第一話 見えない炎 ①

「あ、あの~」

 騒がしい室内、捜査一課に一人の男性がやってきた。

 長身で体格も良く、顔まで良い。人当たりの良さそうな雰囲気が全身から漂っているのだが、誰一人として気付かなかった。

「あの!本日付でこちらに配属になりました!」

 男性は大きな声をあげる。

「ん?ああ、君が今日からここに……」

「はい!青井暁人と申します!皆さん、お忙しそうですが……」

「事件が重なって、人手が足りてないんだ。あ、君は取り調べの経験はあるか?」

「一応は……」

「なら、手伝ってくれ!あ、私は崎田だ」

 崎田はそう言って胸ポケットから身分証を取り出す。

「崎田修二……警視でしたか!」

「警視って言っても名前ばかりだよ。階級は気にしなくていい。警視庁に転属になってついでに昇進しただけさ」

 彼はそう言うと、暁人の肩に手を置いた。

「さ、話してる時間がないから早速行こうか」

 崎田は小走りで走っていく。その後を慌てて暁人が追う。



「お待たせしてしまい申し訳ない。それで……君は何を見たって言ったかな……?」

 崎田の前に座る小柄な女性、大木おおきひかりが口を開いた。

「一瞬、人魂が見えて、そのあと目の前で男の人が燃え上がったんです……」

「その時、その男の人の周りに人は?」

「いませんでした……歩いてる人はいるけど、火をつけたりするような人はいなかったです……」

 崎田は胸の前で腕を組む。

「う~ん……人魂……か……何かと見間違ったとかは?」

「見間違うも何も、昼間ですよ!?それにあれは一回見たら忘れません!」

 ひかりはそう言う。

「事故を目撃した人はいないかって聞かれたからここに来たのに……」

「あ、いや、申し訳ない。疑ってるとかではないんだが……人魂っていうのがね……」

「そう見えたんです!それにゆらゆら動いていたし……そのあと急に燃えるんだから、あの人魂が火をつけたとしか思えないんです!」

 彼女の様子から嘘を言っているように見えなかった。

「分かりました。では、周辺を調査してみます。また何かあったらご連絡したいのですが、連絡先を教えてもらうことは可能ですか?」

 崎田は彼女から連絡先を尋ねた後、ひかりを帰した。



「どう思う?」

「大木さんは嘘をついているようには見えません。どちらかというと、それを目撃してしまったことによる驚きや怖いといった感情が強いと見受けられました」

「じゃあ、人魂はどう思う?」

「俺は……科学を学んできた人間なので、人魂などと言ったものは信じられないというか……」

 暁人は申し訳なさそうにいうが、「同感だ。人魂なんてある訳がない」と崎田も同意した。

「……あるよ?人魂」

 突然、後ろから声を掛けられ二人は同時に振り返る。

 そこには高校生くらいの女子が立っていた。

「あの……ここは捜査一課ですよ?」

「知ってるよ」

「少年課だったら……」

「誰が子どもだって?」

 暁人は目の前に立つ少女を指さそうとするが、「彼女はこう見えて大人なんだよ」と崎田が説明する。

「え……大人……?」

「私の見た目で子どもだと判断したの?なんで日本人ってこう、見た目で判断するの?まあ、いいや。日本に来て慣れたしね。それより、人魂の話が聞こえたけど……もしかして私の大好物の話?」

「マリアちゃん……一応君だって研究者なんだからさ……」

 崎田がそう言うが、マリアは聞かず「人魂なら目撃例は世界中にあるよ」と話し始める。

「人魂って言うのは、文字通り人の魂を表していて、火の玉ともいうんだ。万葉集にも載ってるくらいだから、かなり昔から見られていたんだよ。ちなみにこの万葉集、第十六巻に載ってるんだけどね、“人魂のさ青なる君がただひとり逢へりし雨夜の葉”……」

