第二話 ヴァンパイアの秘密 ②

「……と言うことで、先生はこの事件、どう思われます?」

 崎田は煽るように彼女に言った。

「う~ん……吸血鬼が犯人なんじゃない?」

 捜査員はざわめき、笑い交じりのため息を吐いた。

「マリア先生、まじめに……」

「私はまじめだよ!吸血鬼になるにはどこかに吸血鬼がいないとなれないんだ。もし本当にいるんなら今頃大騒ぎになってるだろ。今出てきたってことは、吸血鬼が……」

 暁人は突然、マリアの口を塞いだ。

 彼に抑え込まれ、暴れるマリア。だが、体格の良い彼に抑えられては身動き一つ取れない。

「これだからばけ……」

 崎田はそれ以降の言葉を飲み込んだ。

 それからの会議はマリア抜きで進められていく。

 異様な光景だ……自分から声を掛けておいて……。暁人は胸のあたりに何かが溜まっていくのをこらえていた。

 だが、当の本人は気にしていないようで“吸血鬼になる可能性”をノートにまとめていた。

「先生?それなにしてるんです?」

「吸血鬼になる可能性のものを考えているんだ。例えば……病気で吸血鬼になったり、薬が原因だったり、体質だったり色々あるんだ。あとは、本当に吸血鬼だったり」

 マリアはそう言う。

 暁人は気になることを聞いた。

「先生はこの事件、本当に吸血鬼だと思ってます?」

「そんなわけないだろ!吸血鬼がいたらもっと大ニュースになってる。それよりも可能性としては……体質か、疾病によるもの……だろうな」

「だったらそれを崎田警視に……」

 彼女は半ば諦めのような表情を浮かべ、「言ったところで信じやしないから、言わなくていいさ」と答える。

 そしてマリアが合流して一時間後、第一回捜査会議が終了した。

 暁人はまとめた資料を、会議室内後方にあるデスクへと取りに行く。

「マリア先生、これが今回の資料です。もし良ければ、これから資料だけ研究所に届けましょうか?その方が楽だったら……」

「じゃあ、頼む。ここは居心地が悪いからな……」

 彼女は珍しく素直だった。



「それで、マリアはどう思う?」

 彼女は捜査会議の後、警視監室に居座っていた。

 黒田が用意したお菓子を片手に、彼女は「遺体だけこっちくれよ」と女性らしかぬ言葉遣いで彼と話している。

「IHSに三体とも送るのはいいとして、君一人だろう?一人で三体はキツイと思うが……」

「誰に言ってんだよ。大丈夫だって、とりあえず私は帰るから暁人に連れてこさせてくれ!あ、これもらっていくな!」

 マリアはそう言うと、またテーブルの上にある残ったお菓子をポケットに詰め込んだ。

「落ちそうなんですけど……」

 なんてことないよ!とでも言いたげな顔で、彼女はそそくさと研究所に戻っていく。

「……やっぱり先生には、ここは居心地が悪いんですかね……」

「警察組織ってのは、縦社会だしな。おまけに何かと規則がある。それに……マリアみたいな人間には、キツイところなんだろう。それで?君はどうだ?彼女といてしんどくはないか?」

 黒田に聞かれる。一瞬、何のことを聞かれているのか分からなかった彼は「しんどいって何がです?」と聞いてしまう。

 彼は驚いた顔をしながらも、「マリアといるとしんどくなる人がいるらしいんだ。私は特に気にはならないが、あの子はたまに人物が入れ替わっているかのように性格も口調も変わる。マリアのすべてが理解できないと、イライラするらしいぞ」と説明した。

「ああ、そういうことですか。確かに、初めて会った時は正直言うと、何だこいつって思いましたけど、なんか慣れてきました。それに、先生は良い人ですしね」

「マリアがいい人?そうか……そう言ってもらえると、私まで嬉しいよ。でも、一つだけ言っておく。マリアは知能は高いが、精神的な指数は低い。心は子どものままだ。だから、欲望に忠実だし好奇心も抑えようとしない。まあ、年齢的にも君たちだと差があるから、君の方が大人の対応をしそうだが……」

