第四話 自殺に誘う家 ②
警察が介入することになったのは、ある家族の大黒柱である父親、
「ご主人が自殺する原因に心当たりはありますか?」
暁人と春日部が家族の元へ赴き、妻や子どもたちに聴取していた。
マリアは“警察がすること”に興味がないため、自分は家の造りや置かれているものを眺めている。
「先生!先輩から離れないでくださいって!」
春日部は自由に歩き回るマリアに声を掛ける。だが、彼女はそれを無視した。聞こえているし、離れるなってことも理解している。けれどそれに従うのが嫌だからと、いつも無視し、現場なのにもかかわらず、いつも自由気ままでいた。
遺族の聴取に来ているというのに、マリアは携帯を触り、誰かに連絡までし始める。そんな彼女の姿に春日部は、頭を抱えた。
話に耳を傾けながらも、春日部はマリアの動向を気にしていた。
「へ~、こんな閑静な住宅街なのに医療施設まであるんだ……凄いなここは……さすが高級住宅街だな~」
マリアは家の中を歩き回ったかと思えば、外に出てうろうろしている。
しかし、そんなことは想定内だと、暁人は聴取を進めていた。
「主人は……おかしくなって……いつか自殺でもしちゃうんじゃないかって正直思ってました……でもまさか本当に……」
妻である
「辛い時に申し訳ありません。ですが、もう少しだけお話を聞かせてください……。ご主人は今までにも自殺をほのめかすような、何かがあったんですか?」
暁人は言葉を選びながら尋ねる。
真弓が言葉を詰まらせていると、この家の長男である
「俺が代わりに……。父は……一年半ほど前に突然、人が変わったみたいにキレだして、ずっとイライラしていたんです。外に出ているとそんなことないんですが、家にいると本当に常にイライラして、みんなに当たるように……」
「それの原因は分かります?」
「多分……早期退職が原因です……。その頃から気分に波が出たり、言葉遣いが変わったり、イライラしたり……それまでは何もない、普通の良いお父さんだったんです……」
湊はそう言う。
「ほかに普段のお父さんの様子を見ていて、気づいたこととかありますか?」
「申し訳ありませんが、そこまでは……。俺、一人暮らししていて、たまに家に帰ってくるくらいだったんで……昨日帰ってきて、これですよ……」
彼は若干のため息をついた。
その様子を、マリアはじめ、暁人も春日部も見逃さなかった。
「娘さんは?何か気づいたこととか……」
娘の遥は「幽霊が……」と言った途端、口を固く結んだ。
「妹はかなりショックを受けてますから、また後日にしてやってください」
湊が言うと、暁人らは「……そうですね。分かりました。また後日来させていただきます」と、一旦はその場を去った。
*
「お兄さんの方、怪しくないです?冷静過ぎませんか?父親が自殺したって言うのに……それか、お兄さんが殺したとか……?」
「う~ん……確かに怪しいけど……さすがに殺してはないだろう……」
二人は車に戻るや否や、さっそく議論する。
「先生は何か感じました?」
「いや、私は霊感とかないから」
彼女の突拍子もない一言に、車内には何とも言えない空気が流れる。
「あ、いや、霊感とかの感じるとかではなくて……あの家族の雰囲気と言うか、話し方とか、そう言うのから何か感じてないかな~と」
「あ~そういうことか。だったら、違和感だらけだよ。あの家族にはもう一度ちゃんと話を聞いた方がいい。次はそれぞれ個別でな」
マリアはそう言う。
「それにしても……父親は精神的な面で何かあったのか……?本当に早期退職が理由か……?」
「あ~、そんなこと言ってましたね。でも、早期退職者には手当てがあったりするんですよね?」
春日部は尋ねる。
マリアは彼が尋ねたことに返事はせず、携帯を取り出していた。
「確かに手当とか言うけど、実際はそんなに額はないし、辞めたくもないのに半ば強制で辞めさせられるんだ。早期退職と言う名のリストラだよ。それが原因でこうなったんなら、それで説明はつく。けど、あの父親はそれだけだったのかな~って俺も気になってるんだ」
「と言うと……?」
「彼の死には不自然な点があるんだよ……。もちろんあの家族もね。何かを隠してる」
「まとめたいからさ、研究所に行ってよ」
マリアが言うと、彼は車を走らせた。
「マリア先生、先生は自殺か他殺、どっちを疑ってます?」
「あの現場を見る限り、自殺だろうとは思う。家族の証言もあるしな。でも、本当に自殺なのかどうかを調べたいから、研究所に行ってほしいんだ」
IHSの法学研究部門。
そこはマリアの“城”だった。六階の全フロアを自分専用にし、そこに居住スペース……いや、そこに棲みついていた。
車から降りるや否や、マリアは駐車場にある“運搬専用駐車場”に向かう。
「マリア先生、何か運ぶんですか?」
「遺体だよ。じいちゃんに頼んで、こっちに寄こしてもらったんだ。私が調べるって言ってね」
「そうでしたか。ストレッチャーは俺が運びますよ。先生の身長だときついでしょ」
暁人はそう言う。頬に空気を溜めてマリアは怒るが、本気で怒ってるわけではなさそうだ。
「ダメだ……二人のやり取りに付いてけない……それより、じいちゃんって誰だ……?
春日部だけが完全に取り残されていた。
「おい!これ持ってくれ!」
暁人は彼に、現場遺留品袋を渡した。自分はストレッチャーを。マリアは、すでに直通エレベーターのボタンを押し、二人を待っていた。
「あの、先輩……じいちゃんって?マリア先生のお祖父さまですか?」
「いや、監察医務院の
暁人が説明する。彼はそれを反芻し、荷物を手にエレベーターヘ乗り込んだ。
*
「とりあえず先に解剖してくる。じいちゃんはまだ身体表面しか見てないって言ってたからさ。ぎりぎりだったよ!」
マリアはそう言うと、遺体を解剖台の上に寝かせ、そっと手を合わせた。
「あんたの本当の死因、私が見つけてやるからな」
彼女は橘新の体にそっと触れた。
「表面から行くぞ。春日部直樹が記録してくれ。暁人はこっちを手伝ってくれ」
「いや、俺はさすがに……」
「解剖を手伝えとは言ってないだろ。この人、体が大きいからさ、私一人だと体を動かすのが厳しいって言ってんの。だからそれを手伝ってほしいだけ」
彼女にそう言われた暁人は、「だったらはじめから……」と口を開くが、かぶせるように「うるさい」と遮られる。
そして、解剖室内に不思議な空気が流れ始めた。
マリアの解剖はまるで無駄な動きがない。もともと、血液や人体の解剖手術と言うものに嫌悪感がある暁人でさえも、彼女のそれには嫌悪感は感じなかった。
それは春日部も同じだった。
「マジか……」
彼はマリアに対して
そこから一時間、彼女ら三人は解剖室に籠ることに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます