第一話 見えない炎 ④

「突然来てもらって悪いね」

「誰この女の人?子ども?」

 マリアの前に座る青年、木下大輝はそう言う。

「私はれっきとした大人だよ。童顔なだけ。それより、君のこと教えて?」

「ナンパみたいな取り調べするね!……俺は木下大輝、二十三歳で今、大学に通ってる。本当だったらもう卒業なんだけどさ、色々あって留年して、来年の春に卒業が決まってる。これでい?」

「どこの大学?学部は?」

 矢継ぎ早に質問するマリア。その後ろで暁人は会話を打ち込んでいた。

「江南大学だよ。学部は薬学部。ね?俺かっこいいでしょ?顔とかもいけてると思うんだけど」

 チャラいな……マリアはそれが第一印象だった。

「薬学部の君に、一つ教えてもらいたいことがある。人が突然発火することってある?」

「う~ん……あるんじゃね?例えば、体に油とかアルコールがついてて、それに気づかなくて火元になるものがあれば発火したみたいになる」

 大輝はそう言う。

「なるほどね~。じゃあ、薬品で発火したみたいになるものってある?」

「薬品で?……あ!メチルアルコールとか?でもあれ、かなり危険だよ?」

 マリアは不敵な笑みを浮かべる。

「ありがと。さすが、薬学部。それで……この男性知ってる?」

 彼女はそう言ってバインダーから、炭化した遺体写真を取り出す。

「うおっ!ちょ……待ってこれ……」

 慌てて暁人が、被害者の生前の写真に取り換えた。

「あ、何するんだよ!私は阪本創の写真を……」

「マリア先生、見せるならこれじゃなくてこっちでいいんです。それに……見たところで分からないでしょう。これでは誰か……」

 暁人はマリアの代わりに大輝に尋ねた。

「木下さん、この人知ってますか?」

「いや、知らないけど……?誰このおっさん」

 暁人を見る彼。そんな大輝の様子をしていたマリアは「こいつは知らないな」と一言。

「木下大輝、この男性を知らないんだね?」

 そう聞くと、彼ははっきりと「知らない」と答えた。

「うん。君の脳もそう言ってるみたいだ」

 マリアはそう言い、彼を帰らせた。

「マリア先生、聴取なら俺がしますから……」

「じゃあ、誰が記録すんの?」

「あなたには捜査権限はないって……言われてましたよね?」

「うん。覚えてる」

「なら、なぜ捜査を……」

「だってこれは、捜査じゃなくて聴取だもん」

 彼女は大まじめな顔で答える。



「お仕事中にお呼び立てして申し訳ありません。少しお話を聞かせてもらいたくて……」

「忙しいから早くしてくれ」

 暁人が言うと、男性は不機嫌な声色でそう言う。

「感じ悪いな……」

 マリアがそう呟くと、男性は「ああ?」と怒りをあらわにする。

「あ、お名前と年齢、ご職業を聞かせてもらっても?」

 すかさず暁人は男性に声を掛けた。

「西条隆之、四十六歳、塗装業だけど?」

「ありがとうございます。西条さん、さっそくなんですが……この方に見覚えありませんか?」

 彼はそう言いながら一枚の写真を見せた。

「……知らないな。こんな顔の奴、大勢いるだろ。いちいち覚えてないさ」

「よく見てくれ、この男だ」

 暁人の横に立ち、口を出すマリア。

「何だこのガキ……」

「ガキじゃない!私は大人だって!こう見えてもちゃんと税金納めてるし、お酒だって飲める。吸わないけどたばこだって吸える年齢なんだ!」

 マリアはそう反論するが、西条には興味のない話だったらしく無視されていた。

「とりあえず、この男をじっと見てくれよ」

 彼女が再び言った。

 西条は、写真に写る男をじっと見る。

「……お前、こいつを知ってるだろ」

「知らないって何回言えば気が済むんだ?知ってるって言って、こいつを殺したとでも言わせたいのか?」

 彼はまたケンカ腰になる。

 なるほど……マリアの扱いで一つ分かったことがある。口調のせいか……暁人は頭を抱えた。

「あんた、塗装業だろ?有機溶剤とか簡単に手に入れられるよな?」

「だから何だよ」

「知らないか?人が簡単に燃えるような溶剤を……」

 西条は少しの間の後、「ニトロメタンなら爆弾にも使われるし、簡単に燃えるんじゃないの?燃えやすいし、熱さえ加えれば簡単に発火する物質さ。それがどうかしたのか?」と質問に答えた。

