第三話 二十五時の窓口④

 黒田の一声で、女子高生連続行方不明事件にマリアが積極的に関わることになった。

「ゴリラがずっといるなら手伝ってやる」

 マリアが言うと、彼は笑い、「分かった。約束しよう」と会議室に常に滞在することに。そのせいか室内はいつもとは違う雰囲気が漂い、捜査員たちはきびきびと動き、あの崎田でさえ、“良い上司”となっていた。

「事件の概要から行方不明者の詳細、全てを共有する!今から会議だ。ここにいない者に連絡して集合させろ!他はこの場で待機だ!」

 崎田が言う。

「なんか……崎田管理官、張り切ってます?急に良い人になったような……気のせいですかね」

 春日部が暁人に聞いた。だが、理由は分かってる。

「黒田警視監がいるからだよ。目に留まって認められれば、出世に近くなる。あの人は出世することしか頭にないからな」

「嫌いなんですか?崎田管理官のこと……」

「ああ。嫌いだ。あの人は……いや、なんでもない」

 彼は口をつぐんだ。

 隣にマリアがいる。下手に何も言いたくなかった。

 そして会議室で待機し、三十分。ようやく会議が始まった。

「事件概要、青井!」

 崎田が指示する。

「事件概要から報告します。行方不明となっているのは、浜村優希はまむらゆうきさん、十六歳。水原遥香みずはらはるかさん、十八歳。佐倉鈴さくらすずさん、十七歳。そして桐埼美穂きりさきみほさん、十七歳の四人です。いずれも家族が警察に連絡したことで、事件が発覚しました。水原遥香さんに関しては、当初は家出だと家族が思っており、行方不明となって二日後に連絡がありました。家族によると、水原さんは何かと家出しがちだそうで、当日も家族とケンカした後に家を飛び出し、夜になっても帰ってこないため、また家出したと思われたそうで、翌日の夜に通報となったと母親が証言していています。佐倉鈴さんは、部活の帰りに母親に“今から帰る”とメール連絡し、そのまま連絡が途絶え、気になった母親が通報。通報時間はいつもなら帰宅している時間から一時間経った午後七時です。桐埼美穂さんは、買い物の帰りに消息を絶ったようで、こちらも家族が通報しています。夕食の買い出しを母親が頼み、レジに並んでいる際に“買い物が終わったから帰る”と連絡していたようで、いつまでも帰ってこないため母親がスーパーに迎えに行ったが娘の姿はなく、何度も連絡したが繋がらず、捜索しつつ通報したと証言しています。また、母親が探している様子を店員も通行人も目撃していました。そして、浜村優希さん。彼女は当日、姉であるみおさんとケンカし、家を飛び出した後に行方不明となっています。ケンカの理由は勉強面だと澪さんが証言しており、家族もケンカの内容を聞いていたので間違いないです。妹が飛び出した後、澪さんが追いかけているのを父親が見ていました。ですが、一時間経っても帰宅せず、父親が澪さんに連絡したところ“妹を見失って探してる”と返事があり、父親もすぐ捜索しましたが、夜間になっても見つからず、通報。そして、聞き込みの結果、四人は行方不明となる直前、誰かと電話していたことが判明しており、路地裏に入っていくのも確認が取れました。誰かに呼ばれて向かったと考えるのが妥当かと。これは単なる家出ではなく、何かが絡んだ事件だと判断した所存です。以上です」

 暁人が説明する。

「先輩、事件概要覚えてたんですか?」

「ああ、これくらい覚えられるさ」

「僕は無理なんですけど……」

 二人の会話が聞こえたのか、マリアが顔を近づけ「記憶って言うのは凄いことでな、日常の出来事の数十秒から数分のものは短期記憶として海馬に蓄えられる。そのあとに重要だと判断した者は大脳新皮質にある各連合野に移動して、各部位に長期記憶として保管されているんだ。暁人はこの短期記憶が優れていて、きっとどれも重要なものとして脳が判断してるんだろうな」と会話に入ってくる。

「言ってる意味が……」

 春日部がそう言うと、「いいか?これは……」と口を開くマリア。その様子を崎田が鋭い視線で見つめている。それに気づいた暁人は「先生、あとで聞かせてください」とやめさせ、マリアを落ち着かせる。

 崎田に目を付けられているマリアは、ちょっとした行動で彼に追い出される可能性がある。マリアの悲しい顔は見たくないと、暁人はなぜか強く思ってしまうのだ。

「容疑者となるのは、彼女たちが連絡を取っていた相手だ。だが、これが誰なのかまだ分かっていない。今、彼女たちの携帯会社に連絡を取り、通信履歴を出させている。これで分かるだろうが、ほかの面からも探りたい。彼女たちの行動を全て洗い出してくれ!」

 崎田が張り切って仕切る。自分の隣に黒田がいるからだろうか。

 事件資料が配られる。

 マリアはいつものようにぱらぱらとページをめくり、インプットしていた。

「暁人、四人は同じ高校だ。それも私立の進学校だぞ!頭がいいんだな!」 

 彼女はそう言った。

「同じ学校……?ああ、そう言えばそうだ……」

「暁人、私をこの学校に連れて行ってくれ。捜査権限はないから……うん、彼女たちのDNAを採取しに行くとか、指紋の採取に行くとか、適当な理由つけてさ。な?私が行けば、何か分かるかもしれないだろ?」

