めぐるめぐる、夢巡り。

浅川瀬流

めぐるめぐる、夢巡り。

 また今日も夢を見る。


 今日はクラスメイトの真里まりちゃんとスイーツバイキングに行く夢だ。黒のスキニーパンツにだぼっとしたTシャツ、キャップをかぶった真里ちゃん。普段の制服姿とは印象が変わって、すごくかっこいいし可愛かった。

 中三で初めて同じクラスになったけどあまり話したことがなかったから、この機会に仲良くなりたいな。


 真っ白な生クリームにつやつやとしたイチゴ、濃厚のうこうなチョコレートケーキ、プルプルのプリン、ジェラートやアイスクリーム。たくさんのスイーツがずらりと並んでいる。

 わたしたちはスイーツをお腹いっぱい頬張ほおばった。


 *


 ――ピピピピッという目覚まし時計の音で目が覚める。窓を開けると、やわらかい風が部屋の中に入ってきて心地よかった。

 うん、今日もいい日になりそうだ。


 学校へ向かう途中、早速真里ちゃんの後ろ姿を見つけ、テンションが上がった。隣にはクラスメイトの香菜かなちゃんもいる。わたしは小走りで追いかけ、声をかけた。

「二人ともおはよう! 真里ちゃん、昨日はありがとう。すっごく楽しかった!」


「え、二人でどこか出かけたの?」

 先に反応したのは香菜ちゃんだ。いいなぁ、とうらやましそうに真里ちゃんを見る。だけどとうの本人は眉間みけんにしわを寄せて、まるで不審者でも見たかのような顔をしていた。

「……何の話? 一緒に遊んだ記憶全くないし。それに……そもそも私たち、話すの二回目くらいだと思うんだけど?」


「あ……」

 わたしは口をあけたまま固まった。

 またやってしまった。夢で会った人に声をかけるのは、幼いころからのわたしの悪いくせだ。

「ごめん! 夢に真里ちゃんが出てきて一緒にスイーツバイキングに行ってたんだよね。それで嬉しくて声かけちゃった!」

 わたしは頬をかきながら慌てて訂正ていせいした。


「夢でも楽しそ〜!」

 そんなわたしの不安を吹き飛ばすように、香菜ちゃんは声をはずませ、瞳をキラキラとさせた。それまでずっと目を細めていた真里ちゃんは、香菜ちゃんのマイペースな発言にプッと吹き出す。

「はははっ、相変わらず香菜はのんきだなぁ」

 そう言ってカラカラと笑いながらわたしの方を向いた。さっきまでの険しい表情がなくなって、夢の中で見た真里ちゃんと同じ、やさしい笑顔になった。

「まあいいや。これからよろしくね、河野こうのさん」


 このことがきっかけで、わたしは二人と一緒に行動することが増えた。二人はわたしの夢の話をいつも楽しそうに聞いてくれる。

 実際に三人でスイーツバイキングにも行ったけど、現実は夢より何倍も何倍も楽しかった。


 そんなある日の昼休み。三人で机をくっつけてお弁当を食べていると、真里ちゃんはこんなことを口にした。

「昨日は私、香菜と一緒に瑞希みずきの家に遊びに行く夢見たよ。私普段はあんまり夢覚えてないんだけど、昨日のはなぜかめっちゃ覚えてるさ」


「え! 真里も? うちも同じ夢見たよ〜」

 ミートボールをもぐもぐと食べていた香菜ちゃんは、口元を手で隠しながら身を乗り出した。

「こんな偶然ぐうぜんあるんだね」

 もちろんわたしも昨日の夢を覚えている。真里ちゃんと香菜ちゃんが家に遊びに来て、一緒に宿題をやったりゲームをしたりしたんだ。


 だけど何度も何度もそういうことが起こった。真里ちゃんと香菜ちゃんがわたしと全く同じ夢を見ている。わたしは不思議に思ってお母さんに相談した。脳の検査にも連れて行ってもらったけど、なんの異常も見つからなかった。


 やっぱり偶然なんだろうか?


