第三話 二十五時の窓口③
「まこっちゃん!早速なんだけどさ、これ解析できる?」
暁人から受け取った映像資料。先ほど彼が“影が付いて行っている”と指摘したものだ。
「任せてください!」
「パソコンとソフトはこれ使っていいから」
「マリア先生の使っていいんですか!?光栄だな~……」
デスクを撫でまわした後、結城は指の関節を鳴らした。そして映像資料をソフトに読み込むと、解析を始める。
「暁人、お前……体重って何キロある?」
突然尋ねるマリア。
「え、いきなり何ですか……?」
「いいから答えろよ。何キロある?」
「七十八キロですけど……」
「まあ、ガタイがいいからそんなもんか。春日部直樹は?何キロある?」
今度は春日部に尋ねる。
「六十五キロです。あの~これって?」
「遺体の写真から、少女は殺されたことが分かった。自殺じゃない。胸に圧迫された痕が残ってる」
「圧迫と体重って、もしかして胸に乗られたと思ってます?」
暁人が質問すると、「うん。さすがだな」とマリアは微笑む。
「だとしたら、映像に映ってるのはおそらく男性……そいつが殺したかもしれない」
「私もそう思ってるよ。だから、君たちを呼んだの。少女の胸に膝を乗せ、胸を圧迫した可能性がある。だから、検証したかったんだ」
「で、でも、当時の資料にはそんなことは書いてません。先生の思い込みなんじゃ……」
春日部はまだ信じきれないのか、マリアにそう言った。
「うん、思い込みかもしれない。でも、こいつのせいで尊い命が失われたかも。だったらできることはしたほうがいい。そう思わないか?この事件を調べ直せば、今起こってる女子高生連続行方不明事件も解決できるかもしれないでしょ?」
彼女は言った。
「手伝うのか、手伝わないのかどっちかにしてくれ。中途半端は嫌なんだ」
「……分かりました……手伝います……」
春日部はそう返事する。
「よし。遺体の資料から彼女と同じ身長、同じ体重の人形を用意した。体重四十五キロの少女が抵抗する。普通なら身体表面には抵抗した傷がつく。だがそれがない。首にはロープが巻かれ、木にぶら下げられた。そして首の骨が外れ、心停止した。首の骨もずれてたと当時の資料に書いてある。だが、遺体をぶら下げた木が細かったため、木は折れて遺体は地面に落下したものと考えられる。ここまでは当時の資料も私の意見も同じだ。資料にはこの後、遺体が落下した衝撃で胸にあざが出来たと書いてある。だが、私は圧迫されたものだと判断した。ここを検証したい。本当に落下した時に着いたのか、圧迫されてついたのか……と言うことで、春日部直樹、お前がこの人形の胸を圧迫するんだ。犯人になったつもりでやってみてくれ」
そう言うと、マリアは彼の目の前に人形を立たせた。
「え~……僕がやるんですか……?なんかやだな……」
彼はそう言いながらも、人形の胸に体重をかけた。
「こうですか?」
「手のひらで圧迫したなら、死斑として若干ながらも手の痕が出るはず。丸い痕だったから、膝か肘のはずなんだ。片膝で圧迫してみてくれ」
マリアは無茶を言う。だが、「膝って言われても……胸に片膝を乗せたらバランスが……」と春日部はそれに応えようと、何とか形を取る。
左膝は人形の二の腕辺り、右膝はちょうど胸骨のあたり、両手は地面に……まるで今から首を絞めるような体勢に……暁人はその様子を見ている。
「春日部、その手で人形の首を絞めてくれないか?」
「先輩まで僕にやらせるんですか!?」
「いいからやってくれ」
「みんなして僕の扱い酷くないですか……?」
だが、先輩の言うことは絶対。彼は従った。
「マリア先生、遺体に首を絞められた痕ってあります?」
彼はそう言った。
「ちょっと待てよ……絞められた痕ではないけど……ロープ痕に混じってかすかに指の痕らしきものが……」
「春日部、手のひらじゃなくて指で首を絞めてみてくれないか」
「指で?……いや、無理ですよ……やろうと思ったらこうしないと……」
彼は人差し指と親指を使って喉仏のあたりを圧迫した。
「そうか!」
マリアは遺体の解剖写真を漁る。
「喉の解剖してたはず……絞殺や自殺の時は必ず確認するから……あった!うん、暁人、正解だ!少女はそうやって殺害されてる。だからずれてたんだ!それでその痕を隠すために自殺を装った。だから太いロープを使った。首周りに吉川線が少なかったのは、意識が朦朧としてたからだ。圧迫痕は少女の体を押さえつけるために乗っかった。これで、辻褄が合う。問題は映像の人物だけど……」
彼女は結城を見る。
「先生、できましたよ!映像出しますね」
部屋の天井からスクリーンが下りてくる。パソコンに映る映像が、スクリーンにも映し出された。
「映像の解像度を上げ、余分なものを取り除きました。建物、木を取って、全体像を出す。人物は背格好から男性だと思います。それで間違いなく少女の後を付けてます。彼女が走ろうとしたとき、腕をつかみ、公園の例の木の近くに連れて行った。そして、顔はこれです……」
映し出された男性の顔。マリアはその顔をインプットした。もう忘れない。
「この男、指名手配してくれよ」
「それは……たぶんできません。できたとしても時効があります。この事件は二十年以上も前に起きてる。今更、立件は出来ないかと……証拠だって不十分ですし……」
暁人は言う。
「なんだよそれ……」
「マリア先生、この事件はこれで解決になります。自殺ではなく殺害されたことが判明した。次は、今起こってる事件を捜査しませんか?それでこの男に繋がるものが何か一つでも出れば、こいつを逮捕できますから」
そう言った。
「じゃあ……この少女は……自殺のままってことになる。間違われたまま……」
「マリア先生、先生が自殺ではなく他殺だと証明した。それで救われます。この男を捕まえて、全部吐かせましょう。そして本当の死因を家族に伝える。そうしませんか?」
「その代わり全力で犯人を見つけてくれよ。私がぶん殴ってやるんだから」
マリアは言う。
「ええ。もちろんです」
暁人はこのことを誰に伝えれば信用して動いてくれるのか考えた。
思い当たる人物は一人のみ……。
「もしもし、黒田警視監ですか?ええ、青井です。実は……」
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