話してしまえば、自分の立場が危うくなるだけじゃないからだ……それくらい、私が持ってる秘密は重大なんだ……」

 マリアは話を続けた。

「暁人、お前はこの話を……どこで知ったんだ……?誰かに聞いたのか?」

 彼は一瞬、言葉に詰まる。だが、マリアが知りたがっている。彼は、固く結んだ口を緩めた。

「中崎から……北海道にある潰れた研究所のことを……」

「中崎……?もしかして、女子高生連続誘拐事件の中崎か?」

 マリアにそう問われ、彼はうなずいた。

「北海道の研究所ってことは……あいつは本当に知っていたのか……“生まれる前の私”を……」

 マリアは悲し気にそう呟く。

「マリア先生……」

「暁人、私はね……なんだよ……」

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