 わたしは小さいころから毎日のように夢を見る子だった。毎晩見るだけじゃなく、目が覚めてもその内容をしっかり覚えている。夢に出てきた友だちの顔も、花や空や建物の色も、鳥の鳴き声や車の音も。ふかふかなクッションのさわり心地だって、ばっちり記憶しているのだ。

 わたしにとっては現実も夢もほとんど差がない。だから現実と夢の区別がつかなくなって、夢で会った人に声をかけてしまうことがよくある。


 小学生のころは「変なの」とか「気持ち悪い」とか、からかわれることが多かった。だけど中学生になると、みんな非現実的なことに興味があるのか、前のめりに夢の話を聞いてくれるようになった。


 結局、複数人で同じ夢を見る仕組みはわからないままだけど、これといって何か悪いことが起こっているわけでもない。わたしたちはいつも通りに過ごしていた。


「ねえねえ、最近佐々木ささきのやつ、瑞希のことばっか見てるよ。好きなんじゃない?」

 真里ちゃんはニヤニヤしながら、急にそんなことを言い出す。

「わかる〜!」

 香菜ちゃんもすぐさま同意し、頬に両手を当て、うっとりとわたしを見てきた。


「ええー、そんなに話したことないよ。気のせいじゃない?」

 そう言ったものの、二人はなんだか勝手に盛り上がっている。わたしと佐々木くんはクラスメイトという接点以外なにもない。小学校も違うし、クラスだって今年初めて同じになったし、気にしたこともなかった。

 佐々木くんは教室の真ん中でわいわいしている男子グループではなく、端の方でしゃべっているようなタイプだ。


 ちらっと佐々木くんの方を見ると、ばっちり目が合ってしまった。

 え、ほんとに好かれてる?

 わたしが数回瞬きをすると、彼はふいと顔をそらした。好かれているのではなく、これはもしや嫌われているのでは……?


 その日の夜も、わたしはいつものように夢を見ていた。たくさんの子どもたちであふれた公園のブランコに座り、のんびりいでいると、隣のブランコにどさっと人が座った。

「さ、佐々木くん!?」

 思わぬ人物に大きな声を出してしまった。好かれていようが嫌われていようが、二人が学校であんなことを言うから、変に意識してしまうではないか。


「あんまり人の夢に干渉かんしょうするなよ」

 落ち着かない様子でいたのもつかの間、佐々木くんはあいさつもなしに低い声でそう告げる。そのとがった言葉にわたしはムッとし、目を細めた。

「干渉? 何のこと? そんなことしてないよ」

 

 佐々木くんも同じように目を細めてわたしを見る。お互い引くことなくにらみ合うこと数秒、彼の方が先に折れ、息を吐き出した。

「やってんだよ、実際」

 そうつぶやき、面倒くさそうな顔をしながらブランコをゆっくり漕ぎ始める。そしてさっきのとがった声色こわいろとは変わり、小さい子に語りかけるようにおもむろに口を開いた。

「河野はさ、夢の中で駅にいることないか? そんでそこに改札があるの見たことない?」


 わたしは目をつぶってベッドに入ってからのことを思い浮かべてみた。夢が始まると、たしかにいつも駅にいる。わたしの周りを取り囲むように、たくさんの改札があるのだ。


 わたしは目を開け、人差し指を立てて言った。

「最初は改札の前にいて、そこから好きな改札を通るんでしょ。そうすると、本格的な夢が始まる」

「まあ、そうなんだけど。駅にいる人間は、みんな誰かの夢を行き来できる人たちなんだよ。そういう人たちを管理人は夢浪者むろうしゃと呼んでた」

 佐々木くんが話し出すと、一瞬強い風が吹いた。わたしはまたぎゅっと目をつぶり、髪の毛を耳にかける。


 むろうしゃ。


 聞いたことのないワードがやまびこのように頭の中で反響している。

「むろうしゃ? どういうこと?」

「夢浪者はこの人の夢に入りたいと望めば、誰の夢の中にでも自由に入れるんだ。改札は誰かの夢につながってるってこと」

 ブランコからヨッと降り立った佐々木くんはくるりと向きを変え、ブランコの周りにある鉄のさくに寄りかかった。


「じゃあ、わたしは無意識に真里ちゃんや香菜ちゃんの夢に入り込んでるってこと?」

「そうだ。夢浪者は自分の意思で自由に夢を動かすことができる。超人気俳優になって映画に出たり、好きな人と夢の中で恋人同士になったりした人もいた。現実で不可能なことを夢の中で体験することはいいことかもしれない。だけど、同じ人の夢にばかり入って干渉するのはよくない」


