第二話 ヴァンパイアの秘密 ④

「は!?最後の遺体、身元がわかったって!?おいおい、冗談だろ?歯科記録もないし、通院歴も出てこないって言ったの自分だぞ?なんでわかるんだよ」

 警視庁に戻っていた暁人は、崎田の叫びにも似た声に反応した。

「マリア先生かな……」

 崎田の反応から、電話の相手がマリアではないかと推測する。

「青井!身元が出たって言ってるけど、本当なのか?ここに来たいがために、嘘ついてんじゃないだろうな」

 彼の口調から、マリアだと断定できた。暁人は「マリア先生がそう言っているのなら間違いないと思います」と返事する。ここに来たいって思うわけない。その言葉は飲み込んだ。

「さっさと研究所に行って、全部聞いてこい!」

 彼に指示され、暁人は荷物を手に研究所へと向かった。


 事件発生から、二十日。マリアが関わって二日、すでに三人の遺体の身元、死因、使った物、そして仕事先などすべてが明らかになっていた。

「全部見つけてるのマリア先生じゃないか……なんだよ……」

 暁人は苛立つ気持ちを抑えようとしながらも、顔にも態度にも出ていた。

「……え、こわ……」

 研究所に着き、マリアに出迎えられてすぐの彼女の一言だった。

「怖いですか……?」

「顔、怖いよ?糖分不足?」

 マリアはそう言ってポケットから溶けかけのチョコを差し出す。

 彼の顔から苛立ちは消えた。

「チョコ見ただけで顔変わるなんて、お前も好きなんだな」

 溶けかけのチョコを差し出すマリアを愛おしいなどと思った自分に驚いていた。

 少し前の自分なら、これでもイライラしていただろう。なんで溶けているんだと、些細なことでピリピリしていたに違いない。

「マリア先生、これ……ありがとうございます。それと、身元が分かったって……」「うん。資料作り替えたから渡すね」

 ファイルを彼に渡す。

「一人目は野村一道、三十五歳、男性。仕事は長距離トラックの運転手で、獅子運送の従業員、事件当日も医療機器の運送で……東京に帰ってきたときに事件に巻き込まれたとみられる。二人目は上原昇うえはらのぼる、四十歳、男性。医療専門学校の講師で事件当日は講義があり、帰宅後の深夜にコンビニに行った際に事件に巻き込まれたとみられる。自宅周辺の監視カメラ、コンビニの監視カメラで判明。三人目は大川譲おおかわゆずる、四十三歳、男性。都内総合病院の内科医。事件前日に夜勤があり、当日、朝に帰宅途中の公園で死亡しているのが見つかり、事件発覚……全員が医療に関係しているんですか!?」

 暁人は声に出して資料を読んでいた。

「うん、不思議だよね」

「でも、どうやってここまでの情報を?」

「う~ん、ヒントは……カリウム!」

「カリウム?それって生き物に必須の……?」

 マリアはうなずく。これだけでは何のことだか……と暁人は手をあげた。

「いい?カリウムで人を殺せるって言うのは、医療者か医療に詳しい人、オタク、ミステリー好きとかのどれかなのね?でも、私は最初に見つかった遺体……上原さんの殺され方に違和感を持った。彼の殺され方、覚えてる?」

「確か、絞殺……その後に血液を抜いたんですよね?」

「うん。その時に私、何か言ったんだけどさ、記憶にない?」

 マリアが言った。

 暁人は必死に当時の会話を思い出す。

「なんて言いましたっけ……」

 彼は「勘弁を……」とでも言いたげな顔でマリアを見つめる。

「ったく……あれくらいの会話、覚えておけよ……。いいか?私は“吉川線がない”って言ったんだ。お前も分かるだろ?吉川線がなにか」

「吉川線って絞殺痕とは別の爪で出来た縦線ですよね?」

「ああ。それがないってことは、死んでから絞殺されたか、抵抗したかったけど出来なかったかのどれかだと思って、三体の血液を検査してたんだ。で、ビンゴ!三体とも、血中のカリウム値が高かった。で、彼らの遺体をくまなく調べて、血液を抜いたであろう大腿の刺し傷を見つけた。ここからカリウムを注射し、不整脈を起こさせて殺し、血液を抜いた。それも大量のな……短時間でこんな事を素早くできる人間は限られてくる。もちろん、慣れている人間ならこれくらいなんてことないだろうし、意外に時間もかからないと思う。そして腕の傷。上腕動脈を切開して出血させるなんて素人ではなかなか考え付かないと思うんだ。みんな手首に目が行くはずだからね。それをこの犯人はした。それに、傷には一切の迷いが見られない……だから、まこっちゃんに頼んで、都内の企業や学校を調べてもらって、ここ一か月の間に企業や学校から健康診断を受けた人間を探してもらった。そしてその中でも、同じところで健康診断を受けた企業や学校を探し、遺体の特徴と合致する人物がいないか調査して、見つけ出したってわけ」 

 マリアはそう説明するが、暁人は途中からついてこられなかったのか口を開けて、ぼうっと立っていた。

「おい、大丈夫か?」

 彼女が暁人に触れる。だが、彼は「いえ……大丈夫じゃありません……途中から意識がないです……」と返事する。

「意識がなかったらお前は今、こうして立ってない」

「先生、それ……マジレスって言うんですよ……」

 部屋がノックされ、結城が顔をのぞかせる。

「マリア先生に言われたように、プロファイリングできる人連れてきましたけど……」

 彼の後をついて歩くように、一人の男性が室内に入ってきた。

「彼が神代大学で犯罪心理学を教えている、鳴海柊なるみしゅうくんです。ちなみに僕の先輩になります」

 そう紹介された男性、鳴海はさわやかな笑顔で「初めまして、鳴海と申します」とあいさつする。

「お前、イケメンだな」

 マリアが言うと、彼はにっこりとほほ笑み「光栄です。あなたが……彼が言うマリア先生、ですね?」と聞き返した。

「うん、私が夢野真璃亜さ。早速なんだけど、これ渡すから犯人らしき人物をあぶりだしてくれない?」

「唐突ですね……」

「これ以上被害者を出すわけにはいかないんだ。使えるものは何でも使うさ。それが人であれ、物であれ……」

 マリアの気迫に圧倒されたのか、鳴海はバインダーを受け取り、目を通す。

「ここまできれいにまとめられているのなら、そう時間はかかりませんよ」

 彼は一枚の紙とペンを取り出し、さらさらと文字を書いていく。

「結城さん、彼って……」

「神代大学で心理学・犯罪心理学を教えている准教授。二十歳でアメリカに留学し、本場のプロファイリングを学ぶ。三十歳で日本へ帰国し、大学で教鞭を執る傍ら、犯罪心理学者として捜査にアドバイスをする……」

 マリアがそう説明する。

「マリア先生、詳しいですね!僕の先輩、凄いでしょ」

「先生、ご存じだったんですか!?」

 暁人が驚いていると、マリアは「ううん。神代大学の講師陣の欄に書いてた~」と笑う。

「ははは……そうですか……」

 暁人が苦笑いをしていると、「うん……結果からすると……この二人が当てはまるね。あとは、先生のご意見、どうですか?」と鳴海がマリアに言う。

「う~ん……とりあえず、話聞いてみよっか!」

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