第3話 ベック・ロベの財宝

 13、4の美少女が、男たちに囲まれ襲われていた。

 少女を、救うべきではない。

 今まで多くの友好的な魔物を、人間にとって不利益だからという理由で殺してきた。それはすべて人間至上主義の名目の元、邪神ヤヤに魂を差し出してきたのだ。

 それを、見た目が愛らしい少女だからという理由だけで助けるのか?

「これは、仕事だ」

 言い訳はある。

 彼女は人間にとって有益だ。

「だが、魔物は殺す。それが信条だっ」

 ぴいぃぃいっぃ!!!!

 少女の、鳥の足を掴んで地面に激しく叩きつけた。

 無数の剣が少女に突き刺さんと取り囲み・・・

「そこまでよッ!!!!」

 無意識に叫んでいた。


 海からの強風が叩きつけられ、草は苦しげに倒れていた。

「わたしは帝都の“組木屋”亭のミアよ! そのハーピィを殺す事は禁ずるわ!!!」

 今まさに殺されそうになっていたのは、ハーピィという名の魔物だ。

 腕と足は鳥、体と頭は人間の魔獣ハーピィ。海辺に巣をつくり、男が生まれない彼女たちは船で働く男たちを誘拐、子供を作った後食い殺す。知性は低く普通の鳥の方が賢いと言われるぐらいだ。容姿は醜いとも美しいとも言われているが、少なくとも今襲われているハーピィは可愛らしい。

 ミアの心を乱したのは、その少女は人間のように服を着ていたのだ。

 野蛮ながら知性のあるゴブリン、オークやオーガなどは人間の真似をして腰蓑を付けることもあるが、だいたいは裸であることが多い。魔獣ともなれば基本裸だ。

 鳥や豚、牛や羊などが服を着ていたら戸惑うものだ。

「イマッサの貿易商からの仕事を請け負っているわ! ハーピィを殺す事は禁ずる!」

 男たちは剣を止め、こちらを睨みつけてくる。

 ならず者であることは間違いないが、服装からして冒険者だろう。

 数は5人。全員チェインメイルに、剣は鋼の剣のようだ。魔術師に僧侶はいない。そうした者たちはエリートなので、いないパーティーは少なくない。

 ミアは、心の中で厄介な相手だと思った。武器や鎧の手入れの仕方、戦いの激情の中手を止めることができる理性的な面は、実力者という事だ。

「“独りのミア”か?」

 リーダー格と思われる男の言葉に、思わず顔をしかめる。

「その二つ名、あまり褒めてないわよね」

 いかつい男が笑みを浮かべる。

 二つ名がつくのは名誉なことだ。だが、なんでこんな、いかにも行き遅れですと言うような肩書がついてしまったのか・・・

「俺たちは“緑の小枝”亭のロックスだ」

「“緑の小枝”亭? 帝都の酒場じゃない」

 帝都にある小さな冒険者酒場だ。言葉は悪いが、特徴が無いのが特徴だ。格式の高い“光のツバメ”亭やガラの悪い“吊るされた藁人形”亭、歴史のある“組木屋”亭に比べるとぱっとしない。だがしがらみを嫌う冒険者はこういう酒場を選ぶ。そして、案外と腕が立つ者が多いのだ。

「これは俺たちの仕事だ。口を出さんで貰いたい」

「わたしも仕事中よ」

「嘘をつけ! こいつは“ベック・ロベの財宝”が狙いだ!!」

 パーティーの中の一人の男が声を上げた。周りの連中が顔を青くしながらその男の口を塞ぐが、もう遅い。

「宝さがしに口出すつもりはないわ。だけどハーピィ殺しは関係ないわ」

「・・・それは、なんとも言えん」

 ロックスは苦虫を噛みしめたような顔をしていた。

「わたしは財宝探しより内政向きの冒険者よ。それで信用してもらえないかしら?」

「俺たちはこいつらの巣を探している」

「わたしもよ」

「こいつを見つけたのは俺たちが先だ」

「殺そうとしているみたいだけど?」

「だから何だ?」

 平行線だ。

 彼らにとって、ハーピィを殺す事が財宝を得る事に繋がるらしい。

 だが、こちらとしてはハーピィを殺されては困る。信条には反するが、もうやっちまったもんはしょうがない。

「クソ! ハーピィだ! ハーピィの群れだ!」

 風に乗り、数十、数百のハーピィがあっという間に空を取り囲んだ。


 通常ハーピィの群れはせいぜい数十程度で、100は絶対に行かない。だが取り囲むハーピィの数は百以上いる。

 そして服、もしくは鉄の鎧を着ていた。

 彼らが動揺して上を見上げた途端、取り押さえられていた少女ハーピィは手から逃れこちらに、まさしく飛んできた。

 少女は腕の代わりにある羽でミアに抱き着くと、そのまま後ろに隠れてしまった。色が白く、整った顔をしている。健康状態もいいのだろう肌のツヤもいい。くぅ、これが若さか! そんな血色の良さだ。

「議論は後だ! 追撃するぞ!」

 ミアは、ロックスたちに剣を向けた。

「わたしはハーピィの味方をするわよ」

「正気か?」

 我ながら正気を疑ってしまいそうだ。

「ハーピィとの交渉はわたしの仕事と言ったはずよ」

「・・・」

 本気が伝わったのだろう、ロックスが仲間たちに首を振ると仲間たちも頷き、足早に立ち去って行った。

「まったく、わたしも逃げ出したい」

 愚痴りながらも、その場に立ち止まった。

 少女のハーピィは救われたのに、こちらの背から逃げ出そうとしない。もしかして変な面倒ごとじゃないでしょうね!