 佐々木くんの言葉を頭の中でリピートする。現実世界だけじゃなく、夢の中でも友だちとおしゃべりしたり遊んだりできるなんて、めっちゃいいことではないか。なんでダメなんだろう。

 佐々木くんはため息をひとつくと、わたしの心の声が聞こえたかのように続けた。


「夢は危険を知らせる役割を持っているともされてて、その人自身が無意識のうちに危険を察知さっちし、それが夢に現れるんだ。夢浪者が自分の欲のために同じ人の夢にばかり入ると、それが機能せずにバグが発生する。本来相手が見るべき夢を妨害ぼうがいしていることになってしまう」


 自分の欲のため、わたしはその言葉を聞き、何も返すことができなかった。わたしは夢の話題がないと誰かと話ができない。

 お父さんと二人暮らしのわたしの家にはテレビがない。パソコンはあるけどお父さんが仕事で使っているから気軽に使えないし、携帯も高校からと約束している。


 夢が、夢だけが、わたしにとっては誰かとつながることができるツールなのだ。

 わたしはブランコのくさりを強くにぎりしめた。


「まあ……そういうことだから、ほどほどにしておけよ」

 佐々木くんは最後、気遣わしげにそう言っていた。


 その日以降わたしは夢を見れなくなってしまった。正確には、誰かの夢に入ることをやめた。改札を通らず、目が覚めるのをひたすら待つ。


 わたしがあんまり話をしなくなると、真里ちゃんも香菜ちゃんも「つまんない」と離れていった。いじめとかはされていないけど、教室で一人で過ごす時間が増えた。今までどんな風に友だちと話していたのか、わからなくなる。


 佐々木くんともそれから何度か夢の駅で会うことはあったけど、言葉をわすことはなく一カ月がった日、わたしがいつものように改札を通らずにいると、彼はあきれた顔で声をかけてきた。


「同じ人に干渉しない方がいいとは言ったけどさ、別に夢に入っちゃいけないわけじゃないんだから、もっと色々旅しろよ」

「そんなこと言われても困るよ。だって自分の欲のために入るのはよくないんでしょ?」

 佐々木くんは肩をすくめ、投げやりな態度で手をふった。

「わかった。じゃあちょっとリサーチしてくる」

 そう言ってその場を去っていく。わたしが「リサーチってなに?」と聞こうと思ったときには、佐々木くんは改札を通ってしまい、やがて姿が見えなくなった。


 *


 ――暇だ。一人でいるとどうしてもやることがない。

 そういえば佐々木くんはよく教室で本を読んでいる。先生たちもみんな「読書はいいぞ」としつこいくらい言っているけど、本ってそんなに面白いものなのだろうか。

 まあでも、教室にいても暇だし、図書室行ってみようかな。


 普段読書をしないから図書室には授業でしか行ったことがない。入り口の引き戸を開けると、意外と大きな音が出てしまい、室内にいる生徒たちの視線が一斉にわたしに集まった。


「……すみません」

 小さい声で謝りながら、今度は丁重に扉を閉める。室内には思った以上に人がいて、本を読んでいる人もいれば勉強している人もいた。室内をキョロキョロしていると、窓際の席に座っている人と目が合った。

