第三話 二十五時の窓口⑥

 暁人はそう続ける。

「あなたは口を滑らせていた。気分的にもリラックスしてたんじゃないか?自分が話したこと、思い出してみてくださいよ」

 彼はそう言う。しかし、中崎は記憶にないと表情を浮かべた。

「“そんな彼女たちが自分から犯人に近づくなんて考えられませんよ”と言ったんだ。覚えてません?」

 中崎ははっとした。思わず口元に手が伸びる。

「思い出したようですね。捜査本部では聞き込みの結果、四人は行方不明になる直前、誰かと電話をしており、自ら犯人の元へ向かった可能性があるとみて、捜査をしています。でもこれは、マスコミ含めてどこにも出してない情報だ。あんたが知っているということは、この事件に関わっていること示している。と言うことで、重要参考人として署までご同行願います。それとも、マリア先生に対する暴行と殺人未遂で現行犯逮捕でも構いませんが……」

 彼は中崎を見つめる。

「私がどうやって彼女たちを呼びだしたのか、どうやって事件にしたのか明らかになってない。言葉のあやというのもある。それくらいで連行されるんですか?」

「……あんたがどうやって呼び出したのか、明らかにすればいいのか?」

 マリアはそう言って、理事長室にあるデスクに手を掛けた。

「これ、手紙だよな。学校のどこかに“窓口”があるはず。あんたが、都市伝説の正体だ。これがそのその証拠……」

 彼女はデスクから紙袋を取り出した。

 中には何通もの手紙やはがきが収められていた。そしてノートまでも見つかった。そのどれもが巷で話題になり、高校生を沸かせている“窓口”という都市伝説に繋がるものだった。

「暁人、見てみろよ。これは警察の資料にもあった事件だ。こっちはネットで見つけたもの……。凄いな……これだけの依頼が来るなんて……。これは……?“依頼者一覧表”って……あんた、典型的な犯罪者だな。こんなものまで残すなんて、さすがだよ」

 彼女は一覧表を見つめる。そして何かに気づいたのか、はっとした表情を浮かべた。

「そういうことか!この事件すべて分かったぞ……。浜村優希、こいつがなんだ。家族の証言にもあったな。勉強のことで姉である澪と優希がケンカしたと。優希は優秀で先生からも好かれている澪を消したいと、“窓口”に依頼した。でも、実行者であるこいつは澪と優希の見分けがつかない。姉とケンカして飛び出した優希を澪と間違って連れ去った。また逆に、藤井は澪と優希を見分けられる。もし彼が犯人なら優希ではなく、間違いなく澪を連れ去るはずだ。だがそうしてない。と言うことは、二人を見分けられない人物……つまり、こいつが“窓口”の正体で今回の犯人で間違いない」

 マリアは自信満々に指さした。

「そうなんだろ?今更違うとは言わせないよ?その顔が証拠だ」

「……これだから天才は嫌なんですよ……何もかも見抜く。でもね、夢野博士……。一つだけあなたは間違ってます。私はあなたに会ったことがあります。といっても、……まだ、この世に生を受ける前に一度だけ。それに私も関わっていると言ったら、あなたはどうします?私に話を聞きたくなりませんか?あなたが隠していることを、私は存じ上げていますよ?」

「……を知ってるのか……生まれる前を……?」

「マリア先生?」

 暁人は表情を変えずにマリアに声を掛ける。

「逮捕したら、あんたに話を聞けない……暁人、こいつは逮捕するな。警察に連れて行かなくていいぞ」

 彼女は呆然と立ち尽くし、顔からはいつもの色が消え、まるで立っているだけの人形のようにつぶやいた。

「何を言ってるんですか!?先生はコントロールされてるだけです!春日部、応援呼んでるから、さっさとそいつを連れてけ!」

「コントロール?私はそんなもの使いませんよ。これは……」

 春日部は言われたとおりに、中崎を連れ出す。ちょうど応援の警察官が到着し、無事、事件は解決された。……と思った。

「マリア先生?大丈夫ですか?」

「あいつを逮捕したら、私のことが聞けなくなる……暁人、今すぐ釈放しろ…………」

 マリアはただそう呟く。

「先生、しっかりしてくださいよ!私のことってなんです?先生には一体何があるって言うんですか……。先生?あなたはコントロールされかかった。だから混乱してるんです。ほら、戻ってきてくださいよ。あなたは天才で、ちょっと変わり者の博士。夢野真璃亜でしょ?いつもの先生に戻りましょうよ。それに先生に関することは誰でも閲覧できる。そう結城が言ってました。先生には隠し事なんて……」