「くっ」

 ハーピィたちのほんの一部が襲ってきた。

 足に武器は持てないらしく、足の爪で攻撃してくる。ミアは剣を収め、籠手を盾に攻撃を避ける。

「話せる人はいる!? わたしはこの子を救った! わたしがいなければこの子は死んでいた!」

 叫びながら攻撃を避け続ける。ゴブリン語やオーガ語、古代ドラゴニア語でも叫んだ。

「わたしは誠意を見せた! 話せる者はいる!?」

 これでも駄目なら2、3匹切り殺して町へ逃げるしかない。

「ぴぃ!!」

 もう限界かと思った時、あの救った子が飛び立ち、ハーピィたちに何かを話し始めた。正直ミアの耳には鳥がさえずっているだけにしか聞こえないが、あれでも言語なのかしら?

 しばらくすると、甲冑を着たハーピィが降りてきた。

 似た顔つきの、相変わらず美形だ。

「お前、レッカ、助ける。本当?」

 片言だが人間の言葉だ。

「本当よ!」

「人間、信用、しない!」

「わたし、お前たち、ボス、話がある!」

 彼女に合わせ、単語を強調しながら声を上げる。

「わたし! 救った! ボス! 話する!!」

 甲冑を着たハーピィはうろんげな視線を向けてきた。

 しかし、美少女ハーピィが間に入りぴぃぴぃと何かを訴えてくれている。

「ボス、ダメ。ネコ、会わせる」

「猫?」

「こい!」

 攻撃が止み、ハーピィたちは風に逆らい海辺に飛び始めた。

 追いかけなきゃいけないのだが、さすがに戦いの後ですぐには行動できない。しかし少女のハーピィが近づき、可愛らしくぴぃぴぃと声をかけてくる。

「ありがと。わたしを連れてってくれる?」

「ぴぃ!」

 彼女は見失わないように、ゆっくりと飛んでくれた。


 見事な断崖絶壁だった。まるで燻したナイフでバターを切ったかのような綺麗な断面だ。こんな感じの断面が続いている。海を始めて見たミアは、これが普通なのだろうかと思わず感嘆してしまう風景だ。

 ハーピィが断崖にどんどん吸い込まれていく。穴が開いているのかと眺めていると、突然後ろから突き落とされた。

 ミアは慌てず岩肌に捕まろうとしたが、空を切った。

「幻覚!?」

 驚いたミアの肩に、鳥の爪が食い込んだ。

「ぴぃぃぃぃ」

 あの子が顔を真っ赤にしながら両腕の羽をバッタバッタさせている。バックに鉄の鎧に籠手だ、そりゃ重たかろう。滑空しながら岩の中に吸い込まれていった。

 地面に転がり落ち、同じように落ちてくる女の子を抱き止めた。

 周囲を見渡し、思わずゾッとした。

 数百ものハーピィが、岩肌にとまりこちらを見下ろしていたからだ。

「ハーピィの、巣。はは、さすがに、ここからは生きて帰れる気がしないわね」

 そりゃ腕には自信があるが、何事にもほどというものがある。それでも、冒険者の癖で身を隠せる場所がないか調べてしまう。

 大きな縦穴で、地面は少なく大半は海水が流れ込んでいる。木材の破片が未練がましく張り付いており、古い時代は船着き場だったようだ。

「やぁ、スーラに話を聞いたよ。僕たちに何か用があるんだって?」

 流暢な言葉に少し驚きながら体を起こした。

 白と黒の猫だ。

 ミアは驚きのあまり息をのむ。

「ケットシー?」

 猫は、人間のように顔を歪めた。

 突然煙に包まれると、ズボンとチョッキを着て立ち上がった姿で現れた。

「博識だね。僕に会いに来てくれたのかな?」

 猫の、妖精だか魔物だかよくわからない生き物だ。

 ミアはとある学園に通っていたことがあり、更に仕事柄モンスターの勉強をそれなりにしていたおかげで知っていた。

 猫を追いかけていると不思議な世界に迷い込んだ、天気の話について語り合った魔術師、病気の子供と友達になったなどなどだ。人間に対して危険だったり、そうじゃなかったりする不思議な存在だ。敵対して戦ったという情報はミアにはなく、強さは未知数だ。

「いいえ、ビジネスの話をしに来ました」

 びっくりしてずっと抱き着いていたハーピィの少女を腕の中から解放して、服を正し、膝をついて視線を合わせる様にして礼儀正しく言葉を紡いだ。

 機嫌を損ねられては、命の危険がある。

「あなたがハーピィたちのボスでいいのかしら?」

「どうかな? ボスとは何なのかによって変わってくるよ。確かに僕はボスで、ボスじゃないともいえるね」

「・・・」

 あちらは誤解をどんどん招いて欲しいようだ。

「わたしは帝都にある“組木屋”亭の冒険者ミア。イマッサの貿易商からの依頼でこちらにやってきました」

 貴族に接するような丁寧に説明した。

 ここに来た経緯を。

 ケットシーはすっかり飽きてしまったというように足をバタつかせていたが、最後までしっかりと聞いていた。

「そういうのはボスに話すべきじゃないかな?」

 さすがに苦笑してしまう。


 洞窟は色々工夫がされていた。岩肌にはハーピィが横たわれる岩だなになっていたり、真水の水浴びができる湖、食事ができるテーブルに・・・岩をくりぬき個室もあった。穴を塞ぐように小屋があったのだろう場所には木の残骸だけが残っている。

