第五話 神が授けた者 ①
あれからマリアは研究室に閉じこもっている。
黒田を筆頭に、マリアを知る人物は毎日のように様子を見に行く。だが、あの日から一度も彼女の姿を目にすることはなかった。
一つしかない扉。
マリアはそれに厳重に鍵を掛け、カーテンも閉めている。
「俺……最悪なことを……。先生のこと、黒田警視監から任されたのに、申し訳ありません……」
「君のせいじゃないよ。マリアの特性、いや……性格上こうなることは予測できる。でも、あの子にとってこれは……デリケートな問題だったんだ……それに触れたことは私ですらない。マリアが感情をあらわにするのを、私は初めて見たかもしれないな……君に出会って、あの子は確実に変わった。青井、これからもあの子を頼むよ」
マリアを傷つけたことで、彼女とのバディを解消されると思っていた暁人。黒田からも厳重注意以上のことがあると身構えていた彼にとって、その言葉は意外過ぎるものだった。
「……良いんでしょうか……俺がバディで……」
「君以上に適任な人間はいないさ。マリアがあだ名ではなく名前で呼ぶ人間など、私はこれまでに見たことがない。あの子にとって君は……特別なんだ」
自分が、マリアにとって特別……?傷つけてしまったのに、まだそう思ってくれているのか、まだ……名前で呼んでくれるのか……。彼の心は波打っていた。
「よし、じゃあ二人でマリアのところにでも行くか?どうせ一人だと行けないんだろう?」
「え……」
「君があれからマリアと会っていないことなんて、聞かずとも分かるさ。ほら、動くから用意しなさい。その前に差し入れでも買っていこうか」
黒田はスーツジャケットを手に、暁人の肩を叩く。
渋々立ち上がり、荷物を手に、彼は黒田の後についた。
*
「マリア、今日は差し入れを持ってきたんだけど……一緒に食べないか?」
黒田が声を掛ける。だが、返事はない。ドアノブを回しても扉が開くこともない。
「マリア、開けてくれないと窓ガラス割るけどいい?」
さすがにそれは……と声を出す暁人に、立てた人差し指を口元に当て、「いいからいいから」といたずらに微笑む。
「……ここの窓はIHSの警察支援機材課が作った超硬化ガラスだ。簡単には割れない……」
部屋の中から、ぼそぼそとしたマリアの声が聞こえてくる。
「だったら開けてくれないか?マリアの好物のゼリーも買ってきたんだけど……」
「……“
扉が開くのと同時に、マリアの声が聞こえた。
「そうだ。食べないか?」
彼女の目の前に、ゼリーの箱を掲げた黒田。
「……それだけ食べる……」
マリアの“城壁”は黒田の手によって、いとも簡単に崩れ落ちたのだった。
「何で電話に出ないんだ?」
「出たくないから」
「メールの返信もないな」
「してないから」
「いろんな人が来てるのに、なんで顔すら見せないんだ?」
「会いたくないから」
「食事は?」
「食欲ないから……」
黒田は一言ずつ、マリアとの会話を始めた。
「何で閉じこもってたんだ?」
マリアは再び口を閉ざした。
「理由はあるだろう?」
彼女はうつむき、何も話さない。
「マリア先生……申し訳ありません……俺のせいで先生は……傷つけてしまって本当に申し訳ありません……!」
暁人はマリアの前に土下座した。彼なりの精いっぱいの謝罪だった。
「……暁人……」
マリアはまだ、彼を名前で呼ぶ。それが何よりも、今の彼にとっては嬉しいものだった。思わず涙がこみ上げ、「先生……」と彼女を見る。
「私には重大な秘密がある……それを、暁人は知ったんだよね……」
彼女の言葉に、暁人はうなずくしかできなかった。
「私は……その秘密を誰にも話したことはない。もちろん、私の過去を知っている人間は何人かいるが、彼らが話すこともない。話してしまえば、自分の立場が危うくなるだけじゃないからだ……それくらい、私が持ってる秘密は重大なんだ……」
マリアは話を続けた。
「暁人、お前はこの話を……どこで知ったんだ……?誰かに聞いたのか?」
彼は一瞬、言葉に詰まる。だが、マリアが知りたがっている。彼は、固く結んだ口を緩めた。
「中崎から……北海道にある潰れた研究所のことを……」
「中崎……?もしかして、女子高生連続誘拐事件の中崎か?」
マリアにそう問われ、彼はうなずいた。
「北海道の研究所ってことは……あいつは本当に知っていたのか……“生まれる前の私”を……」
マリアは悲し気にそう呟く。
「マリア先生……」
「暁人、私はね……実験で生まれた人間なんだよ……」
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