 同じクラスの横田よこださんだ。なんとなく会釈えしゃくしたけど、勢いよく目をそらされてしまった。


 横田さんはいつも教室で本を読んでいる。授業と授業の間の十分の休み時間も欠かさずに。友だちと話している姿はあまり見たことがないかもしれない。


 図書室の中を一通りぶらぶら歩いてみたけど、どれが面白いのかわからない。本棚の前で「うーん」と腕を組んで悩んでいると、肩をやさしくポンと叩かれた。

「なにか探している本がある?」

 わたしの顔をのぞき込みながら、図書室の先生は微笑んだ。


「あ、いえ、なにを読めばいいんだろうって」

 声のボリュームに気をつけながら返すと、先生は首を傾げた。

「本はあんまり読まない?」

「はい……すみません」


 図書室は本を借りる場所だ。そんなところにわたしみたいな本を読まない人がいてはダメだろう。そのまま立ち去ろうとするわたしを、先生は引きとめた。

「ううん、謝らないで。これから好きになってもらえたら嬉しいから。ついてきて」

 先生はおだやかに笑いながら、貸し出しカウンターの方を指さした。先生についていくと、カウンターのそばに生徒おすすめ本コーナーと書かれたポップがあった。


「ここのコーナーは図書委員の子たちの好きな本を集めてあるの。ゆっくり見てみてね」

 机には二十四冊の本が並べられている。パッと見た感じ小説が多いけど、中には絵本や図鑑、写真集なんかもあった。本の横には小さな正方形の紙がかざられていて、その本のおすすめ理由や感想、推薦者の名前が書かれていた。

 一冊一冊見ていくと、推薦者のところに横田さんの名前を見つけ、思わずさっき彼女が座っていた方を振り返る。


 そっか。横田さん、図書委員なんだ。クラス替えをしてすぐに委員会を決めたけど、誰がどの委員会に入っているのか全員分把握しているわけではない。


 横田さんはハードカバーの分厚そうな本を集中して読んでいるようだった。

 あれを読み切るのにどのくらいかかるんだろう。そんなことを考えながら、横田さん推薦の本を手に取った。映画化もされている海外小説で、こちらも負けずおとらずの分厚さだ。ほうきに乗って空を飛んでいる少年少女の後ろ姿がえがかれた表紙を、わたしは意味もなく手でなぞった。


 よし、これにしよう。

 わたしは利用者カードに日付とタイトルを書き、本の一番後ろのページにはさまっているブックカードを取り出した。こっちには日付と学年、名前を書く。


 二つのカードを貸し出しカウンターに持っていくと、先生が目を細めて笑った。先生はカードをやさしい手つきで受け取り、ノートになにやら書きこんでいく。

「はい、これで手続きは完了です。楽しい読書時間になるといいね」

 わたしは力強くうなずき、図書室をあとにした。


 少年少女がほうきに乗って世界を旅する物語。旅先でさまざまな人と交流し、その国の文化や暮らしを知っていく。

 久しぶりの読書でちょっと緊張していたけど、読み始めたらページをめくる手がとまらなかった。すっごく面白い。イラストがあるわけじゃないのに、街並みや服装が自然と頭に浮かんでくる。