 中はただただ暗く、伝承のようにケットシーに見知らぬ世界に連れていかれそうだ。

 ケットシーは瓶の中にある結晶に魔力を込めると輝き始めた。そうして5つ目の水晶が光った時、そこに椅子に座った王が姿を見せた。

 ミアはショックを受けた。

 男だ。

 男のハーピィだ。

 手足は間違いなく鳥なのだが、長く伸びた白い髭、しっかりとした胸板、そして男性器があった。顔はまるで傷のように深い皺が刻まれ、綺麗な白髪をしていた。肌の色はくすんでおり、ひどく痩せている。昔はつややかだったのだろう翼は色褪せて見えた。

 しかし整った顔立ち、知性と厳しさのある瞳は王と呼ぶにふさわしい威厳があった。

 ミアは慌てて頭を下げた。

「わたしは帝都にある冒険者酒場から来ました“組木屋”亭のミアでございます。近隣にある港町イマッサの貿易商の依頼により参りました」

「帝都からか? 随分遠いな。イマッサにも冒険者酒場はあるだろう」

 王の声が響く。部屋が思ったより狭いのもあるのだろうが、しゃがれた低い声が響き渡る。

「イマッサの冒険者酒場は荒事専門らしく、こちらに相談されました」

「つまり、交渉専門という訳か?」

「そういうわけでもないのですが、ご期待に沿えるよう精進いたします」

 王は笑みを浮かべ、頷いた。

「俺の名はマデアだ。ソレ、信用できるのか?」

 ケットシーは自分の顔を撫でだした。

「信用とかの問題じゃないんだ、マデア」

「込み入った話のようだな」

 魔物だと舐めていい相手じゃない。流暢な言葉、人間も少し見習ってほしいほどの知性が感じられる。

 少し遠回りになることを謝罪し、話始める。

「この海域は魔物がいない、安全な海域として有名です。船乗りたちはこう言います。この海域には羽の生えた女神たちが守ってくれていると」

「ふむ」

 マデアは興味深そうに頷いた。

 魔物がいない理由は、彼ら、ハーピィのおかげだろう。この規模のハーピィの群れだ、この海域の魔物はすべて排除してきたに違いない。テリトリーを守っているだけで、決して人間を守っているわけじゃない。

「人間たちはあなたたちを海の女神として信仰しています。もし女神を一目見ることができたのなら幸せが訪れると言われるぐらいです」

 ハーピィは人間を襲う。

 男が生まれない故に人間の男を襲い、子ができたら殺すのだ。

 だが、ここのハーピィの群れにはオスがいる。人間を襲う必要もなく、増えることができたのだと推測できる。

「しかし最近、その女神たちが人間の前に多く姿を見せる様になりました。襲う事こそはありませんでしたが、言葉は悪いのですが、まるでハーピィのようだと」

「うむ」

 そのようなことになっていることは、理解している。そう頷いた。

 マデアは老体だ。

 すべての女性たちを満足させられなくなり始めたのだろう。欲求を抱えた女性たちが男を求め始めてしまった、と想像できる。

「もし襲われるようならば、こちらも対抗せねばなりません」

「なるほど、込み入った話だな」

 王は顔を伏せた。

 ミアを信用できるか、できないかの話ではない。

 こう言っては何だが、脅しなのだ。

 ここのハーピィは大規模だ。この海域をテリトリーとする強者だ。

 だが、人間たちを追い出せるほどではない。

 騎士団が動くほどではないだろう。何百といるようだが、実力の冒険者、例えば先ほどのロックスたちですら滅ぼす事ができるはずだ。

 もしミアが帰ってこなかったら、人類の敵としてハーピィたちは皆殺しだ。

「イマッサの貿易商は、最悪の事態を避けたいと思っています」

 ここからが本題だ。

「女神が求めるのでしたら、求めに応じたいと言っております」

「なるほどな」

 ミアは冷たい汗が流れた。


 イマッサの貿易商にわざわざ死を運んだのに、妙に歯切れが悪い説明ばかり。

「い、いえ、まさかこれほどうら若き女性とは思いもせず」

 40代ぐらいのオッサンもじもじと説明したのがそれだ。

 ハーピィが襲ってくるようなら殺す、それだけの事。だが今まで海域を守ってくれたハーピィを殺すには忍びない。困ったことがあるのなら共存共栄できないか・・・

 要するに女神様のような綺麗なハーピィと、ヤりたい。そういう事だ。

「それならそうと言ってください」

 ミアもプロだ、「やだぁ、男子って不潔ぅ! そんなこと言ったらプンプン!」なんて言い出すほど子供じゃない。


 だがつまり、それは・・・彼らハーピィを侮辱することでもある。

「場所は船の上、イマッサの貿易商の船は青い紋章の旗を掲げます。食事などの歓待もするそうです。人間に危害を加えない。連れて行かない。もし話を受けてくれるのでしたら、イマッサの貿易商が全力をもってあなたたちを守ります」

