第四話 自殺に誘う家 ⑥

「どうして私が犯人になるんですか?私が何を使って殺したんですか?自殺だったんでしょ?」

 遥はそう言う。

 暁人らはなぜマリアが自殺ではなく、殺人だというのか理由を知らない。彼らもまた、どうしてそう思うのかとマリアに視線を送っていた。

「警察は現場の状況、遺体の状況、家族からの証言で自殺の可能性が高いと判断した。でも私は、その家族の証言から自殺の可能性は低いんじゃないかと逆に思っただけだよ。家族そろって“父の様子がおかしかった”とか“父じゃないみたいだった”とか言ってた。まるで口裏を合わせているようにな。それに、橘遥……お前だけが“幽霊”って言った。それが気になったんだ。そして、極めつけは今さっき、お前と橘湊が耳を押さえたことだ」

 マリアがそう言う。

 だが、「何のことですか?意味が分かりませんが……」と遥は言う。それに対しては暁人も同意だった。

「耳を押さえたことが理由で犯人になるんですか?お兄ちゃんだって耳を押さえたのに……?第一、あんな音を聞いたら誰だって耳を押さえたくなりますよ」

「音?ああ、お前が言う“音”ってのはこのことか?」

 マリアは再び手に持つスイッチを押した。その瞬間、遥と湊はまた耳を押さえた。

「そう、その音よ!その音を聞いて父は自殺したの。そんな音がずっと鳴っていたら……」 

「橘遥、これは音じゃない。これは……」

「低周波音……」

 湊は耳を押さえながらそう言う。

「ああ。その通りだ、さすがだな。これが聞こえる人間は少ない。現に、うちの暁人も春日部直樹も気にしていないし、お前たちの間に立つ母親だって耳を押さえたりしていない。これが聞こえたやつは、橘湊、橘遥、そして橘新の三人だけだったんだ」

「低周波音……?私はそんなもの……第一私には……」

「犯人が素直に犯行を認めるとは思ってないさ。私が代わりに説明してやるから、間違ってたら口を挟めばいい。いいか?お前は、あの音が聞こえているのが自分だけだと思ってた。だが、父親も聞こえていることが分かり、イライラしている原因がこの音なんじゃないかって思っていたよな?だから、事情聴取の時に“音がうるさいとお父さん言っていて”と口走った。ちゃんと、と前置きしたにも関わらず、お前もその幻聴が聞こえていたとは……不思議だよな?」

 マリアは詰め寄る。

「ここまで言ってもまだ観念しない?もし、ちゃんと話したら……あの日記に書いてたこと、つまり……情状酌量の余地もあると思うけど……?」

 彼女がそう言うと、遥は「なんでそれ……」とマリアを見た。

「お前の部屋にあったよ。悪いけど読ませてもらったよ。普通の警察官なら理解してはもらえないかもしれない。でも、暁人なら……あいつならちゃんと分かってくれる。だから、自分で話せ」

 彼女はそう言いながら、遥に近寄る。そっと肩に手を置き、彼女の目を見つめた。

 すると遥は、声を震わせながら口を開いた。

「父は……お父さんは……仕事が上手くいかなくなって……毎日イライラして、声を荒げたりしていたんです……今までは楽しく飲んでいたお酒も、イライラを抑えるために飲み始めて……変わったお父さんが怖くて、元に戻ってほしくて病院にも……」

 遥は時折、顔をしかめながら話す。耳を触り、言葉が途切れる。

「でも、何の効果もなかった。でも、お父さんの部屋に入ったときに私まで耳が痛くて……お兄ちゃんに相談したんです。それで……」

「いやぁぁぁぁぁっ!」

 彼女が話し始めてしばらく経った頃、今まで何の変化も見せなかった母親が突然叫び出した。

 耳を押さえ、その場にうずくまる母親の姿を目の当たりにし、遥は体を震わせ、声を詰まらせていた。妹のそばにと、湊は彼女の背に手を当て、そっとさすってやる。

「あなた……なんで……なんでここに……っ!」

「幻覚か……?」

 玄関に向かって叫ぶ真弓の姿。マリアは低周波音で幻覚を見ているのではと疑った。低周波音の影響には個人差がある。症状が出るのにも、それぞれの期間がある。

 辺りを見回すマリア。その様子をその場にいる全員が見ている。

「もう……もう、やだ……」

 真弓は腰を上げた。マリアはじっと見ている。

「……つま先……、ダメだ!……暁人!彼女を捕まえろ!玄関閉めろ!」

 そう叫んだが、一歩遅かった―――。


 偶然にも通りかかったトラックに、真弓はぶつかり、地面には赤い液体が流れる。

 この場にいる全員が目撃した、

「なんで……」

 しゃがみ込むマリア。

「マリア先生、止められなくて申し訳ないです……反応が遅かった……本当に……」

「暁人のせいじゃない。こうなることを予測していなかった私が……つま先が外を向いたのに……兆候はあったんだ……」

 そう話すマリア。

「応援を呼びます。俺らはいったん戻りましょうか……」

 彼女の腕を取り、立たせる暁人。

「春日部!先にマリア先生と……」

「何で殺した……?なあ、橘湊……なんで母親まで殺したんだ……?母親は関係なかったんじゃないのか?それとも、彼女まで殺すのがお前の計画だったのか?……妹を守るために、お前は……二人を殺した……。手に隠し持ってるもの出せよ!」

 マリアは湊の胸倉めがけて走り出した―――。

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