 本って、こんなに楽しいんだ。


 わたしは家でも教室でも、暇さえあれば読書をするようになった。夢の駅で本を読むことはできないから相変わらず退屈だけど、読んでいる本の続きを想像して楽しんでいる。


「なにニヤニヤしてんだよ」

 そんなに顔に出ていたのか、改札前で一人体育座りをしていると、急に佐々木くんが話しかけてきた。

「うげ、」

 わたしは思わず変な声を出してしまう。佐々木くんとは中途半端な感じの会話で終わっているから、ちょっと気まずい。


「うげ、ってなんだよ。不味まずいものでも食ったみたいな顔してんぞ」

「だって、普通に気まずいでしょ」

 わたしが正直にそう言うと、佐々木くんは「なんの話だ?」という風に片眉をあげたが、思い出したのか一瞬目を見開いた。

「あー、まだちょっと調査してるから待っててくれ」

 佐々木くんは頭をガシガシとかきながら、わたしの横に座る。


「なんの調査?」と聞いてみるが、「それはまた今度」とはぐらかされてしまった。

「てか、河野は最近どうだ? 教室でよく本読んでるよな?」

「うん、暇だからね。ほんとは誰かと感想とか言い合いたいんだけど」

 どのキャラクターが好きとか、どのシーンが好きとか。きっと人の数だけ物語の解釈がある。自分では気づかない魅力に気づく人がいるかもしれない。


 佐々木くんはあごに手を当て、数秒だまった。美術の教科書に載っていた『考える人』のポーズみたいだ。たしかなんとかロダンの作品。

「女子の図書委員って……横田、だったよな? 話しかけてみりゃいいじゃん」

「無理無理、どうやって話しかけるのかわかんない」

「この本わたしも好きなんだよね! とかで大丈夫だろ」

 佐々木くんは誰の真似だか知らないけど、声色を高くしてそう言った。


 ――目が覚め、ベッドに寝転がったまま、佐々木くんが言っていたセリフを声に出してみる。

「この本、わたしも好きなんだよね!」

 何度か練習したけど、結局横田さんに話しかけることはできなかった。


 話しかけるタイミングがわからない。今までどうやって話しかけてたっけ?


 夢の駅でも一人で練習してみた。うーん、人と話すのに今まで練習なんてしたことなかったし、そもそも練習してる人なんているんだろうか。

 腕を組みながらそんなことを考えていると、突然声をかけられた。

「君、管理人さんの友だちー? 改札通らずに二人で話してたっしょ」


 顔を上げると、スーツ姿の男性が立っていた。誰だろう、という疑問ももちろんわいたけど、それよりもわたしは管理人という言葉が気になった。

「あ、あの、管理人というのは?」

 たしか前に佐々木くんも、管理人がどうとか言っていたような気がする。すると男性はきょとんとした表情をしたあと、簡単な説明をしてくれた。


「管理人は管理人。この夢の世界を管理してる人。アドバイザーみたいなものかな? もとは彼のお兄さんが管理人だったんだけどね。今度彼に聞いてみるといいよ。あ、じゃオレはもう行くわ、またねー」

 男性は颯爽さっそうと改札を通っていった。彼、というのは佐々木くんのことだろうか。

 佐々木くんが、管理人?

 わたしは佐々木くんが夢の駅に来るのを待ってみた。


 しばらくすると、なにやらブツブツとつぶやきながら歩いている佐々木くんを見つけた。

「佐々木くん!」

 呼びかけて大きく手を振り、わたしは立ち上がった。わたしに気づいた佐々木くんは軽く手を挙げる。

「横田と話せたか?」

「うっ、ま、まだです……」

「さっさと話しかけりゃいいのに」

 佐々木くんは腰に手を当てて、はぁと息を吐き出した。


 わたしは話題を変える。

「あのさ、さっきスーツの男の人に会ったんだけど」

 前置きをすると、佐々木くんは思い当たる人がいたようで、「加藤かとうさん、かな」と改札の方に視線を向けた。

「名前は聞いてないよ。えっと、なんかチャラそうな人だったかな」

「じゃあ加藤さんか。で、その加藤さんがどうかしたのか?」

「管理人がどうとか話してたから……佐々木くんが管理人なの?」


 ああ、と言って佐々木くんは懐かしむように上を向いた。佐々木くんがゆっくりとその場に座ったので、わたしもそれにならう。なんとなく大事な話のような気がして、背筋を伸ばし、正座をした。

「前に、夢浪者の話をしたの、覚えてるか?」

 わたしは黙ってうなずく。


「夢を彷徨さまようから夢浪者と、俺の兄貴が名付けた。兄貴はもともと体が弱くて病院生活が長かったんだ。で、よく夢を見る人だった。夢の中なら思う存分運動できるし友だちとも遊べるから、最高の空間だって楽しそうにしてたんだ」


 佐々木くんは一旦いったん言葉を切って、周りを見渡す。わたしも彼の視線をたどった。

 たくさんの改札。たくさんの人。佐々木くんはわたしをチラッと見ると、話を再開した。


「兄貴は夢の駅にいる人たちと話をするうちに、悩みや不安を持っている人がここに集まってきていることに気づいたんだ。それから、そういう人たちは決まって誰かの夢を行き来できることもわかった。兄貴は一人ひとりちゃんと話を聞いて、出来る限り色んな人の夢に入ることを提案したんだ。そしたら、いつのまにか周りの人から管理人と呼ばれてた」