「ほぅ」

 王の鋭い視線に、ミアは思わず息をのむ。

 怒って当然だ。

「殺されたくなけりゃ、お前の娘たちを差し出せ。可愛がってやるよ、ぐへへ」

 と言っているのだから。

 人間なら怒り狂い八つ裂きにされても文句は言えない。

「わかった、応じよう」

 あっさりと、マデアは答えた。

 全身から変な汗がぶわっと出てきた。

「ふふ、ソレ、すべてお前の言葉通りになったな」

「はて、なんのことにゃ」

 ケットシーは猫の姿になるとマデアの膝の上に登って大きな欠伸をしていた。

 どの通りになったのはわからないが、ある程度は想定された動きだったようだ。センシティブな内容だっただけに、冷静な判断ができて安堵した。ナイスだ猫!

「マデア様、それにソレ様、実は厄介な話があるんです」

 ハーピィたちはビジネスパートナー。信条とは反するが、仲間であり友人だ。彼らを脅威から守る、それが個人ではなく冒険者ミアとしての信条へと入れ替わった。


 ロックスたちは実力だけならば“緑の小枝”亭の中でも上位だ。

 しかし戦士ばかりのパーティーでは仕事の幅が限られており、食べるためには傭兵まがいの仕事ばかりして凌いできた。

 実力には自信があったが、未だに金属の鎧すら買う事もできない。新人たちが名を上げていくのを苛立たし気に見守ることしかできなかった。

 港町イマッサまで護衛の仕事をした時のこと、街の酒場で漁師の老人が酔った勢いで“ベック・ロベの財宝”を話しているのを耳にした。

 ベック・ロベはリマイ王国で有名な海賊だ。吟遊詩人、演劇、人形劇などでよく正義の海賊として演じられていた。

 帝国との戦争によりフォーロン王国は滅び、リマイ王国となった。そこで帝国は有名だった海賊の名を広めたのだ。悪のフォーロン王国と戦った正義の海賊として。

 プロパガンダだ。フォーロン王国は悪で、帝国の侵略は正しかったと広めるために大規模に展開されたらしい。民も馬鹿じゃないのでそんなことでは騙されはしないものの、特に抵抗することなく受け入れた。フォーロン王国は悪い国ではなかったが、さりとて義憤にかられ剣を取るほどいい国でもなかった。頭がすげ変っただけで国民には大差ないのだから。

 もちろん“ベック・ロベの財宝”なる話は、数ある逸話の中の一つだ。どれも眉唾話で信じるに値しないものではあるのだが、その漁師は曾祖父がそのベックの隠れ家に食料を運んでいた時に聞いたというのだ。

「祝いの席で酔っ払った海賊の一人がポロリと口にしたのさ、今日はめでたい日だ。とんでもない宝を手に入れたってね」

 酒をおごってもらった漁師は気分よく話してくれた。どうやらこの港の近くにベックの隠れ家があったのは間違いないらしく、客たちはもちろん、酒場のマスターまでベックの話をしてくれた。

「100隻の船に囲まれたが最後まで戦い、軍艦を半分も沈めたって話だぜ!」

「ベックは魔物となって今も海底で生きているのさ。俺はベックのうめき声を聞いたことがあるからな!」

「海賊にしておくにはもったいないほどの美形だったんだ。ベックの絵画がこの町にはかなり残っているんだ。自分を描かせるのが好きだったらしいぜ。劇では髭面でムキムキになってるってのが許せねぇよ!」

「この港町に金落してくれていたからね、この町じゃ本当に英雄なのさ」

 そのような話を聞いている内に“ベック・ロベの財宝”が本当にあるんじゃないかと思うようになっていた。

 ロックスたちは金に困っていた。このまま傭兵まがいの仕事をし続けていても冒険者として成功しない。覚悟を決め”ベック・ロベの財宝”を探す覚悟を決めた。

 腕っぷしには自信のある男たちが5人、ベックの隠れ家を探すのは骨が折れた。しかし素人が動き回っていたからこその偶然に出会えた。

 プロが見たなら何もないと判断する断崖を、ロックスたちは馬鹿みたいに眺め続けていた。そこに、偶然服を着たハーピィが岩の中に消えていくのを見つけてしまったのだ。

「魔法か?」

「魔法だ、きっと魔法だ」

「なんでハーピィが?」

「海賊の隠れ家を巣にしているんだ! きっとハーピィが宝を独り占めしている! だから服や、鉄の鎧を着ているんだ!」

 未だに鉄の鎧を購入できない仲間が悔しげに呟いた。

 隠れ家を見つけ、突入することにした。ハーピィ程度、何十匹いようと皆殺しにできる自信はあった。

 しかしロックスたちは実力のある冒険者、考えなしにハーピィの巣に飛び込むのは危険すぎる。欲にかられ命を落としては意味がない。

「観察して分かったが、数が多すぎる。多少間引いてから突撃するべきだ」

 そう結論付けた。

 ところが、服を着たハーピィがなかなか姿を見せない。やっと見つけてもすぐさま逃げてしまう。魔物が逃亡するというロックスたちの経験上無く、時間だけが過ぎ慌て始めた頃に現れ。

 “独りのミア”

