第三話 二十五時の窓口⑤

 通されたのは、理事長が使う応接室。職員室の隣に位置していた。

 装飾はシンプルながらも、全てが統一され、整っていた。植物も置かれ、応接室と言うにはもったいないような、リラックスし、安心できる空間だった。

「それで、警察の方からはうちの生徒が立て続けに行方不明になっていることについて聞きたいからと、伺っておりますが……」

「ええ。その通りです。ここの生徒さん四人が行方不明になっています。学校にも、ご家族からもちろん連絡がありますよね?四人の普段の様子などを知る担任や教科担当の先生からもお話を伺いたいのですが……できます?」

 暁人が切り出す。中崎は了承し、授業が終わるタイミングで放送を掛けた。

 すると、理事長の呼び出しと言うこともあってか、あっという間に応接室には担任と教科担当全員が現れた。

「ご紹介します。二年、三年の教科担当と担任たちです」

 里村が紹介していく。思ったよりも人数がおり、春日部はメモを取るのに必死だった。

「普段の彼女たちの様子は?どんな生徒さんですか?」

「私は国語を担当している江波です。二年生と三年生の国語を担当していますが、全員ともすごく授業態度が良くて、授業中の発言もしっかりしますし、テストの点数も問題ないです。凄くいい子たちなんです。委員会でも見てますが、まとめ役になってくれますし、会員たち……委員会に所属する生徒も付いて行くような生徒です」

 江波が言った。それに対してほかの教員もうなずくところを見ると、その通りなのだろう。

 それぞれの話を聞くが、不審に思うような点はない。もちろん、行方不明となっている生徒四人に関しても普段の学校生活でおかしいと感じるようなこともない。むしろ、まじめで頭の良い生徒と言う印象だ。

「彼女たちは本当に優秀な生徒なんですよ。理事長と言う立場ですから、私は滅多に生徒たちと関わることがないんです。話もなかなか入ってこない。ですが、彼女たちの話は耳に入ってくることが多かったんです。テニス部での活躍、生徒会での活躍、学校生活の話が入ってきて、本当にまじめで優秀な生徒だと。ここに何回か来たこともあります。話を聞いたりしましてね……悩み相談なんかも打ち明けてくれるような、良い子たちです。そんな彼女たちが自分から犯人に近づくなんて考えられませんよ……」

 中崎は頭を抱える。自分の学校の生徒が行方不明になるなんて信じられない。彼からはそんなオーラが漂っていた。

「私は二年A組の担任で、生物科を担当している高木です。実は一つだけ気になることがありまして……本当に小さなことなんですが……」

 彼はそう言った。

「どんな些細なことでも構いません。お話願いますか?」

 春日部が言う。だが、彼は一向に話そうとしない。視線を泳がせ、何かを訴えようとしていた。

「あ、ほかの先生方は退出していただいて構いません。ご協力ありがとうございました!」

 暁人はそう言ってほかの教師を部屋から出した。だが、彼はまだ話そうとしない。

 いったい何を話したいんだ?彼は探る。他の教師が話している最中の彼の様子、口を開きかけるも閉じる……泳ぐ視線……。

「高木先生、申し訳ないのですが我々はまだほかに捜査がありまして、時間がないんです。お話したい内容を思い出されたらここに連絡ください。お待ちしておりますので」

 暁人は名刺を取り出し、彼の手に握らせる。

「ここでお話しにくいんですよね?連絡ください」

 彼は声量を落とし、名刺を渡すタイミングでそう言った。高木の目が見開かれる。暁人は小さくうなずく。彼らは理事長たちに挨拶を済ませ、学校を去った。


「先輩、最後の何だったんです?」

「え、お前、気づかなかったわけ?」

 春日部は「へ?」と首を傾げた。

「彼は何かを言いたそうにした。でも口を開かなかった。これはほかの教師がいたからだ。俺は彼らを外に出したけど、まだ話さない。何回も口を開いては閉じ、開いては閉じと繰り返してる。何かを訴えてるのは分かるだろ。多分、理事長や校長がいる場所では話しにくい内容なんだ。そういう時は名刺を渡して、話しやすい場所を設ける。そう言う気配りも大事なんだよ」

「先輩……、本当にかっこいいです!」

 そう話す春日部を、暁人は呆れたように見る。

「じゃあ、次の場所行くか」

 彼は再び歩き出す。

 その時、暁人の携帯が鳴った。

「もしもし?」

 彼が応答する。電話の相手は高木だった。

「分かりました。お待ちしています。……高木先生がここに来るって。車内で話そう」

 しばらくして、高木が走ってくる。

「あ、あの……申し訳ありません。さっき話せなくて……」

「何かあの場では話せない理由があったんですよね?」

 暁人が言うと、彼はうなずいた。

「今なら話せます?」

「……実は、浜村優希と澪が……部活の顧問にセクハラを……彼女たちはテニス部なんですが、女子顧問じゃなくて男子顧問の藤井先生が……最近、女子も監督していたんです。それから澪や優希の様子が変わりだして……あの場では理事長もいますし、もちろん藤井先生もいましたから話せなくて……」

