第四話 自殺に誘う家 ③

「つっかれた~っ!ダメだ……俺には無理!緊張しすぎて体いてぇー!」

 解剖室から出た春日部は、ソファーに飛び込んだ。

「春日部直樹って字がきれいなんだな!読みやすかったよ」

 マリアは、彼が遺体所見の記録のために書き込んだホワイトボードを写真撮影していた。解剖室から出てくると、開口一番にそう言う。春日部は嬉しかったのか、思わず顔がにやけていた。

「あ、ありがとうございます」

 それに対して反応しなかった彼女だが、目は春日部を一瞬見ていた。

 マリアは写真を見ながら、橘新と言う人物についてまとめていく。

「先生って打つの速いんですね!というか…他殺かもしれない可能性って?」

 春日部はそうマリアに声をかけてしまった。彼女は春日部を睨む。

「え、睨まれた……!?なんで……?」

 暁人は彼の首根っこを引っ張り、マリアがデータの登録や情報をまとめている時に声を掛けたり、騒がしくするのは禁忌だと説明する。

「何でです?」

「気が散るんだよ。集中してる時に声を掛けられたりすると、処理能力が落ちるんだそうだ」

 処理能力ってロボットかよ……と春日部は心の中で突っ込む。 

 それから二人は、マリアの作業が終わるまで大人しく過ごしていた。

 そして一時間後。

「終わったよ。とりあえず橘新の死亡時のデータは全部入力しておいた。十四時半になったら、まこっちゃんがここに来るから続きはその時に話すね。とりあえず……これ、簡単にまとめた資料だけど読む?」

 マリアはホチキスでまとめた資料を二人に渡す。

「うわ……相変わらず先生がまとめた資料って何かすげー……」

 春日部がそう言うのも分かる。暁人は珍しく同意した。

「先生、この……検査と胃から発見された薬って?」

「彼は向精神薬を服用していたんだ。新は精神科にかかっていたのか?」

 マリアが尋ねるが、春日部は「情報がないんです。家族からはまだ詳細な情報は得られてなくて…」と申し訳なさそうに答える。

「どちらにせよ、家族からはちゃんと話を聞かないとな……この家族には何かある」

 暁人が言った。

「同感だ。橘家は何か、隠してることがあるからな!」

「隠し事?この家族が?」

「ああ!気付かなかったか?娘が言ってたじゃないか。…って」

 確かに言ってたような……いや、記憶が曖昧だ。春日部は頭を搔く。

「すみません、あんまり覚えてなくて……」 

「隠し事か…」

 二人が話しているのを聞きながら、暁人はを考えていた。

 マリア先生が隠していること……一体なんだ……?

 あの時、彼女は言っていた―――。

『あるんだよ!この世界を揺るがすくらいの隠し事が!私には……重大な秘密がある……誰にも言ってない、誰にも知られたくない、言ってしまえば全世界から狙われるような秘密が……私にはあるんだよ、暁人……』

 彼女の口から出たこの言葉が、暁人を常に取り巻いていた。

 どんな隠し事をすれば、全世界から狙われるというのだろう……。

「……と!……きと!おいっ!暁人っ!」

「へ?」

 考え込む彼の前で、マリアは顔を覗き込んで声を掛けていた。

「珍しいですね、先輩がぼうっとしてるなんて。何を考えていたんですか?」

「ん?あ、いや、今回の事件だよ。見たところ自殺なんだろうけど……何か引っかかるなと思ってさ。それだけだよ」

 彼は誤魔化す。

「マリアせんせーいっ!お待たせしました~っ!」

 勢いよく、飛び込んでくる結城。 

 時刻は十四時半を指していた。

「まこっちゃん!さすが時間通り!じゃあ、用意してくれる?」

「もちろんですよ!先生の頼みですからね!」

 結城はそう言うと、持ってきたリュックからパソコンを取り出し、キーボードを叩いては何かをし始めた。

「何してるんですか?」

 結城を見て声を掛ける春日部。

「まあ、待てって。これからいいもの見せてやるからさ!」

 マリアはいたずらに微笑みながら言った。

 そして十分後。

「よし、じゃあ皆さん携帯出してください!マリア先生はタブレットですよね?後でやっておきますから」

 彼に言われた通り暁人と春日部は携帯を取り出す。

 マリアはソファーで寝転びながら、書籍を手にしていた。

「じゃあ、今からメールを送るのでそこにあるアプリをインストールしてください。あ、もちろん怪しいやつじゃないですから安心してくださいね」

 結城は二人にメールを送り、アプリをインストールさせた。

「これって何のアプリなんですか?」

「これは〈捜査情報共有システム・玄武〉の試作品一号です!マリア先生と僕とで共同開発していたんですよ!これを使えば、いつでもどこでも捜査に関する情報が見られるようになっています。もちろん安全面は任せてください!じゃあ、使い方の説明しますね」

 結城は間髪入れずに話し続ける。

「あの~なんで玄武なんです?」  

 春日部が尋ねると、「かっこいいからに決まってるだろ」とマリアが言う。

 理由はそれだけかよ…と彼は苦笑いした。

「じゃあ説明しますね。この〈 玄武〉は、システムに登録し、警察官に与えられる番号と紐付けした人のみが使える安全なアプリです。これは、現在担当している自分の事件の全てを見られるシステムで、今回から使えるようになってます。この“事件概要”タブをタップすると、事件の概要を見ることができます。そして“人物”タブをタップすると、事件に関係する人物を見ることができ、人物の名前をタップすると、その人についての詳細な情報が見られます。もちろん、これらは自分で入力していたら……の話ですが。どうです?」

 結城は期待の眼差しを二人に向ける。

「確かにこれは便利です!メモしなくても携帯で打つだけで良いんですもんね!」

 春日部が言うと、彼は嬉しそうに笑った。

「はい!あ、ただ……これはまだ試験運用なんです。正式採用されるには利用者が増えることと使用率が高いこと、利便性が高いことが条件で……」

「でもこれだけ便利なら、すぐに正式採用されますよ!ね?先生?」

 マリアは「どうだろな。採用選考は崎田がするから、分かんないよ」と顔を引き攣らせる。

 そして、使い方を一通り教授したあと、システムに今回の事件が登録された。

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