 現在帝都で名を上げている冒険者だ。二つ名は冒険者によってこの上ない名誉だ。まずは所属する冒険者酒場の名を上げ、次にパーティー名が呼ばれるようになれば一流だ。個人に二つ名が与えられることはほぼない。帝都の中でも20人しかいないほど、よほどの功績が無ければ与えられないものだ。

 だが、彼女はそれほど有名な功績を残したわけじゃない。無傷の古代ドラゴニア遺跡と無傷のドラゴニアンの死体を発見しただけだ。さすがにそれでは二つ名は与えられない。

 だが、彼女指名の仕事が沢山あるのだ。

「あの、1人で行動している冒険者の・・・」

「パーティーを組まず冒険している冒険者の・・・」

「1人の冒険者いるだろ・・・?」

 そのような依頼が多く、あだ名として“独りの”などと言われるようになった。

 だったらあだ名と二つ名の違いはなんだ?

 そこでまたいろいろと論争があり、めんどくさくなった冒険者ギルドは二つ名として登録してしまったのだ。すごいのは、冒険者たちの中で非難する者達がいなかったことだろう。賢い彼女は冒険者ギルドを良い方向に改革してくれていたからだ。ロックスたちもそれで食いつなげているとことはある。

 だからこそ、ロックスたちは焦った。

 折角やっと運が向いてきた、いやここで運を掴まなければお終いと考えていた。そこに、実力ではなく立ち回りで名を上げてきた“独りのミア”が現れたのだ。

「あいつ“ベック・ロベの宝”について知っている」

 仲間の一人が忌々しそうにつぶやいた。

「宝を嗅ぎつける才能があるんだ。クソっ、このままじゃ奪われるぞ!」

 ロックスも同意見だ。

 そうじゃなければ冒険者が「魔物を殺すな」なんて言ってくるはずがない。ロックスたちは魔物を殺して宝を得る。ミアは魔物と交渉して宝をくすね取る。そういう事だ!

「だが、やはり“ベック・ロベの宝”は存在するという事だ」

 仲間たちは驚き、頷いた。

「もう時間はない。危険はあるが、このまま指をくわえて宝を奪われるわけにはいかん」

 ロックスの言葉に、覚悟を決め頷いた。


 ロックスたちはハーピィについて詳しく調べていた。

 魔術師の図書館、漁師や船乗りからも生の声を詳しく聞くことができた。

 不潔でざんばら髪、体臭はひどくがに股で陰部を丸出し、ニタニタと男を見下ろす姿は女日照りの海の男たちですらウンザリするほどらしい。

 知性は低く、力も弱い。石を落としてきて、運悪く気絶した人間を2体ほどで持ち上げ連れていく。投石は決して侮ってはいけないのだが、何度もハーピィやセイレーンなどと戦ってきた船乗りの言葉も多く聞いていた。

「あいつらは石を落とすのが下手なんだよ。だいたいは海に落ちる。だからかなり下がってくる。こちらは槍で十分対応できる。運悪く石が命中しても男を持ち上げるなら2体必要だ。だがあいつら仲間同士でケンカを始めてな、別に戦いの訓練を受けてるわけじゃないんだが、よほどの間抜けじゃなければ誘拐されんよ。あいつらどうやって数増やしてんだかな」

「俺は漁村から街に来たんだがな、一人用のボートの時に襲われんだよ。ひっくり返されて、連れていかれるんだ。あいつらは基本魚を食うからな、水中にいる人間を持ち上げる事に関しては得意なんだ。だから漁に出るなら最低2人組だ。親父なくした若い奴とか、不漁でとにかく海に出にゃならん時によくやられるよ」

「群れと言っても数十体ぐらいだ。数が増えたら冒険者雇って巣の退治をしてもらってるよ。フンやションベン掛けられてうんざりして帰ってくるからな、こっちは風呂の準備はしてやるのよ。危険は少ないが仕事を受けてもらえねぇからな、こちらは金以上の歓待しなきゃいけねぇのさ」

 生の声を聴き、ロックスたちは自信をつけた。

 服を着る知性が多少あるようだが、数十倍にパワーアップするものでもない。

「初めから、こうすればよかったな」

「ああ」

 ロックスたちは十分休憩を取り、ハーピィが消える断崖へと向かった。

「なんだ、あれは。あんなところに穴が開いていたか?」

 崖に、巨大な横穴が開いていた。

 あれほど露骨に開いている横穴は存在しなかった・・・はずだ。

 服を着たハーピィたちが次々と海へと飛んで行った。

「魚を取りに出て行ったのだろう。鳥と同じだ」

「罠の可能性は?」

「かもしれんし、食事を取りに行くときは魔法を解くのかもしれん。なんにせよハーピィの数が少ないのなら今がチャンスだ」

 頷きあい、ロープを垂らして横穴へ向かう。

 洞窟の中を見て、ロックスたちは震えた。間違いなく古い海賊の隠れ家だ!