「ま、マリアちゃん……今回は依頼するほどのことでもないからこれは忘れてくれ。それより、今日はどうかしたのかい?」

「あ、そうだった。なりちゃんに呼ばれてた!」

 マリアはそう叫ぶと大慌てで部屋を出ていく。

「嵐というか、ゲリラ豪雨みたいな人ですね……」

「はは……彼女は変わっててね。それよりも、人魂なんて考えられないから、きっと何かある。てことで……現場周辺の聞き込みと監視カメラの映像を確認することを第一に、先に二人で捜査しようか」

 崎田は暁人に説明する。



「警察の者ですが……今朝十時頃、ここで事故があったのご存じですか?」

 暁人は身分証を見せながら聞き込みをしていた。

「事故?あ、もしかして人が燃えたやつ!?あれって本当なんですか?」

「人が急に燃えたんでしょ?」

 大学生だろうか。二人の女性が交互に質問する。

「ええ、その事故です。ご存じなら話を……」

「いや、見たんじゃなくてSNSにあがってるんですよ!」

 「ほら!」と一人がスマホを見せてきた。確かに男性が燃え上がる様子がしっかり記録されている。

「最近は誰かがアップしてるから、自分たちがそこにいなくても分かるんですよ。警察もSNSを使えばいいのに~便利だよ?」

 聞き込みにならない……と暁人は早々に切り上げた。

 ちょうど崎田も話を聞き終えたのか、彼と合流しようと信号を渡ってくるのが見える。

「崎田さん、そっち何か手掛かりありました?」

「いや、通勤や通学の時間帯なら何か分かったかもしれないが、何せこの時間は一度、人通りが減るからね。そっちは?」

「俺もです。ただ、大学生が見せてくれたんですけど……あ、これです。こうやって発火の様子がSNSに上がってるんですよ」

 暁人は調べて見つけた先ほどの動画を崎田に見せる。

「確かにこれは……突然燃え上がったように見えるな……だとしても、人魂は見えないが……これを解析してもらおうか。で……この一帯の監視カメラの映像を確認しよう」

 二人は聞き込みを終え、本庁へと戻った。

 科捜研に映像を持っていき、男性の発火が写る映像を解析してもらう。ついでに借りてきた映像を崎田と暁人は、目を凝らして確認する。

「燃えているのはこの男性ですね……身元は?」

 科捜研の結城真ゆうきまことは「まだ判明してません……あの、IHSに送っても?」と尋ねる。

「IHS?それは何です?」

 暁人が聞き返すと、「人間科学研究所ってところだ。天才がいる研究所で、うちと連携してる。証拠品だけを持っていったらまた、遺体も持って来いって怒られるぞ?」と崎田が返事した。

「ええ、なので証拠品とご遺体を……」

「まあ……いいか。よし、証拠品と遺体、この事故に関係するもの全て主に送っておけ」

 崎田はため息交じりに答えるが、結城はどこか嬉しそうだった。

「結城さん、そのIHSって何をしているところなんです?主というのは……」

「え、ご存じないんですか!?」

 彼がそう言うと、「今日配属されたばかりで。今までは地方だったものですから」と暁人が答える。

「なるほど。あ、IHSと言うのは“Institute of Human Sciences”つまり、人間科学研究所の頭文字を取ったものです。ここでは警察に関する様々な研究や開発を行っていて、科捜研や科警研とは少し異なる独立した研究施設なんです。普段は警察の捜査に手を貸したりすることはありません。ですが、そこの六階に天才が住んでいて……で、この人が六階の主なんですけど。この主が関わると事件や事故はあっという間に解決しちゃうんです。本当に天才で……惚れ惚れするくらいです!あ、逸れちゃった……。この六階にある法学研究部門はほかの研究部門とは完全独立していて、外とは直通のエレベーターで直接繋がっているんですよ。警察が事件性なしと判断したご遺体や、判別できないご遺体など、いわゆる不審死遺体が発見されると、ここに運ぶことになっています。本来は監察医務院なんですけど……まあ、縦社会あるあるの上の……」

 彼はそう言って右手人差し指を立てた。

「なるほど……良く分かりました。ご丁寧にどうも……ちなみに、その天才って……」

「あ、この天才の六階の主は夢野真璃亜先生です!」

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