「“差”って言っても、二つくらいでしょう?」

 黒田は目を丸くさせた。

「マリアのこと、まだ全部知らないのか?てっきりあの子が名前で呼び捨てていたから全てを知っている相手だと思っていたよ。……マリアはまだ二十歳だよ?二十歳の博士さ」



「二十歳って……まだ大学生だよな……なんで研究所で……?それに博士号ってなんだよ……」

 車を走らせながら、暁人は困惑していた。

「あ、あの……考え事しながら運転するのやめてほしいんですけど……怖くて……」

「大丈夫だって。事故りやしないから」

 助手席には結城を乗せている。

「あの……僕、必要ですか?手続きなら……」

「俺はまだ、警視庁と監察医務院、科捜研、科警研、IHSの連携に詳しくない。だからスムーズに手続きを済ませるためにも、君が必要なんだよ。すぐ覚えるから教えてくれ」

 彼はそう言った。

 それもそのはず。先月、六月の頭に暁人はこの警視庁へと転属した。そして、IHSを知り、連携を図るためにマリアのサポート役に任命されたのだ。

 いつも“事件の証拠”を運搬する際には、必ず結城がいる。覚える必要などなかったのだ。

「まあ、青井さんならすぐ覚えられそうですけど。あ、今ざっくり説明しておきましょうか?運転しながら聞けます?」

 彼はそう言った。頷いた暁人を見て、結城は説明を始める。

「まず、事件や事故が起こります。初動捜査や鑑識で得た現場の遺留品などを科捜研と鑑識に送ります。遺体の調査を行い、不審死遺体だと判明したら監察医務院に送り、IHSに送るかどうかの審議を寺井先生に頼んでいます。この時に、現場の遺留品なども全て送ることになっていて、手続きとしては現在保管されている場所と物の情報、担当者名を専用の用紙に記入し、捺印。そのあと、IHSに搬送してマリア先生の押印をもらって、用紙は警視庁に持って帰る。これが流れです」

 暁人は「意外に簡単なんだな」と飲み込んだようだ。

「よし、着いたから降ろそう……」

 警備員に手伝ってもらいながら、三人の被害者を“マリア研究室”に運び入れた。



「じゃあ、記録係として暁人……手伝ってくれ!」

「え、俺が!?俺、遺体なんて……」

「いいからさっさと手伝えって!まこっちゃん、そこにハンコあるから、押して持って帰って大丈夫だ!」

 マリアにそう言われ、彼は印鑑を探す。あのデスクから印鑑を探すのは相当な労力を要するだろうが……。

「じゃあ、まずこの遺体からいこう。暁人、台の上に乗せてくれるか?」

 彼女は器具類を準備している。自分の使う順に並べているのだろうか。全てがまっすぐに揃えられていた。

 暁人は遺体に対して特別な感情があるわけではない。ただ、昔を思い出してしまって、どうしようもない感情に駆られてしまう。

「じゃあ、始めるぞ?……身長は一七五センチから一八〇センチの間、体重は約七五キロってところか……身体表面の所見行くぞ。首に絞殺痕、痕からすると……ロープのようなもの。あとで絞殺痕に合うロープを探すね。で、左の上腕に手術痕、最近のか。これはあとで調べるとして……そのほかに目立った外傷はない。抵抗した痕もない……おかしいな……吉川線がない……」

 マリアはぶつぶつと独り言のように呟きながら遺体の所見を述べていく。

「先生、何か分かります?」

「とりあえず今は全部を調べさせてくれ……じゃあ、切開していくぞ」

 解剖用のメスを手に、マリアは躊躇いもなく遺体に刃を当てる。

 遺体にはかすかな赤い線が見えるだけで、出血はない。

 彼女の手際は前にも思ったが、無駄がなくきれいだ。暁人は解剖に立ち会って初めて、不快にならずに済んだ。



 それから二時間、マリアは次々に遺体の解剖を終え、やっと三体目も終了した。

 二時間立ちっぱなしだったはずなのに、彼女は疲れている素振りを見せることなく「じゃあ、お疲れ。ここ片づけるから先に出ててよ。あ、ちゃんと手、洗えよ?消毒もな。ガウンと手袋はそこに捨てておいてくれ」と指示を出す。

「先生は疲れてないんですか?」

「いや、特に疲れは感じてないけど?」

 マリアは平気な顔で言う。

「疲れたなら休んでいいよ。あとはまとめるだけだし、手を借りるほどじゃないからさ」

 暁人はそう言われ、「お言葉に甘えて……」とソファーに寝ころんだ。

 腕で目隠しをするように、光をシャットダウンする。

 いつの間にか眠気に襲われていた。

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