第二話 ヴァンパイアの秘密 ⑥

「吸血って……一体何のことを……」

「ここまで来てとぼけんなよ~!あんたがこの事件の犯人なんだろ?」

 いたずらに微笑むマリア。

 高倉は奇妙なものを見るような目で彼女を見つめていた。

「犯人ってさ、いつもしらばっくれるけど……もしかして、なんかそういう決まりでもあるわけ?マニュアルとかあんの?」

 マリアは誰に言うわけでもなく呟く。

「あのね、あんたが犯人だって証拠なら、もうあるの。今、あんたが自分で言ったんだよ?“彼らのことは分からないんです”って。彼らって?」

 高倉は「いや、刑事さんが言ったから……」と口にした。だが、マリアはぐいと彼に近づき、「いつ?誰が?暁人は何も言ってないぞ」と身を乗り出す。

「い、言ったよ!」

「いや、言ってない。暁人が言ったのは“実は、鈴森健診センターで検診を受けた方が亡くなりまして……何か病気が”ってやつと、“、亡くなった方に関してなんですが”ってだけ。ね?男か女か分からない。一人なのか二人なのかでさえ分からない言い方をしてたんだ。私の記憶力なめんじゃないわよ」

 マリアは小さな胸を張った。隣で「……なめてはないとおもいますけど……」と春日部がぼそっとつぶやく。それが耳に入ったのか「何か言ったか」と彼を睨んだ。だが、その目は怖さなど全くなく、むしろ子どもが睨んでいるような程度で、春日部はふっと小さく噴き出す。

「高倉さん、説明できます?」

「説明も何も、ちょっとした言い間違いってやつですよ……」

 マリアらを放っておき、暁人は彼に尋ねていた。

「言い間違いにしては不思議な間違いだと思うのは自分だけですか……?」

 暁人は彼の顔を覗き込むように言う。高倉は視線を合わせようとはしない。

「あんた、本当に吸血鬼なのか?」

 突然何かを思い出したのか、マリアが不意に我に返る。

「吸血鬼……ああ、これのことを言ってるんですか……?」

 高倉はそう言うと、にやりと笑った。

 その口元からは、真っ白な鋭い歯が見えた。それはまるで牙のようで、テレビや漫画でよく見る“吸血鬼の牙”というものだった。

「本当にいたのか!どれ、見せろ!」

 マリアは彼の口を思いきり開け、無理やり歯を露出させた。

「なんだ……作りものじゃないか……」

 一見すると、本物の牙のように見えたそれは、マリアの目には偽物として映ったようで、彼女はあからさまながっかりぶりを見せていた。

「マリア先生、そうがっかりしないでくださいよ」

 春日部がそう言うと、彼女は「子ども扱いするな!」と不貞腐れる。

「高倉さん、その歯は?どうされたんです?」

「作ってもらったんですよ。牙なんて、そうそう持ってる人間いないでしょ?美容外科でね、作ってもらって……」

 彼はそう呟いた。そして、高倉は警察の目がある中で、思いもよらない行動に出た—――。

「マリア先生……っ!」

暁人が叫んだ瞬間、高倉は目の前で身を乗り出すマリアの腕を思いきり引き寄せ、その首元に噛みついた。

「いっ……!!」

 マリアは声にならない声を発する。

 彼女から高倉を引き剥がすべく暁人は彼の腕に思いきり掴みかかった。とすぐに部屋の外にいる警察官を呼び入れる。

「救急車を呼べっ!急げっ!……鳴海さん!マリア先生を頼みます!」

 彼はポケットからハンカチを取り出し、マリアの首元に当てた。

「高倉徹、殺人および傷害容疑で現行犯逮捕する!」

 暁人は彼に手錠をはめ、高倉に馬乗りになり押さえつけた。

 彼は抵抗せず、ただその口からマリアの血を流しているだけだった。

「女の血は……初めてだな……」

 高倉はたった一言呟き、不気味な笑みを浮かべた。



 まさか……本当に吸血鬼が……?いや、そんなはずはない。ここは現実だ。フィクションやファンタジーならまだしも、こんな現実世界で……。

 救急車に揺られている間、彼はマリアから目が離せず、ずっと考え込んでいた。

 それは病院に到着してからも変わらなかった。

 治療を受けている彼女の姿を時折目にし、何とも言えない不甲斐ない感情に押しつぶされそうで、居ても立っても居られない。

 暁人は重くなった頭を振る。

「もう大丈夫ですよ」

 ガウンを脱ぎ捨てながら、初療室から男性医師が出てくる。

「出血は止まりました。血液検査の結果は夕方には出ますので、感染症の有無を確認します。患者さんは今は麻酔で眠ってもらっていますから、あなたも少し休んだ方がいい。顔色が優れないですよ」

「俺は……大丈夫です。あの……彼女は本当に大丈夫なんですね?」

 暁人がそう尋ねると、医師は「ええ。傷は深いですが、血管や神経に傷はありません。日常生活に支障なく戻れます」と返事する。

 医師は初療室に戻っていった。

「無事でよかった……」

「青井くん!マリアは……!?」

 黒田が血相を変えて駆けてくる。

「今さっき処置が終わって、今は麻酔で眠っています。命に別条はなく、血液検査の結果も夕方には出るそうで……。あの、本当に申し訳ありません……」

 彼に頭を下げる暁人。

「守れなくて……傷つけてしまって……本当に……」

 その声は震えていて、後悔の念が詰まっていた。

「君のせいじゃない……あの子が無事ならそれでいい。それに君もね……」



「暁人……」

 空いている病室に一時的に移されたマリア。

 麻酔から覚め、自分の傍らでうなだれる暁人に声を掛けた。

「マリア先生……」

「あいつは……?高倉はどうなった……?」

「今は留置場に……その後は病院と連携して彼の聴取をもう一度行うことになりました……」

 マリアはガーゼが貼られた首を触る。

「本当に吸血鬼に噛まれた……」

「先生……」

「そんな顔しないでよ……でも、おかげでが分かった……あいつの検査を私にさせてよ」

 起き上がりながら彼女は言った。

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