「いや、これなんだけどな」

 マリアはそう言って、再び炭化した遺体写真を目の前に持って行った。

「誰だこいつ……」

 西条はそう言って写真を見る。

「いや、さっきの人間がこうなったらしい。突然な?だから、そう言うのに詳しそうな人間を呼んで、こうなる原因となりそうなものを聞いてるのさ。私らは素人だからね」

 彼女は答える。

「詳しいって言っても、俺はただの塗装業者だからな。その道のプロに聞いた方がいいんじゃないのか」

 西条はそう言う。

「いや、ありがと。何の物質でこうなるか分かれば、あとの捜査は何とかなりそうだから助かったよ」

 彼女がそう言ってほほ笑むと、西条も口元を緩ませ「そうか」と一言吐いた。



「青井暁人、どっちが犯人か分かったか?」

「は?」

「あの二人、どっちが犯人だ?刑事としてどう思う?」

 マリアがそう聞く。

「どっちがと言われても……。ただ、二人とも異なる物質名を出してました。確かにニトロメタンもメチルアルコールも、どちらも発火はしやすいです。それに木下さんも西条さんも、手に入れられますのでなんとも……」

「だよな~……やっぱりそうだよな」

 マリアはそう言うと、ポケットから何やら小さな四角い箱を取り出す。

【“私はれっきとした大人だよ。童顔なだけ。それより、君のこと教えて?ナンパみたいな取り調べするね!……俺は木下大輝、二十三歳で今、大学に通ってる。本当だったらもう卒業なんだけどさ、色々あって留年して、来年の春に”……】

「ま、マリア先生!?まさか録音してたんですか!?勝手に……」

「でもそのおかげで気付くこともある。でしょ?とりあえず、戻っていい?ちょっとやりたいことあるんだけど」

 


「やりたいことって……あの!これ、どちらも危険物ですよ!?使うのは専門家の下で……」

「だから、専門家だから安心してって。男なのに小さいな……」

 マリアは散らかり放題のデスクの上を漁っている。そして、何やらカードのようなものを手に取ると、暁人に投げ渡した。

「“危険物取扱者……甲種……”え、うそ……!?」

 暁人はそれとマリアを交互に見る。

「わかった?私は消防法で定められているもの、ちゃんと扱えるから安心して」

「……信じられないけど、これを見たら信じるしか……」

 暁人はマリアを見つめる。

 なんなんだあの人……一体何がどうなれば、あんな人間が出来上がるんだ……。黒田が言っていたことを思い出す。

 “ギフテッド”それは天からの贈り物……まさか、自分の人生の中で出会うとは……。

「ねえねえ、青井暁人!これ見える!?」

 ガラス扉越しに、マリアは尋ねてくる。

 部屋には太陽光を模した光がつけられ、室内なのにまぶしく感じた。彼女の手には金属製のトレー。それを見せながら、自信満々の笑みを浮かべている。

「先生が持ってるトレーでしょ?見えてますよ!」

「違う違う!トレー以外に見えるかって聞いてんの!」

「トレー以外にって……」

 マリアはにたりと笑い、コピー用紙をトレーの上へと持って行った。

「そんなまさか……」

 彼女が持つコピー用紙は燃え上がり、あっという間に屑となった。

「なんで……何もないのに燃えるなんて……」

「じゃあさ、次はこれ見てよ!」

 彼女はそう言うと、子どものようにいたずらな笑みを浮かべ、黒く塗られた板をトレーに立てかけた。

「え……人魂……」

「そう!これが、人魂と急に燃えた現象の結果ってこと!」

 そう言うと、マリアは右手親指を立て“グッドラック”とでも言いたげに笑う。暁人があっけにとられている間に、彼女は室内の消火を行い、部屋から出てくる。

「ねえ!確認したいからさ、大木ひかりを呼んでよ!」

 彼女に言われながら、暁人は従った。いや、従うべきだと思った。

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