 海賊船が入れるだけの海水が入っており、崩れた木のクズも見えた。ハーピィたちの姿も見えない。

 洞窟に入り、周囲を見渡す。

 何もない。

 ハーピィの巣ならば糞が地面に広がっていてもおかしくないはずなのに、それすら見当たらない。洞窟の奥には宝を隠しているとしか思えない穴が開いており、そちらへと向かった。

 穴へと近づくと、当然のようにミアが姿を見せた。

「ここのハーピィはイマッサ貿易商の保護下に入ったわ。犯罪者になりたくないのならここから出ていきなさい」

「それがお前の言い分か?」

「そうよ」

 ロックスたちは剣を抜く。

 もし金の打診ならば金額によっては受けたかもしれないが、ロックスたちは長期滞在したために金銭的な余裕が本当になかった。

「ハーピィとの交渉は失敗し“独りのミア”は殺された。義憤にかられハーピィを皆殺しにした。そういう事にしておく」

「残念」

 その途端、周囲が闇に包まれた。

 動揺することなく周囲に油を撒き、火をつけた。それほどの明かりにはならなかったが、仲間たちがバックから松明を取り出すことはできる。

「さすがに冷静ね」

 おびき出すために普段は幻影で隠されていた洞穴を、再び幻影で閉じたのだ。

「うらぁ!!!!」

 ミアの振り下ろされた剣を、ロックスは軽々と受ける。

 籠手の重みも含めたいい一撃だが、ロックスの相手ではない。剣を弾き飛ばそうとするが、ミアも剣をガッチリと掴んで手放さなかった。ミアは距離を詰め籠手の拳で殴りつけようとするが、それも剣で弾き飛ばす。

「腕もいいようだな!」

 素早くミアの首を切り捨てようとするが、彼女は火の明かりの外へ身を隠す。素早く追撃したいが、闇の中に飛び込むのは躊躇われた。

「追うなロックス! ミアは闇を見通せると思った方がいいぞ!!」

「魔法か!?」

「魔法だ!」

 明かりの中に、一匹の猫が姿を見せた。

「ええっと、精霊使いと魔術は別物ニャ」

 半透明な銀色の牡牛がロックスに突撃する!

 強烈な衝撃を受けながらも、何とかバランスを崩すことなく踏みとどまる。闇の中からミアが剣を突き刺そうとしてくるが、それも難なく払いのける。

 真向から攻撃を受け切ったロックスの後ろから、無数の武器が襲い掛かる。仲間たちの攻撃だ。ミアの体に無数の傷をつけることができたが、素早く闇の中に身を投じて致命傷にまでは至らなかった。

「知っているぞ! あの牡牛、強力な魔法だ!」

「あの猫は強力な魔法を使うから気を付けろ!」

「精霊ニャ!」

 全方位対応する陣形を取る。誰が狙われても全員が前衛であり、攻撃を受ければ余裕のある者たちが後ろから剣と槍、弓も使いカウンターを決める。これがロックスたちの戦闘スタイルだ。これで多くの戦場を生き延びてきたのだ。

「松明の準備ができた!」

 手が空いていた仲間たちは松明を取り出しに火をつけ、周囲にばら撒いていく。植物性の安いオイルは青白いが明かりが強く、猫とミアの姿を照らした。

「勝負あったな」

 ロックスは笑みを浮かべ、敵に剣を向けた。


 5人全員で、走る。

 ロックスたちができることなど限られている。囲って殴る、だ。単純ながら最強、ミアも戦おうなどと考えず逃げ出す。猫は小さな炎の亡霊を無数に出してこちらにぶつけてくる。だが、所詮時間稼ぎだ。

「やっと来たっ」

 暗闇の中から、無数の羽音が聞こえてきた。

 帰ってきたハーピィたちはロックスたちに向け小さな石をどんどん投げ落してくる。

「この程度」

 冷静に盾で受け流す。

 ハーピィの数が数なだけに雨のように降り注ぐが、投石は戦場では定石。盾で頭を守りながらもミアたちから目を離さない。

 大きな岩も落とされているが横に逸れ、ロックスたちには当たらない。話に聞いていた通り、当てるのが下手なようだ。

「待て、ロックス! ここから離れろ!」

 仲間の声に、置かれた状況をやっと把握した。

 足元の小石が、くるぶしまで埋まっていた。

 あいつらの目的は攻撃じゃない、石で埋める気だ!

「クソ!」

 離れようとするが、外れたと思っていた岩から手や足が生え、自ら積み重なって壁のようになっていた!

 周囲が壁のようになり小石が急速に溜まり始めた。

「話が違う!! ハーピィの知性は鳥以下じゃないのか!?」

「僕が時間かけて育ててきたみんなを、そこら辺のハーピィと一緒にしないで欲しいニャ」

 小石からも手足伸び始め、ロックスたちにしがみ付いてくる。

「魔法か!」

「魔法だ!」

「石の小精霊ニャ」

 ロックスたちはなすすべなく石に埋まってしまった。まるで岩の中を泳ぐかのように頭を出した。

「さようなら、ロックス」

 そこに、ミアが剣を突き出そうと待ち受けていた。

「降参する!!」

 彼女の目は「もう手遅れ」と言っていた。


 だが数多くの幸運が、彼らを救った。

 まずロックスたちは冒険者より、傭兵として各地を巡ることが多かった。若い頃は何度も死にかけ、恥も外聞もなく命乞いをしてきた。

「降参する! 負けた! 賠償金も払う! 罪も償う!」

「・・・」

 ミアは生粋の冒険者だった。友人が死ぬ姿を多く見てきたが、自ら手を汚した経験は少なかった。そのため一瞬、手を止めてしまったのだ。

「待て、冒険者ミアよ」

 その一瞬が無ければ、この停止も間に合わなかっただろう。

「その者たちに話がある」

「ハーピィ・キング、か」

 驚きの声を上げるロックスに、ミアは複雑な視線を向けた。

 ハーピィは必ずメスが生まれる。だが、何かのはずみでオスが生まれる場合があるそうだ。そのオスの名称をハーピィ・キングと呼んでいる。オスのいる群れは人間を襲う必要がなく、みれが肥大化するらしい。その事例はあまりに少ないのだが、勉強が苦手のロックスは見る必要のない記述に目を向けていたおかげで知っていたのだ。