「確かに先生は今まで何度も事件を解決してますけど……。うん、行きましょうか。黒田警視監に頼めば絶対いけます」

 暁人は短く息を吐きだし、彼の元へ向かった。

 何かを話している。

「マリア先生は警視監とお知り合いなんですか?」

「ゴリラは友だちだよ」

 彼女がそう言うと、春日部は口をぽかんと開け、高速でぱちぱちと瞬きをした。

「ん?どうかした?」

「ご……ゴリラ……?ゴリラって……」

 言葉にならず、同じフレーズを繰り返す。

「許可が出ましたよ。じゃあ、行きましょうか」

「ゴリラ、何か言ってた?崎田は?」

「大丈夫、何も言ってませんよ。先方には自分から連絡しておくと黒田警視監が言ってました。詳細なことは伝えずに、話を聞きたいことだけを伝えると。じゃあ、行きますか。……春日部?どうした?」

 彼は魂が抜けたような顔で暁人を見る。

「メデューサと目が合ったような顔だな……マリア先生、何か言いました?」

「失礼だな、暁人は。何も言ってないさ。ただ、こいつが警視監と知り合いかって聞くから、ゴリラは友だちだって言っただけだ」

 マリアはそう言って、自分の荷物をまとめ始める。

「それが原因か」

 彼は全てを悟り、春日部を正気に戻す。

 そして三人は、【私立聡風そうふう学園】へと向かった。



「ここが聡風学園か……なんか、建物でかくないです?」

 春日部が言う。

 確かに都内でも五本の指に入るほどの進学校で、最近建てられたばかりの新校舎もあり、見た目もきれいだった。この学園に入学すれば、有名大学の合格も間違いなしという口コミもあった。

「アポは取ってるんだよな?」

 マリアは校舎を見渡しながら言う。

「理事長と校長が待っていると言ってました。行きましょうか」

 暁人が先導を取る。二人は彼の後ろを付いて行きながら、校舎を見ている。授業中だろうか。校内は静かだった。

 校内を進んでいくと、どこからかクラシックが聞こえてくる。

「この曲、“田園”か……」

 彼女が呟くと、春日部は「田園?畑ですか?」と尋ねる。

「お前、田園を知らないのか!?田園って言うのは、ベートーヴェンの一八〇八年に完成させた六番目の交響曲で、交響曲第六番ヘ長調のこと。通称が田園っていうんだ。ベートーヴェンは田園が好きだったらしくてウィーンでは近郊を歩き回ってたらしいぞ。おまけに夏になると田舎で生活して、大自然を満喫してたって何かに書いてたな」

「先生は音楽も詳しいんですね」

 二人が話していると、いつの間にか校舎の入り口にあたる靴箱へと到着していた。

「え、ここって靴箱ですよね!?広くないですか!?」

「おい、静かにしろって。生徒たちは今、授業中だろ?」

 マリアに叱られた春日部は「あ、そうでした……」と素直に静かになる。

「初めまして、校長の里村さとむらです。こちらは理事長の中崎なかざきです。警察の方ですよね?」

 里村は暁人らを一瞥する。

「ええ。私は警視庁捜査一課の青井です。こっちは春日部。この方は研究所の博士で夢野と言います。博士には事件に協力していただいています」

 彼が紹介する。里村はやはり訝しげな目でマリアを見ていた。

 その顔は「本当に博士なのか」と疑っている。確かに、彼女の見た目は高校生ほどで、身長も低い。子供のようにしか見えないため、いつも「本当に?」と疑われてきた。

「博士は見た目はこんなですけど、とても優秀で、今までもいくつも事件を解決なさった方なんです。今回の事件も必ず解決してくださいますよ」

「夢野……もしかして、夢野博士ですか?」

 中崎が尋ねる。暁人や春日部は不思議な目で彼を見ていた。

「そうだけど……」

「まさかお会いできるとは!いや~光栄だな~!」

 彼はそう言ってマリアの手を握り、握手を交わし始める。何がどうなっているんだと、マリア含めその場にいる全員は戸惑うしかなかった。彼はマリアを知っているのか、久しぶりに会えたことに喜びを表していた。

「マリア先生、以前お勤めの場所でお会いしたことでも?」

 暁人が尋ねる。

「いや、会った記憶はないけど……もしかしたら会ってたのかも……?私、記憶力は良いけどさ、顔とか名前とかあんまり自信ないんだよな」

 彼女はそう言って笑う。

「気になさらないでください。そう言えば博士、前にいたところには今もお勤めで?」

 中崎が言う。どうやら自分が忘れられていることに、嫌な感情はないようだ。見た通りの優しい男性だった。

「いや、あそこは辞めた。人間がしんどすぎてな」

「では、今はどちらに?」

「IHSだ」

 マリアが言う。だが、彼は首を傾げた。すかさず、春日部が助け舟を出す。

「あ、IHSというのは、Institute of Human Sciencesのことで、つまり……人間科学研究所と言う意味に。ここは警視庁と連携していて、科捜研や科警研とは少し異なる独立した研究施設となっています。先生は、そこの法科学研究部門で研究をなされていて、時々こうやってうちに手を貸してくださるんです。で、うちの先輩が先生のサポート役を兼ねたバディなんです」

 少し自慢げだ。春日部にとって、暁人はあこがれの存在なのだろうか。

「長話はこれくらいにして、そろそろ本題に入っても?」

 暁人はそう声を掛ける。

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