第二話 ヴァンパイアの秘密 ①
「第一回捜査会議を始める!」
季節は夏になった。蝉の声がうるさく、暑さも相まって捜査員は険しい顔をしていた。
崎田が声をあげる。
「概要の説明してくれ。青井!」
「あ、はい!今月の初めから今日までで三件、不審死遺体が発見されています。遺体は全て警視庁管内で発見され、現在も科捜研と鑑識、監察医務院で遺体の状態を調べています。遺体は三体とも血液が大量に抜かれていますが、直接の死因は三体ともバラバラで、一体目は絞殺、二体目は撲殺、三体目は失血死と手口には一貫性がありません。また、遺体の身元判明につながるようなものは何もなく、現在まで被害者の氏名、年齢等は分かっていません」
暁人は一礼し座る。
「と言う事件が起きた。しかも本庁管内でだ!いいか?この事件は何が何でも早急に解決するしかない!総員、全力で事件解決に当たってくれ!」
「一ついいでしょうか?短期間での事件解決なら……IHSに依頼しませんか?」
黒田はそう言いながら、会議室内に入ってきた。
全ての刑事がその場に立つ。もちろん、崎田もだった。
「IHSなら、皆さんが言う“六階の主”がいますからね。早く解決できると思いますよ?なんなら、私から依頼してもいいんですが……」
黒田はそう言って崎田を見る。
「あ……いえ、私から依頼しておきます……」
崎田は顔を引きつらせながら言った。
彼は出来るだけ、マリアと関わりたくない。そう思っている人物だ。
「では、よろしくお願いします」
黒田が去った会議室。一気に緊張感が抜けたのか捜査員は脱力していた。
「……てことで、不本意ながら……この事件はIHSに依頼することになった。青井、あとで連れてきてくれ」
「はい……」
暁人もまた、マリアを崎田に会わせるのは不本意だった。
*
「……ということで、マリア先生……来てくれます?」
ガラス扉の奥にいるマリアに向かって話しかける。
「それ、拒否権ある?」
「ない……です……」
「だったら聞かないでよ。あとちょっと待って、今からいいところなんだから」
ガラス扉の奥で、マリアは何やら“実験”していた。
「あの~さっきから気になっていたんですが、その白いのは何です……?」
暁人が声を掛ける。
「これ?人骨~!」
マリアはそう言って人間の骨を手に、まるで見せびらかすように振っていた。
「人骨……ですか」
「そう!これは、右の大腿骨。こっちは左の腓骨!ね?綺麗でしょ?」
骨を見て綺麗と言うのは普通の感情なのか……暁人は頭を掻く。
「その骨をどうしてるんです……?」
「監察医務院に昨日、白骨遺体が届けられたのよ。偶然にも、じいちゃんに会いに行ってた私がもらって帰ってきたってわけ。私ならすぐにこの人が誰か分かるからさ」
じいちゃん……?
「マリア先生、おじいさまがいらっしゃったんですか!」
「え?違うよ~。じいちゃんは、監察医務院の
マリアは台の上に、骨を並べ観察し始める。
「女性か……妊娠経験はない。年齢は十五歳から二十歳……この人はバレエをしてたのね……何度も練習したせいで、疲労骨折が見られる。頑張っていたんだ……。ねえ、暁人ちょっと入ってきて!」
初めてガラス扉の向こうに呼ばれた。
「お……なんか涼しい……」
「そりゃ……ね、検体保管もしてるから室温管理は厳しいよ。それよりもここ、これみて……」
マリアが骨の一部を指さす。
「これ、骨折の痕なのね?で、ここにボルトが入ってる。てことで、まこっちゃんに言って、このボルトの製造番号からこの子の身元を割り出して、家族に返してあげて。きっと待ってるから」
彼女はそう言って、骨を一つ一つ緩衝材に包み、丁寧に箱に入れていく。
その流れを暁人は優し気な目で見ていた。
「先生は……ご遺体に対しての接し方が、何というか……」
「独特?」
「いや、優しいって感じです」
「……この人たちの生い立ちまでは分からない。裕福な家庭で温かく育てられたのか、貧しい家庭で辛い環境で育てられたのかも分からない。だからせめて、亡くなってしまった時だけでも、できる限りのことはしてあげたいし、優しく接してあげたい。それだけよ……」
全ての骨を箱に収めたマリアは、封を閉じ「あともうすぐで帰れるからね」と声を掛けた。
「よし、で……さっきなんて言ったっけ?捜査依頼?もう一回言ってくれない?」
骨には優しいのに、俺には優しくないのか?と暁人は不思議ながらも、もう一度説明した。
*
「へぇ~!じゃあその犯人は吸血鬼かもしれないな!」
「吸血鬼?」
マリアはロリポップを舐めながら、助手席で話し始める。
「民話とか伝承でよく言われるじゃない。吸血鬼、ドラキュラ、ヴァンパイアって。たまにヴァンピールとも言うけど。人の血を吸って生き、血を吸われた人も吸血鬼になる。退治方法は首を切り落としたり、心臓に杭を打ったり、死体を燃やしたり、あと有名なのは銀の弾丸を撃ち込んだりかな」
「何かそれ……当たり前のように死にそうですけど……」
暁人は車を走らせながら、返事する。
「本当に吸血鬼がいるんなら、私も噛んでもらおうかな~」
「吸血鬼になりたいんですか?」
「なりたいって言うか、このまま老化せずに年齢が止まるなら、いいな~って。ずっと研究できるだろ?」
いたずらに微笑む。黒田の言うように、いたずらに微笑むときのマリアは確かに中性的な雰囲気を醸し出し、言葉遣いも変わっていた。
それにしても……、マリア先生はこのまま老化しないように思えるのは俺だけか?暁人がそう思っていると、「お前、今……悪口を浮かべてなかったか?」と彼女に言われ、鼓動が早くなる。
「そんなこと考えてませんから。ほら、着きましたよ」
駐車場に車を停め、暁人は降りていく。
そんな彼の後を追うように、マリアが降りた。
「暁人!お前、これ持って行ってくれよ~!」
彼女はアルミ製のジュラルミンケースを持っていた。
「この荷物何なんですか!?いつの間にこんな荷物を……」
暁人はそう言いながらも荷物を運んでやった。
*
「ゴリラ~!」
「おおっ!マリア!こっちだぞ!」
警視監を“ゴリラ”などと言うあだ名で呼ぶマリアを、捜査員たちは訝しげな目で見つめる。
「崎田、後は頼むよ」
「え、ゴリラはいないの?」
「私が直接事件に関わることはないさ。それはマリアも知ってるだろう?何かあったら来なさい。ご褒美を用意して待ってるから」
彼はそう言うと会議室を出ていく。
「仕方ない……それで……あ、これが事件概要か……確かに吸血鬼みたいだ。これは……犯人は吸血鬼だったりしてな」
マリアは捜査員の前に立ちながら、ホワイトボードを眺めていた。
「先生、ちょっと座った方が……」
「座ると見えないんだもん」
「あとで資料見せますから」
今にも噴火しそうな崎田に気づき、彼女を座らせようと慌てる暁人。そんな彼の気遣いに気づかず、マリアはいまだ座ろうとしない。
「子どもじゃないんですから座ってくれませんか?研究所の先生……」
崎田はそう言う。
「何だよ!研究所の先生って……気持ち悪いな……」
マリアを座らせ、その隣に暁人が座った。
「じゃあ、ようやく席についてもらえたところで……会議、再開するぞ」
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