「我々は人間の協力者が必要だ。彼らにそれを頼めぬか?」

 ミアは露骨に否定的な表情を浮かべている。

「協力する! 従う! なんでも言ってくれ! イマッサの貿易商管轄なんだよな! 俺たちの罪を洗いざらい言ってくれ! 冒険者として俺たちは廃業する! 一生涯尽くす!!」

 岩から出てきた仲間たちもすぐに状況を理解し、剣と盾を捨てた。

 ミアは忌々しげに剣を収めた。

「ベック・ロベの財宝について、話してもらえるかしら?」

「もちろんだ!」

 情報は冒険者にとって生命線だ。それでもロックスは躊躇うことなく洗いざらい、必要ないだろう箇所まで話した。

 信頼を一欠けらも疑われてしまえば命を失う。それが分かっていたからこそだ。仲間たちも情報を口にすることにより、完全に敗北したと認めた。

 ミアはマデアとソレに顔を向ける。

「ベックのボケが宝を残すわけがないニャ。奪った金は仲間に均等に渡して、後は豪遊してすっからかんニャ。だからいつも金が無くて暴れまわってたニャ」

「確かに、財宝という物があったのならとっくに使い切っている。好きなだけ調べてもらっても構わん。服や鎧は抜け落ちた羽毛や、娘たちの髪を切って売りに行ったものだ」

 ロックスたちは喋る猫とハーピィに仰天するも、それでも納得していないようだ。

「ベックの物語は知ってるわよね」

「当たり前だ。俺たちは癒し手がいない。仕事を受ける時は下調べをかかさない」

「ベックの物語に出てくる猫の相棒の名前は?」

 物語には沢山の登場人物が出てくる。

 だが、ベックの相棒と言えば一匹だけだ。

 喋る猫、名前はソレだ。

「もう百年以上も前の話だ」

 ソレはくるんと回転すると、二足歩行の姿へと変わった。

 そして愛らしく一礼した。

「たかが100年程度、つい昨日の話と同じニャ。懐かしくもないニャ」

 ソレは人間のようにやれやれと首を振った。

「マデアも言ってたけど、宝があればもうとっくに使ってるニャ。僕はハーピィたちに人間たちと共存するように百年間ずっと教育をしてきたニャ。そのおかげで人間と友達になるって言って一人町へ行こうとしたじゃじゃ馬が生まれたぐらいニャ」

 ロックスが殺そうとした少女が、ミアの後ろに隠れた。

 確かに、その娘は最初は無警戒にこちらにやって来たぐらいだ。

「トイレ、料理、水浴び、そんなことを百年間続けてきたニャ。そんなもんがあれば、少なくとも僕が使ってるニャ」

 マデアやソレの周りに美しいハーピィたちが降り立つ。

 その姿を見て、ロックスたちは冒険者を廃業するしかないと認めた。


 ミアはロックスたちを連れ貿易商へと向かった。そこで洗いざらい状況を説明したうえで、彼らの罪はハーピィたちの身の回りの世話と護衛を担う事となった。

 正直、得役だ。海沿いで世捨て人のような暮らしをしなければいけないが、安いが給料も出て、最初に女神たちの味見ができる。体格のいい若い男たち5人だ、ハーピィたちが何もしないわけがないのだ。

 すべてを終えてミアは、イマッサの貿易商の人たちから力強く握手された。

「まさか万事うまくいくとは思っておりませんでしたよ!! さすがは二つ名持ちの冒険者だ! これからも港町に留まりませんか! 是非我が貿易商お抱えの冒険者になって頂ければ一生苦労などさせませんよ!」

「有難いお誘いありがとうございます。ただ残念ですが帝都に仕事が残っていますのでそうもいきません。ただ何かありましたらご助力のほど、お願いします」

「もちろんですとも! どのようなことでも力を貸しましょう!」

 上機嫌の元、無事仕事を終えて帰ることとなった。


 帝都に帰り、友人たちと朝まで酒を飲み明かした。名指しの依頼が数件入っており、また大きな事件に巻き込まれそうだ。だが、さほど問題はない。すでに一生遊んで暮らせるぐらいの貯金は溜まっている。