 お兄さんについて語る佐々木くんはどこかほこらしげだ。佐々木くんは、質問はあるか、というようにわたしを見る。


「なんでお兄さんは、色んな人の夢に入ることを提案したの?」

「自分とは違う環境で育った人や年齢が離れた人と交流する機会はそうそうないから、夢の中でそういうことを経験させるんだってさ。そうすることで、新しい自分の可能性に気づいたり価値観が変わったりする」

 ゆっくり、丁寧に語る。だからあのとき佐々木くんは、同じ人の夢に干渉するな、って言ってたんだ。


「でもさ、悩みとか不安って目に見えるものじゃないよね? みんな少なからず悩みを持ってると思うんだけど」

 わたしが疑問を口にすると、佐々木くんは苦笑し、顔を前に向けた。

「まあな。たぶんみんな夢の駅に来たことがあるんだと思う。覚えてないだけで。兄貴が言うには、一度悩みや不安が解消された夢浪者は夢の駅に現れなくなるんだ。俺の兄貴がまさにそうで、手術して体が元気になったら、兄貴は夢の駅に行けなくなった」

「だから今は佐々木くんが管理人をしてるの?」

「そういうこと」

 そう言って佐々木くんはちょっと困った顔をした。


「夢はその人自身のものだ。楽しかった思い出をもう一回経験したり会いたい人に会ったり、前も言ったように危険を知らせたりしてくれる。だから、他の人が何度も介入するのはよくない。なるべく早くここから卒業してもらうために、リサーチしたり愚痴を聞いたり、助言するのが俺の仕事」

 佐々木くんは勢いよく立ち上がって、両腕を上に伸ばした。


「よし、行くか」

「え、行くってどこに?」

 座ったままのわたしの腕を引き、わたしを立たせると、佐々木くんは口角を上げた。

「行き先なんて決まってんじゃん、他人の夢だよ。ちゃんとリサーチしたからさ」


 わたしはその日、佐々木くんに連れられて色々な人の夢に入り込んだ。中でもそのほとんどが外国人で、ペラペラと英語を話す佐々木くんに圧倒された。

「ねえ、どうして外人さんの夢ばかりなの?」と聞いてみたら、「日本人はシャイだから参考にならないと思って」と、彼はいたずらっぽく笑う。

「なにそれ」

 わたしは思わず吹き出した。


 久しぶりにこんなに笑ったな。


「コミュニケーションのコツは当たってくだけろ、だってさ」

 だいぶ夢をめぐったあと、前を歩いていた佐々木くんはわたしに向き直る。わたしが笑顔でうなずくと、彼はふっと笑い、わたしの横に並んだ。

「河野なら大丈夫だ」

 バシンッと背中を思いっきり叩かれ、前によろめいた。


 *


 ――ピピピピッ、目覚まし時計の音がわたしを夢から現実に引き戻す。目が、覚めた。

 なんだか背中が痛い気がする。背中を押すとは言うが、物理的に押すやつがいたとは。


 わたしは横田さんの推薦本をカバンに入れ、家を出た。図書室で借りて読んでからすっかりハマり、自分で購入したのだ。


 朝の教室は今日もいつも通りガヤガヤしている。真里ちゃんと香菜ちゃんに「おはよう」と声をかけるも、「おはよ」とあいさつが返ってきただけでそれ以上の会話はしなかった。


 一番後ろの席に座る佐々木くんとも一瞬目が合ったけど、彼もなにくわぬ顔で友だちとの会話に戻った。

 わたしは自分の席にカバンを置き、本を持って図書室へ向かう。静かに図書室の引き戸を開けると、いつもと同じ席に横田さんが座っていた。


「よし!」

 心の中でわたしは大きな声を出す。いつもより大きな歩幅で踏み出した。

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めぐるめぐる、夢巡り。 浅川瀬流 @seru514

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