第二話 ヴァンパイアの秘密 ⑦

「さすがに今回は、これ以上君を関わらせることも高倉に会わせることもできないよ」

 退院した足で、彼女は黒田の元へ出向いていた。

「だから、あいつは病気なんだ。このまま放っておいたら、あいつはいずれ死ぬぞ」

「それでもだめだ」

 マリアは彼に会わせろと譲らない。だが、黒田も譲れなかった。それはもちろん、暁人も同じで、何を言われても会わせたくなかった。

「彼が病気だというのなら、警察から彼の担当医に資料として渡すから、君がそれを書けばいい。会わなくても、彼に診断をつけることはできる。それで我慢するんだ」

 黒田はマリアの気持ちも理解していた。だからこそ、手紙やメールでやりとりするよう提案したのだ。

「……分かったよ……今回は諦める。担当医にメールを送るから、連絡先教えろよ……」

「もちろんだ。君に彼のカルテを送るよう言っておくから」

 ソファーにもたれかかり、彼女は諦めた。



「なんか久しぶりな気がする……」

「結局、マリア先生は三日間の入院になりましたからね。自宅に帰って着替えとか取ってきます?」

 スーツのジャケットを脱ぎながら、彼は言った。

 振り返ると、マリアが下着姿で立っている。

「ちょっ!ま、マリア先生!?なんで脱ぐんですか!?」

「着替えるんだよ。そりゃ裸になるって」

 いつの間にか下着に手がかかり、体を覆うものは一切なくなった。

「着替えるんなら言ってくださいよ……ここから出ますから……」

「別に気にしないけど?」

「俺が気になるんです!」

 暁人は研究室から逃げるように出て行った。

「変なやつ~」

 マリアは引き出しから着替えを取ると、それを身につけていく。

 そして数分後、暁人は室内に戻った。

「ここにも着替えを置いていたんですね」

「“も”って?ここにしかないけど……」

「いや、自宅とか……」

「お前、私とこれだけ一緒にいるのに何も知らないんだな。ここ、研究室兼私の自宅だよ。ここに住んでんの。知らなかった?」

 彼女はそう言うと、財布から身分証を取り出した。

 確かに住所は間違いなく、この研究室だ。

「だから“六階の主”なのか……」

「六階の主?ああ、私の呼び名か。六階を全部、私物化してやったからな!」

 自慢げに言うマリアを見て、やっとほっとした彼。

「マリア先生、本当に何もなくて良かったです……。怪我させてしまって申し訳ありませんでした……傍にいたのに……俺のせいで……」

「なあ暁人。もし、あの時噛まれたのが私じゃなくて暁人だったとして、お前は私のせいで自分が怪我したと思うか?」

「いいえ!そんなわけありませんよ!俺だったら、自分の不注意でケガをって……」

「それと同じだよ。暁人のせいじゃない」

 彼女は微笑んだ。

「よし、じゃあ……やるか!……““ゼロ”、メールを送るぞ」

『承知致しました。あて先はどちらにいたしましょう?』

「陵西医大の精神神経科、部長の橡高徳くぬぎたかのりあてだ」

『承知いたしました。あて先は“陵西医大、精神神経科、部長・橡高徳さま”で登録しました。件名と本文をどうぞ』

「件名は、高倉徹の疾病について。本文、IHSの夢野真璃亜です。本日はそちらにて入院加療中の高倉徹について……」

 マリアは内容を発する。すると、何もしていない彼女のパソコンに文字が打たれていく。彼女が開発、プログラムした人工知能“ゼロ”が入力しているのだろうか。

「すごい……」

 暁人はそう言うしかなかった。

「……よって、治療が必要。また、検体等は私宛に送ってほしい。よし、じゃあ送信だ」

『送信しました』

 数分話し続け、マリアは喉が渇いたのか冷蔵庫に一目散だった。

「暁人、お前も飲むか?」

 彼女は暁人に缶コーヒーを手渡す。

「マリア先生、今メールで打ったのが、高倉の病気だったんですか?」

「うん。何となく想像はついてたけど、私の見解が当たってたな」

 マリアは笑った。

「じゃあ、この事件って……」

「高倉が犯人で間違いない。だが、一つ……このヴァンパイアには秘密があるんだよ」