 他人から見れば順風満帆なのだろう。だが、どんな時でも去来する寂しさ。

 ミアは帝都内にある森林公園のベンチに腰掛け、空を見上げる。

「やっぱり仲間が欲しい」

 仲間なんていない方がいい。

 方向性の違い、金銭トラブル、痴情のもつれ、仲の良かったパーティーが些細なことで殺し合いになった姿をよく見てきた。

 それでも、共に死線を潜り抜けた者同士というのは特別な絆が生まれる。どんなにいがみ合っていても、結局集まって仕事をする。ミアもまた、そんな仲間が欲しかった。 

 ぼんやりと空を眺めていると、森の中から猫が姿を見せてベンチに登ってきた。

「!」

 ソレだ。

 白黒の模様を見間違いようがない。

 何を考えているのかソレは膝の上に乗っかり、まるで猫のように大きく欠伸をした。

「・・・」

 ミアはソレの体を撫でながら、小さくため息をついた。

「ベック・ロベは容姿の美しい海賊だった」

 ロックスたちがハーピィ・キングのことを知っていた事が気に入らなかった。だから帝都に戻ると色々と調べて回った。ミアが妙な寂しさに襲われたのは、もしかすると色々と発見したことを誰にも伝えられなかったかもしれない。

「物語にはお姫様と関係を持った、精霊に愛されていたなど沢山あるけれど、実際に多くの女性愛された海賊だったらしいわね。だけど、子供は生まれなかった。だから海賊仲間を家族のように思っていた。ベック一家は強い絆で結ばれ、名を残す大海賊になった」

 ハーピィ・キング、そしてベック・ロベという海賊についても調べた。

 吟遊詩人などがよく研究をしており、帝国が隠していたことまでしっかりと調べられていた。魔術師図書館に研究結果の本が並んでいるぐらいだ。

「ベックは子供についての記述が多いわよね。ベックは子供を、家族を求めていた。そして、できたんでしょ? 子供」

 猫は顔を上げ、人間のような笑みを浮かべた。だが、何も言わない。

 ケット・シーについてもいろいろと調べたが、ベックに比べて記述が少ない。ただこの生物は、何でも巻く癖があるようだ。

「あなたはベック・ロベのを守っていた。頼まれてたのかしら?」

 ハーピィの平均寿命は25歳から30歳ぐらいだが、ハーピィ・キングは100歳以上らしい。

 そんな長い時間、気ままなケット・シーが同じ場所居続けるだろうか?

「100年なんてつい昨日と同じようなものニャ。あのバカは、すぐ帰るから息子の面倒を見ててくれって言って海に出て行ったニャ。だから、ちゃんと、それだけニャ」

「そう」

 もう、気ままなケット・シーを縛るものはない。

 ベックは正義の海賊じゃない。罪のない人たちを存分に殺し、金品を奪っている。女に対しても紳士的じゃない記述が残っている。ミアはそんな奴が大っ嫌いだ。

 だけど、大海賊の気持ち、ソレの気持ちが理解できてしまった。



 海の男たちは顔を見合わせ、神妙な顔で頷きあう。

 マストにイマッサの紋章の青い旗を掲げた。

 海の上で船を停泊させ、男たちは全員甲板に集まっていた。船長からクルー、コックから甲板磨きまで例外なく。

 空は晴天、雨は降りそうにない。

 太陽はじりじりと身を焼くが、荒々しい男たちはただ黙って波の音を聞いていた。

「き、来た。来たぞ!!」

 海の魔物、ハーピィだ。

 十体もの魔物が円になり空を舞っており、音もなく甲板に降りてきた。

 男たちは、そのあまりの美しさに言葉を失う。

 整った顔立ち、すらりとした身体。身を包むのは美しい絹の布。彼女たちはまるで処女のように恥ずかしそうに腕の羽で体を隠している。

 その美しさはもう、まごうことなく海の女神であった。

「私たち、攻撃、しない。約束、まもる」

 リーダー格と思われる女神が声を上げる。

 代表するように船長が前に出て、一輪の花を差し出した。

 彼女はびっくりしたように、羽から出た鉤爪で器用に花を受け取った。それを、また器用に耳に差して、可愛らしく微笑んだ。

 船長が一歩近づくと、彼女ははにかみながら頷いた。そして二人は船内へと消えていった。

 海の男たちは残った女神たちに近づき、膝をついて贈り物を差し出した。

 整列し膝をつく男たちに驚きながらも、しかし好色の目を隠すことなく男たちを見て回る。お金やキラキラ輝く物、もしくは若くてハンサムな男を選ぶと、仲睦まじく船内へと消えていく。

「く、クソ! ダメか!」

 残された男たちは地団太を踏んで悔しがった。

「俺たちは終わるまで待ちぼうけか!? クソ! 港に着いたら娼婦館に直行だ!」

「ついていくよ。家族に金を落とさにゃならんのに、あんなの見せられて収まりつくかよ。なんて言い訳すりゃいいんだ」

「待て、一人残ってるぞ!」

 一人だけ、確かに残っていた。

 女神たちの中で最も若く、美しかった。男たちは彼女に群がり、エサを求めるヒナのように自分たちが用意した贈り物を差し出した。

「ぴぃ」

 だが、彼女は悲しそうに首を振った。そして男たちから逃れる様に空を飛ぶと、マストのてっぺんに腰掛けた。

 その美しさに、怒りよりも感嘆のため息が漏れた。

 彼女は恋をしている。

 彼女は誰かを想い、遠く陸を見つめている。

 自然と男たちは彼女が恋をしていることが分かった。そして、その想いが叶って欲しいと願っていた。

 それから数年後『恋する海の女神』という物語が作られることになる。その物語は人々に深く愛され、長く、そして広く広まった。数百年後、イマッサには女神の像が作られ、多くの観光客を呼ぶことになるのはまた別の話だ。

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冒険者”独りのミア“の冒険 新藤広釈 @hirotoki

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