第四話 自殺に誘う家 ⑦
「一体何のことですか……今度は俺が犯人?さっきあなたは、妹が犯人だって言いませんでしたっけ?」
まるで煽るように、彼は言った。
「私を煽ってるのか?だったら残念だな。私は煽りには乗らない。だから、低周波音に影響されることもない」
一瞬視線を逸らした湊。まるで全て言い当てられたような顔をマリアに向ける。
「お前が犯人だって確定だ。今のずらした視線が証拠だよ。てことで……暁人、春日部直樹!こいつを連れていけ。この事件の犯人だ」
いったい何が起きているのかと、遥は呆然と立ち尽くしていた。
「妹をどうする気だ……」
「私が預かる。心のケアだって必要だろ。お前は全てを話して、ちゃんと罪を償え」
マリアはそう言い放ち、遥の腕をつかむ。
「おいで」
さっきまでとは打って変わり、優しい口調になるマリア。
そんな彼女を見つめる遥の目は、涙でいっぱいになった。
「お兄ちゃんは……私を……」
「とりあえずは、この地獄のような家から出ないか?私も耳が痛いんだ」
彼女はそう言って、微笑んだ。
それにつられるように、困ったような顔で微笑み返す遥。
二人は、肩を並べて家を出た。
*
「マリア先生、橘遥さんの様子は……」
彼女は“ベッドルーム”に視線をやる。ぬいぐるみが所狭しと置かれた“ベッドルーム”には、泣き腫らし、疲れた顔で眠る遥の姿がある。
「私ができる説明はした。でも……私は感情面とか気持ちとか、そういうのは分からないからさ、あとは専門家に頼むよ」
自嘲気味に笑うマリア。
静かな部屋に着信音が響く。暁人は胸ポケットを触り、携帯を取り出した。
「もしもし、ええ……外に出ます……」
研究室から去っていく彼の背中は、どこかいつもと違う雰囲気を纏っている。
「そう言えばそっちは?橘湊は自供した?」
マリアは春日部に尋ねた。
「全てを話してくれました。罪は償うから、妹に会わせろと……。それにしても、どうして彼が犯人だと分かったんです?それに、低周波音ってなんで……」
「一度にたくさん聞くなよ、答えにくいからさ」
マリアはそう言いながらも、彼の質問に答える。
「どうして橘湊が犯人だと思ったか……これは、お前たちが聴取した時の映像を見てそう思ったんだ。まるで事情聴取を受けることが分かっていたような……なんて言うか、自分の中で話す内容をまとめているように感じたんだ。母親が言葉に詰まったのを、初めは旦那の死を目の当たりにしたからだと思った。だがあれは、橘湊によるものだったんだ。説明するより映像観たほうがいいな」
マリアはそう言うとデスクからタブレットを取りだした。
「それは?」
「ん?これ?これは……その……あの家とか、橘一家とかの……映像?」
バツが悪そうに視線を逸らすマリア。
「先生、もしかして盗撮しました?」
「いや!し、してないって!」
「わかり易すぎますって……。先生、研究の記録として残したい場合は我々に……」
「春日部、この事件はこれ以上捜査するなって“上”から来た。てことで、資料だけファイリングして、この事件は終わりだ」
そう言いながら暁人は部屋に入ってくる。
「暁人、電話長かったね……何かあった?」
マリアが尋ねる。
「……事件はこれ以上捜査するなと言われました。なので、これ以上はマリア先生も関わらない方が……」
「関わるなってことはないだろ……低周波音だって、私がいたからわか……」
「だから!これ以上は……」
「先輩、一体どうしたんです?マリア先生は俺たちの依頼で捜査に……」
口を挟む春日部をマリアが制止する。
「暁人、何かあったんだな……?事件と私で、何か……。その顔はそういうことだよな?」
マリアは彼を見つめる。
その顔は、まるでマリアに全てを言い当てられたような困った表情だった。
「私が原因なら申し訳ない……また何かしたんだな私は……いつもそうなんだ。自分が気付かないうちに、どこかでミスしてるんだ……」
「マリア先生が悪いわけじゃないです。ただ、警察官がいて事件現場で新たに死者を出したことが問題に……。この件は上が処理するから、お前たちは大人しく下がれと言われてしまったんです。マリア先生のせいじゃないですよ」
暁人はそう説明した。だが、マリアはどこか腑に落ちない様子で彼を見つめる。
「マリア先生?」
「電話、それだけじゃないよな?ほかに……何か隠してることあるんじゃないのか?」
彼女がそう言う。
「何もありませんよ」
「嘘だ。私に隠し事ができるとでも思ってる?私は心理学だって得意なんだ。嘘くらい簡単に……」
「先生はどうなんです?」
「え……」
「先生だって隠し事してますよね?バディだなんて言っておきながら、隠してることあるでしょう?学校で先生が言ったこと、俺ずっと気になってるんです。いったい何ですか?先生が隠してること……。“世界を揺るがすくらいの隠し事”って一体何ですか?」
暁人は全てを放ち、肩で息をしていた。上下運動を繰り返す彼の体。呼吸が落ち着くとともに、冷静さが取り戻された。
自分の目の前で、目に涙を浮かべ、悲し気に微笑みながら立つマリアの姿。
言ってはいけないことを言ってしまった後悔が津波のように襲う。
「ま、マリア先生……すみません、俺……」
「誰に聞いた?そっか……さっきの電話は上の人間と、このことか?誰だ?じいちゃんか?ゴリラか?誰に聞いたんだよっ!暁人にだけは知られたくなかった……やっと普通の……友達ができたって思ってた……私がどんなにおかしなことをしても平気でいてくれる、分かってくれる友達が……バレたら……私はここにいられないんだぞっ!」
彼女は泣き叫び、研究室を飛び出した。
慌てて後を追う春日部。暁人は立ち尽くし、マリアの口から出た“友達”と言う言葉を反芻していた―――。
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