第三話 二十五時の窓口①

「ねえねえ、“窓口”って都市伝説知ってる?」

 女子高生三人が喫茶店で都市伝説の話題を持ち出した。

「え、何それ!」

「私は知ってる!今、流行ってんだよ!」

「この都市伝説ね……」

 “窓口”、それは最近の中高生の中で話題となっている都市伝説の一つだった。

「いじめに遭っていた女の子がね、もうここから逃げ出したいとか、消えたいとか、死にたいとか、自分をいじめていたやつが消えればいいのにって日記みたいなノートに書いていたんだって。しばらくしてこの子はいじめに耐えかねて自殺しちゃうんだ……。でも、どれくらいか経ったときに女の子をいじめていた女子たちが次々に消えて、今もまだ見つかってないらしいの。ノートも消えていたって。もちろん、都市伝説だから本当かどうかわからないけどさ」

 グループのうちの一人がそう言う。

「でもさ、その“窓口”ってどこにあるの?」

 興味をそそる内容だったのか、ショートカットの女子が目を輝かせながら尋ねた。

「噂だと、手紙とかノートとか何でもいいから、相手に関することを詳細に書いて、ポストに投函するだけなんだって。あて名は書かなくていいらしいよ」

「ポストに入れるだけって、なんかあっさりしてんな~でもまあ、都市伝説だからそんなもんか」

 二人の話に耳を傾けていた一人は、小刻みに震えていた。

「あ、ごめん!こういう話、苦手だっけ……」

「ううん、大丈夫」



 季節は夏真っ盛り。

 IHSの駐車場に到着した暁人は、春日部とともにマリアを訪ねていた。

「こんにちは、青井さん!マリア先生だったら、今ちょうど鑑定が入ったらしいから、研究室にいると思うよ」

 いつの間にかIHSの警備員とも仲良くなり、情報交換したり、マリアの在室を教えてくれたりと、良好な関係が築けていた。

「そうですか!ありがとうございます、蛯原さん」

 男性警備員は、蛯原祐一えびはらゆういちと言う。

「青井さんって、友達関係築くの上手そうですよね」

「そうか?多分普通だと思うけどな」

 隣に座る春日部は、少し羨ましそうに言った。

「よし、じゃあマリア先生のところ行くか」

 直通エレベーターに乗り込み、【マリア研究室】のボタンを押す。

「マリア先生?入りますよ?」

「開いてるんだから勝手に入ったらいいんじゃ……」

「いや、それはまずい。たまに着替えてたりするし、前なんていきなり裸になったんだからな……」

「……裸?」

 春日部は頭にクエスチョンマークを浮かべている。

「おお!暁人!で……あ、春日部直樹かすかべなおきか。なんか用?」

「何でフルネーム……」

「私はまだあんたのことはよく知らない。だから、知り合い程度。そんな相手に親しくは出来ない。だからフルネームなの。それより暁人、なんか用?」

 マリアはそう言う。春日部は「先輩は名前呼び!?」と驚いている。暁人は、バッグからファイリングした資料を取り出し、マリアに渡す。

「これ、読んでください。多分、マリア先生の興味を惹くんじゃないんですか?」

「私はそうそう簡単には……」

 彼女はそう言いながらも資料に目を通す。

「え……?これ、読んでるんですか?どう見てもチラ見のような……」

 一見すると、ぱらぱらとページをめくっているだけのようだが、実はこれでちゃんと読んでいる。相変わらず不思議な光景だと、暁人は隣で驚く春日部に説明した。

「どうやってあのスピードで読むんです?」

「読んでいるんじゃないんだよ。先生は記憶するんだ。写真で撮ったみたいに、頭の中に入る。それを先生はストックって呼んでいて、先生曰く、記憶は引き出しのようになっているんだってさ。そこから取り出すことができるらしい。まあ、俺たちには分からない世界だよ」

 資料を読み終えたマリアは「確かにこれは私の興味を惹いた……都市伝説じみたものは大好物さ!」と子どものように笑う。

「でも、これって依頼だよな?」

「え、ええ……崎田警視が来てくれと……」

 マリアは自分では意識していないのだろうが、顔がゆがむ。

「嫌だけど……依頼だったら仕方ないか……行くよ」

 彼女は暁人と春日部によって、警視庁へ向かった。

 春日部が運転する車内では、まるで大学の講義のようにマリアが都市伝説について説明していた。話の発端は、春日部が「都市伝説って言いますけど、ほとんどがデマじゃないですか」という一言。これで、彼女のスイッチが入ったのだ。

「いいか?春日部直樹、都市伝説って言うのは過去の事件や事故、場所に由来していてな!発祥先は不確かだし、特定しにくいことも特徴なんだ。おまけに、誰から始まったかもわからない。まるでそれが本当のことのように話は広がっていく。面白味を感じるから、飽きない状態で人から人へ、都市伝説は感染していくんだ。口裂け女やトイレの花子さんなんかもそうだし、ひきこさんもそうだし……あ!ある有名な巨大テーマパークの地下には施設があって、そこで……」

 車が警視庁へ着くまでの一五分、マリアの口が閉じることはなかった。



「ほら、依頼されに来てやった。紙出せよ……」

「相変わらず口が悪いな。態度も悪い。それに不愛想だ」

 崎田は用紙を取りながら言った。だが、マリアは態度を変えることなく、「書いてやったんだからもういいだろ。ここは最悪な空気だから早く出たいんだ」と紙を突き返す。

「不愛想はどっちだよ。お前は私を化け物扱いする。それが嫌なだけだ。それに自分から呼んでおいて、あんたは私を避けようとしてる。ほら、今にも逃げたそうだぞ?」

 マリアはそう言う。なんだこいつ……相変わらずの……と崎田の顔が物語る。

「“なんだこいつ、相変わらずの化け物っぷりだな……気持ち悪いったらありゃしない”そう思ってるだろ?」

 彼女がそう言うと、「それが気持ち悪いんだ」と崎田は一言。

「気持ち悪いのはどっちだ。初めてあんたとイギリスで出会った時と今、お前はまるで性格が違う。おまけに話し方もな。お前は私のすべてを知った。だからこそ私が化け物に見える。違うか?でもそれをしたのは、お前らだ」

 マリアが悲しげな表情を浮かべながら言った。

 何のことを言っているのか分からないが、暁人は「先生、会議室に行きましょうか」と崎田を見つめるマリアの肩を抱く。

 何も言わず、彼女はそれに従った。

「では、失礼いたします」

 マリアの背に手を当て、暁人は扉を開ける。外には春日部が待っていた。

「先生、どうかしました?」

「何でもないから、会議室行こう」

 黙っている彼女に代わり、暁人が答える。



「この事件、警察は誘拐事件の線で捜査してるんです。ですが、何の手掛かりもなくて……遺留品はこの帽子だけなんです」

 春日部は写真を見せる。

「現物は?」

「科捜研で調べてもらってます」

「終わったらうちに送ってくれる?」

「分かりました」

 さっきまでの元気がなくなったマリア。依頼のたびに落ち込む彼女を何とかしたいと、暁人はいろいろ考えていた。だが、一介の刑事が何もできることはなく、ただ命令に従い、彼女を連れてくるしかなかった。

「マリア先生、この事件は誘拐事件だと思います?それとも何かほかの事件だと思います?」

「普通に考えれば誘拐事件だろう……でも、身代金の要求もない。手掛かりもない。それに次々に学生が消えていくって言うのが、何とも……。この事件、私が知ってる都市伝説にそっくりだ。本当に存在していたんだ……あの都市伝説、“窓口”が……」

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