第四話 自殺に誘う家 ④
「先輩、家族に話を聞くのって個別の方が良いですよね?」
「そうだな。じゃあ、呼ぶか」
暁人は廊下で待たせていた橘真弓、湊、遥に声をかける。
「これからもう一度お話を聞かせてもらいますね。ではまず……お母様からよろしいですか?」
「は……はい……」
真弓はおどおどしながらも、春日部に連れられ、取調室へと入っていく。
「個別なんですか?」
湊が尋ねる。
「ええ。話は基本、個別に聞かせていただいています。その方が話しやすいこともあるでしょうし」
暁人がそう言うと、何かが不満なのか彼は腕を組み、ソファーの背もたれに体を預けた。
「お名前と年齢、ご職業をお伺いしても?」
「は……はい……。橘真弓、五十三歳です。職業はパートをしています……」
「どこで働かれてます?」
「近所のスーパーです。はなまるスーパーってところの……」
真弓はそう話す。
「そうですか、ありがとうございます。ではまず、ご主人についてお話を聞かせてください。ご主人……新さんはどんな方でしたか?」
「……主人は……温厚で、優しくて、いつも周りを優先に考えてくれていた人でした……」
過去形だな……亡くなったからか?それとも……。暁人が聴取している間、春日部は調書を作りながら、アプリの〈玄武〉に書き込んでいた。
「“いた”ってことは、最近はそうでもなかったんですか?」
「……はい。三年くらい前に、突然イライラする回数が増えてきて、キレやすくなったり、眠れないとか言い出したりしたんです。その時にちょうど、仕事が忙しかったので、バランスが崩れているんだと思ってました」
「そのあとは?」
真弓は続ける。
「会社の人件費削減とかで、主人は早期退職者のリストに名前が載ったんです。そして……」
「リストラされたんですね?」
彼女はうなずいた。
「リストラされた後は?ご主人の様子はどうでしたか?」
「毎日イライラして、眠れないとか、胸が苦しいとか、体が重いとか、何かの声が聞こえるとか言い出して……私、精神科に連れて行ったんです……」
「病院の受診をされていたんですね?」
「はい。駅前にある
暁人は丁寧に、時間をかけて真弓から話を引き出す。どの話から事件解決のヒントが得られるか分からない。一言一句、聞き逃さないように集中していた。
そして四〇分ほど経過した後、真弓は取調室から出ていく。
続いて入ってきたのは娘の遥だった。
彼女の第一印象は、清楚な女性と言った感じだ。
「辛い時に申し訳ありません。ご協力をお願いします」
暁人がそう言うと、遥は「はい……」と頷く。
「あなたのお名前と年齢、ご職業を教えてください」
遥は「橘遥、二十歳、大学生です」と簡潔に答える。
暁人は質問を続けた。
「お父さんの最近の様子とかどうでした?」
「よく怒ってました。何に対してもイライラしてたり、口調が荒くなったり、それに……死にたいとか言ったり……」
「原因に心当たりはあります?」
「多分、リストラじゃないですか?早期退職を言われてから、何か……人が変わったみたいになってましたから……」
遥は言った。
「お父さんは病院に通ったりとかされてました?」
「ええ。駅前の精神科に。でも良くならなくて、薬を飲むだけ金の無駄だって怒ってました。なんか……口も悪くなって、話していてちょっと怖く感じたりしたんです……お父さんじゃないみたいな……それに……いえ……何でもありません」
彼女はそう言って暁人を見る。
「ほかに気づいたことは何かありませんか?」
暁人が尋ねると、遥は何かを思い出しているのか、重い表情で口を開いた。
「実は、多分幻聴だと思うんですけど……音がうるさいってお父さんも言っていて……」
遥は説明した。
そして最後、湊が取調室に入ってくる。
「辛い時に申し訳ありません。少しだけ、ご協力お願いします」
「ええ。何か聞きたいことでも……?」
素っ気ないような湊の態度に、春日部や暁人は違和感を感じる。
実の父親が、家族が亡くなったというのに悲しさはないのだろうか。
「捜査に必要ですので、あなたのお名前と年齢、ご職業をお伺いしても?」
「あ、橘湊です。年齢は二十六歳で職業はピアニストです」
「ピアニストなんですか?凄いですね!」
「ありがとうございます。それで、聞きたいことって?」
冷静と言うか、あっさりしているというか、湊は腕を組みながら背もたれにもたれかかる。
「お父さんの新さん、彼の様子とかどうです?何か気づいたり、自殺の原因に心当たりとかあります?」
「最初にも言ったけど、リストラのせいで自殺したんじゃないの?それに薬だって飲んでたし、精神科にもかかってたし。まあ、通院が悪いとは言わないけど、父さんには合ってない病院だったんじゃない?」
「どうしてそう思うんです?」
「全然良くなってなかったからさ。症状の改善がなかった。他の病院に変えるべきだって言ったけど、聞き入れてもらえなかったよ。怒鳴って殴ろうとするんだから、放っておけ。好きにしろって正直思ったな……」
「殴ろうとされたんですか?」
「うん。俺が気にくわないんじゃない?」
彼は話を続ける。
まるで愚痴を吐き出すかのように、話が止まることはなかった。
聴取が終わったのは、日が沈んだ頃。
二人は捜査一課にある自分のデスクにいた。
「橘湊、話が凄かったですね……半分以上がただの愚痴って感じで……手掛かりもくそもない……」
春日部は片づけをしながら、愚痴をこぼす。
「俺たちは愚痴を聞くためじゃなくて捜査に必要な手掛かりを聞いてるんだって……先輩もそう思いません!?」
暁人は何も言わず、ただ微笑んだ。
「イラっとしませんでした!?」
「しないと言ったら噓になるけど、どんな話でも絶対手掛かりになるだろうからな……それに、少しのことでイライラしていたら何をするにしてもしんどいから」
彼はそう言う。
「見習わないとですね……先輩のこと」
「見習わなくても。……春日部、明日は朝からマリア先生のところに行くからな。てことで、イライラを晴らしにちょっと行くか?」
暁人は右手でグラスを傾けるようなしぐさをする。
「行きますっ!」
春日部は途端に笑顔になり、バッグを手に持った。
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