第二話 ヴァンパイアの秘密 ③

「まとめ終わったから起きてくれよ」

 マリアの声で目が覚める。

「すみません、俺……寝てたんですね」

「寝るのは良いんだ。でも、先にこれ読んで」

 彼女から手渡された資料は三冊。 

 そのどれもが一切手を抜くことなく、故人について簡潔にかつ丁寧にまとめられていた。

「先生は資料をまとめるのがお上手なんですね」

「上手いかどうかは分からない。でも、それが遺体の最後に関するものだとしたら丁寧にまとめてやりたいとは思う……」

 コーヒーに口をつけ、彼女は言った。

「じゃあ、読ませてもらいますね」

 暁人がそう言うと、「うん」とだけ彼女は一言。



「……共通点は血液を抜かれていること、致命傷となるものを与えていること、全員が男性であること、それに……首元に傷があること……なんですね。でも、三体目だけ致命傷はないんですか?それにあの……首元のこの傷って、まさか牙の痕じゃないですよね……?」

 暁人は、そんなことある訳ないと自分に言い聞かせながらも問いかけた。

「いや、その通りだよ。それは人間の歯の痕。でも穴はないから血は吸えてない。実際、血液を抜かれた痕は大腿にある静脈からだ。針を刺した後が見つかった。首元の牙の痕は……趣味でつけたか、捜査を攪乱かくらんさせようとしたか、本当に吸おうとしたかのどれかだな。どちらにせよ、これは吸血鬼が起こした事件じゃなくて、人間が起こした事件だ。あ……吸血鬼も人間か……?」

 マリアは顎に手を当てながら言う。

「先生、この傷跡って……先生が指摘した手術跡ですよね?」

「うん。皮膚が切られて、血管に傷が出来てた。推測すると、犯人はここを切って動脈を切り、出血させた……と考えている」

 マリアは自分の腕を見せながら説明した。

「それで……遺体の身元ってまだ三人とも不明ですか?」

「いや、もうじき分かるよ。歯科受診記録と通院記録、警察のデータベースで一致する三人が出るはずだ。まこっちゃんに頼んでるから、明日には出るんじゃないかな」

 彼女はそう言って冷凍庫からアイスを取り出し、おもむろに口にし始める。

「あの~……まこっちゃんって、鑑識の結城真ですよね?先生とどういう関係なんです?」

 暁人が尋ねる。

「どういうって……特に何もないけど?しいて言うなら、鑑識にいた彼が、私の講演会の時に来て、私が気に入って、連絡を取り合っていたらIHSが設立されて、警視庁と連携を取ることになって……そこで再会して……って感じ」

「そうなんですか!」

 いや、何喜んでるんだ俺は……。彼は髪に風を通すように、髪を梳いた。

「緊張してるのか?」

「え……」

「いや、髪触ってるからさ、なんか緊張でもしてるのかと……」

 彼女がそう言った時、まるでタイミングを計ったかのように、マリアのパソコンにメールが届いた。

「お、まこっちゃんからだ……“三名のうち一人だけ身元が分かりましたので先に詳細送ります”だってよ!さすがだな~!おい、暁人も見るだろ?」

 彼女は添付された資料を印刷し、手際よくファイリングした。

「身元が分かったのは二体目の遺体か……、名前は野村一道のむらかずみち、年齢は三十五歳、仕事は長距離トラックの運転手で、事件当日も仕事。Nシステムにも車両は映ってるし、監視カメラにもサービスエリアにも本人が映ってる。警察に登録されてる免許証からも間違いない。仕事で東京に帰ってきたときに事件に遭ったと考えるのが筋だろうけど……彼は何を運んでたのかを調べたいな。暁人、これ頼むな」

 彼はマリアに言われたことを忘れないよう、メモを取った。

「じゃあ、俺は被害者が……野村さんが何をどこまで運んでいたのか、仕事先がどこなのかを突き止めて、また連絡しますね」

 暁人はそう意気込み、部屋を出て行った。

「なんだあいつ……。ま、いいか……それよりも、同様の遺体がないか調べたほうが良さそうだな……本当に吸血鬼だったら、またどこかで血を吸ってるだろうし。今はとりあえず“検出できない毒”の結果待ち~でもまあ、あらかた答えは出てる~!」

 マリアは高揚する気持ちを抑えられず、歌いながら検査結果の確認に向かった。



「マリア先生~!お待ちしてました!」

 結城は両手を振りながら、彼女に合図する。

 ここは町の中心部、喫茶店が並び、おしゃれな雰囲気の町。そこで大の男が両手を振り、待ち合わせた女性はぼさぼさ頭で白衣を身につけた、超童顔の女性。

 周りの視線など気にせず、結城は「先生、今日も素敵です!」とマリアを前に、顔の筋肉を緩ませていた。

「それで、頼んだやつは?」

「もちろん、ばっちりです!」

 彼は資料をマリアに手渡す。

「これが?」

「はい。最近、東京内で健康診断を受けた企業や学校などです。でもこれ、かなり量ありますよ?」

「うん、それは別に気にしてない。覚えれば済むから」

 マリアはそう言って資料を読みこむ。隅から隅まで目を通し、全てを頭に入れる。

「それにしても、まさか毒物がカリウムだとは……どうしてカリウムだって分かったんです?」

「そりゃ、天才だから」

 結城は口元に両手を持っていき、「くぅーっ!」と何やら喜んでいる。そんな二人の様子を、喫茶店の客も通行人でさえもまじまじと見ていた。

「といいたいところだが、この犯人は単純なんだ。ややこしくしようとしたせいで、あちこち抜け落ちてる。それに多分……犯人は医療の知識があるんだと思うんだよな~」

「それってやっぱり……」

「うん、カリウムのおかげ。カリウムは生物にとって絶対に必要なものだし、もともと持ってる。だが、それが何らかの状態で血中濃度が上がると、高カリウム血症となり不整脈を起こしたり、心停止になる。もちろん、遺体から検出されても問題にはならない。だから私は血中のカリウム値を検査していたんだ。ちなみにこれが、塩化カリウムなら外科手術でも使うから……」

「だから医療関係者の可能性も調べたいって言ったんですね」

 結城がそう言う。

「うん」

 彼女は短く返事すると、再び資料に視線を戻した。

 結城はあこがれの眼差しで、マリアを見つめている。

 そんな彼には気付かず、マリアは時折何かを呟きながら資料全てに目を通した。

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