 高木は絞り出すように話す。

「どんなセクハラを?」

「指導と言いながら、体に触れたり……もちろん、フォームを教える際には体に触れることもありますが……何というか、手つきがその……」

「いやらしい……ということですか?」

 代わりに口に出すと、高木はうなずいた。

「優希と澪は双子で、二人ともそっくりなんで、そう簡単には見分けがつかないんです。でも、藤井先生だけはしっかり見分けがついていて、二人が入れ替わって遊んでいても簡単に見分けられていて……特に澪が……藤井先生にその……好かれているというか……。あと、こんなこと言うのはちょっとあれなんですけど……」

 彼はそう言いながら、渋々口を開いた。それを言いたかったのかと、暁人はうなずく。

「分かりました。タイミングを見て、彼らにもお話を聞かせてもらいます。もちろんあなたのことは言いませんから安心してください」

 そう言うと、高木は安心したのか表情を崩した。

「あ、あの……よろしくお願いします……」

 彼を見送った三人。高木の話を聞きながら、マリアはどこか腑に落ちない顔をしていた。それは暁人も同じだった。

「何か引っ掛かるな……」



「暁人~どこ行くんだよ~。暑いからアイスでも食べさせてくれよ~食べないんだったら帰ろうって~」

 マリアは子どものように駄々をこねる。

「先生、子どもじゃないんですから我慢してください!藤井先生にもお話を聞く必要があるでしょう?今から向かわないと、もしかしたら藤井先生が逃げるかもしれないでしょ?前の研究所でもそんな風に駄々をこねてたんですか?いったいどうやって仕事してたんです?第一、人間がしんどいって、一体何があれば……」

「前の研究所……そうか!違和感はそれか……っ!だから私は覚えてないんだ。いや、知らないんだ……あいつは……まさか、この事件の犯人って……」

「マリア先生!?」

 彼女は走り出す。

 二人がすぐ追いかけるが、マリアは小回りが利くのか、あっという間に見失った。

「校舎に入ったのは間違いない。探して連絡してくれ」

 暁人は手分けして探すよう指示する。

「ったく……あの人は本当に何を考えているんだ……」

 彼は大慌てで校舎内を探す。だが、マリアの姿はない。職員室にでも行ったのか?暁人は急いで向かった。

 一方、先に職員室に来ていた春日部は隣にある理事長室の扉に耳を当てていた。

「お前、何してんだ?」

「マリア先生の声が聞こえるんですよ」

「は?」

 暁人もまた扉に耳を当てた。

『お前……だよな?……から……に……だろ?』

 声が途切れる。扉に手を掛けた瞬間、中からマリアの叫び声が聞こえた。

「あなた何してるんですか!?」

 勢いよく扉を開けると、中崎がマリアの首に手を掛けているのが見えた。彼は、人差し指と親指を使い、マリアの喉仏に当てている。それを目の当たりにし、とっさに体が動く暁人。何とかして中崎を取り押さえる。床に伏せさせ、体を抑える。

「藤井じゃない!四人を行方不明にしてるのはそいつだ!」

 マリアが首を触りながら言った。

「え……!?一体どういうことです!?」

「こいつは自分の技術を使って、四人に近づいた。私にも同じことをしたんだ」

 言っている意味が分からない。暁人はそう伝える。

「初めて会った時のことを思い出せ。こいつは、“夢野博士ですか?お会いできて光栄だ”と話を切り出した。そして私の手を握り握手してきた。ここでみんな、と誤認した。だが私は、会った記憶はなかった。記憶力は良いが、顔とか名前にはあまり自信がないと私が説明すると、話を途切れさせないようにこいつは自分を割り込ませた。まるで、自分はお前を知っているぞと言わんばかりに、こちらの情報を集めようとする。だが、一度たりともこいつの口から私の情報が出たことはなかった」

 そう話すマリア。「ですが、先生の仕事を知っていたじゃないですか」と春日部が言う。だが彼女は「本当にそうか?」と尋ね、「“そう言えば博士、前にいたところには今もお勤めで?”とこいつが言ったあと、お前が説明しただろ?」と春日部を見る。

「……あ……確かに俺が……」

「中崎はおそらくマインドコントロールができるんだ。だから、違和感なく、手掛かりを残すこともなく、彼女たちを連れ去ることができた。過去のあの事件、それもこいつだ……」

 マリアは中崎を見下ろす。

「いや、それは……。だって顔が違うじゃないですか」

 そう春日部が言うが、すかさず暁人が口を開いた。

「顔は整形で変えられる。そうですよね?」

「ああ。顔は変えられても骨格は変えられなかった。お前の体の動き、あの時の映像でしっかり記憶しておいてよかったよ。それに私の首を絞めようと、指を使う行動……お前が犯人で間違いない!」

「……心外だな……犯人にされるなんて。高名な夢野先生が、たったそんなことで私を犯人だと決めつけるとは……」

 中崎は口を開いた。だが、暁人は「あんたが犯人であると、もっと早くに気づくべきだった」と返す。

「先輩……?」

「あんたと玄関口で会った時、あんたは“警察の方からはうちの生徒が立て続けに行方不明になっていることについて聞きたいからと伺った”と言ったな。だが、あんたに連絡をした警察官は詳細な内容は伏せていたはずだ。もちろん、自分の学校の生徒が次々にいなくなったから出た言葉とも取れる。けど俺が、あんたが犯人だと思ったのにはもう一つ理由がある」

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