 彼女はそう言うと、右手人差し指を立てた。



「いいか?まず、事件の発端は彼の生い立ちによるものから始まる。カルテには、高倉徹が初めて血液を口にしたのは、小学生の時だと書かれている。友だちと遊んでいる最中に転び、膝を擦りむいた。その時、無性に舐めたくなり、舐めた。気持ち悪さなどは感じず、むしろおいしいと感じてしまったと。それが高校まで続いた。本人は何とか止めたくて、耐えた。だが、やめられず、ついには自分の体を傷つけ、舐めるようになったそうだ。いつの間にか増えていく傷。それで友人や家族に知られ、逆にエスカレートした。そして大人になり、仕事を始める年齢になったとき、彼は自分の血液だけでは足らず、他人の血液までもを欲するようになった。自分はおかしい。そう思って調べると、“吸血鬼”という文字が目に入ったことで彼は“自分は吸血鬼だから血を欲しがるのは当たり前だ”と思い込んだ。そこからは、いかにして血液を入手するのかをずっと話していたと、カルテに書いていた。血液を抜いても問題にならず、口にする前には細菌やウイルスがいないかを確認できる。そして、バレにくい。そのために技師になったと書いてあった」

 マリアは甘いコーヒーを手に、そう話す。

「何か……異常ですね……」

「ああ。だが、それがこの病気だ」

「病名って……あるんですか?異食症とか?」

 彼女はコーヒーを飲み干し、「いや、ヴァンパイアフィリアというんだ」と一言。

「この病気を持つ人間が、必ずしも事件を起こすというわけではない。高倉だって初めは自分を傷つけるくらいだった。だが、技師と言う仕事に就いたからこそ、考えが変わったと私は思ってる。簡単に血液を手に入れられる。でも、採血した分量じゃ足りない。どうしても欲しい。だから、血をもらおうとした。だが、相手は生きている。抵抗する。だったら殺してしまえ……でも、血液が流れてしまってはもったいない。新鮮なままで口にしたい。それが、今回の事件に使われた手口だったんだよ。絞殺、カリウムによる殺人、そして撲殺。生きている時点で血液は流れ出ていない。そして死後、体が温かいうちに、上腕動脈を切開し血液を抜いた。おそらく、あいつの自宅にはストックがあるはずだ……」

 そう話すマリアの顔はどこか恐ろし気で、暁人は脈が速くなるのを感じていた。

「先生……まさか、自分も血を飲みたいとか言いませんよね……」

 彼女は驚いた顔で暁人を見る。そして、にやりと笑い彼の首元に顔を近づけた。

「ふっ……はははは!そんなわけないって!冗談だよ」

 マリアは彼の首に歯を立てようとした。が、すぐ顔をずらし、笑った。

「も、もう……びっくりしたじゃないですか!やめてくださいよ……」

「暁人があまりにも信じてるから面白くて。でも、吸血鬼はいなかったな」

 彼女はやっぱりどこか残念そうだった。

「マリア先生、今日は休んでくださいね。退院したばっかりなんですから。じゃあ、俺は本庁に戻ります。何かあったら連絡ください」

 暁人はそう言って研究室を出た。

「ヤバい……マジで噛まれるかと思った……近いって、やばいって……」

 ぶつぶつと独り言を言いながら、彼は警視庁へと急ぐ。進捗を報告し、この事件を終わらせねばと。



「そうか……病気がそうさせていたのか……にしても、奇病ってやつだな……」

 崎田は顔をしかめながら、報告書を読んでいた。もちろん、メールの内容も、マリアが説明した文言も、彼女の傷も。全て載っている。

「じゃあ、報告は終わりましたんで、失礼します」

 彼は部屋を出ようとしたその時、崎田の一言で歩みが止まった。

「……マリアに惹かれてるんじゃないだろうな?もしそうだったら、お前を外さないといけない。まあ、あんなのに惹かれるやつはいないけど」

 返事をすることもなく、彼は部屋を出て行った。

「放っておけよ……」

 奇妙で、不思議で、ファンタジーのようなこの吸血鬼事件は、幕を下ろした。

 だが、暁人のマリアへの想いが幕を上げた—――。

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