「あるんだよ!この世界を揺るがすくらいの隠し事がっ!」

 突然の大声に、暁人は驚く。

「私には……重大な秘密がある……誰にも言ってない、誰にも知られたくない、言ってしまえば全世界から狙われるような秘密が……私にはあるんだよ、暁人……」

 マリアは突然電池が切れたように、意識を失った。

 抱きかかえたその体は、いつも以上に小さく感じた。

「一体何が……」



 事件の真相全てを、暁人は中崎から聞き出していた。

 事の発端は、二十年前の女子高生自殺事件。マリアが検証し、自殺ではなく他殺だと証明された事件だ。

「……亜美はいじめられてた。娘は、いじめに耐えかねて自殺した。警察だってそう判断した!でも私は信じられなくて……娘が自殺した現場に何度も足を運んだんです。何か自殺以外の手掛かりがないか……でも、なかった。娘は本当に自殺したんだと……そんな時に、あの男に出会ったんです……」

 中崎はそう説明した。

「その男の名前は分かりません。でも、話をしているうちに亜美の自殺について警察以上に詳しく話すんです。私は心理学を教えていた立場ですから、それを駆使してさりげなく話を聞きだしました。すると、その男が亜美を殺したことが分かった……でも世間は自殺だと思ってる。警察に言っても証拠がないからと取り合ってもらえず、今の技術では詳細なことまでは分からないからと、再捜査は叶いませんでした……」

「だからってどうしてこんな事件を……それに都市伝説はどう説明するんです?」

 暁人の質問に、中崎は「娘のことを気にしてなかったからだ……」と答える。

「娘をいじめていたグループを、偶然見たんだ。あの公園のあの木のところで……彼女たちは楽しそうに笑っていた。娘がそこで死んだのに……だから、私は彼女たちに話したんだ……“知っているか?そこは昔に自殺した女の子の幽霊が出るんだ。そしてそこは夜中の一時になると、紙に書いた人間を消してくれる闇の窓口が開くんだよ。丑三つ時までにその紙が無くなっていたら、書いた人の願いは叶う”と。自分でも馬鹿げていると分かっていました。でも、娘が苦しんだところで楽しそうに笑われるのは苦しくて……。けど、その話は瞬く間に広がって今となっては都市伝説となった……」

「過去のことは分かりました。でも、どうしてそれで今回の事件を……?少なくとも、この事件さえ起こさなければあなたは……」

「久しぶりにね、その木の場所に行ったら……あったんですよ。ノートが……。思わずそれを見てしまって、書いてあることがいじめに関するものだった。それも、しょうもないものです。今の子はこんなことで相手を傷つけるのかと、馬鹿らしくなった。始めは放っておいたんですよ……ですが、理事長として私はあの学園に入った。そこで見たんです。あのノートの持ち主を……名前は書いてなかった。でも、見ていたらいじめられているのなんてすぐに分かるでしょう?ノートに書いてあった子を連れ去りました……そしたら、彼女は笑顔になった。私は、娘にしてやりたかったこと、娘の面影をその子に……」

 中崎は頭を下げ、謝った。

「彼女たちは傷つけてません……娘に誓います……」

 そう話す彼を、暁人はただ見つめるだけだった。

「中崎さん、一つだけ教えてください。あなたは、マリア先生の過去をご存じなんですか?理事長室で……あなたが言っていたことは本当なんですか?」

「それに関しては本当です。私は生まれる前の彼女に会ったことがある。ですが、私の口からは言えません……申し訳ない。もし、どうしても気になるのなら……」

 

 警察官が彼を連れていく。その背中はどこかすっきりしたような雰囲気を見せていた。

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