2話 スケルトン行進 後編

 スケルトンを掻い潜り、ヘロヘロになりながら夜明け前に帰ってきた。

 疲れ切っていたがアレックスに透明な化け物がいることを説明し、軽く食事をして酒を飲んで泥のように眠った。

 一日休みをもらったが、タフな冒険者をしているのですぐに暇になってしまった。暇になったので玄関ロビーへと向かった。

 広い玄関ロビーにはドアや窓に家具などを積み重ね塞ぎ、更には若い冒険者たちが硬い表情でソファーに座っていた。

 リュートを片手に、積み重なった家具の上に腰掛ける。

「一曲いいかしら?」

「あ、ああ。いや、騒がしいのは・・・」

 ミアは気にせずリュートをひく。

 聞き入れてもらえず若い彼らは露骨に不愉快さを表情に出すが、曲を聴いている内に緩んできた。籠城は長期戦、あまりピリピリしていてはいざという時に疲れてしまうものだ。

 そんな風に時間を潰していると武装した“光のツバメ”に、オルがやたらと絡みながらこちらに向かって来た。

「酒代は自分で出しなさい」

 手を止め軽口を叩くと、オルは険しい顔を向ける。

 が、何かに驚く。

「お前、女だったんだな」

「は? 生まれた時から女ですけど?」

「そうみたいだな」

 失礼な言い分だ。

 確かに普段はビヤ樽のようなガチガチの鎧を脱いで、今はラフな格好をしているとはいえ、ひどくない?

 おい、このオッサン何とかしろよとアレックスに目を向けると、何故かアレックスも妙によそよそしい。どいつもこいつも女を抱いたこともないのか?

「ミア、状況が動いた」

 アレックスは気を取り直して伝えてきた。

「君たちが眠っている間に扉が攻撃された」

「マジ? おおごとじゃん」

 スケルトンは砦に籠っていれば攻撃してこない、その願望は打ち砕かれた。残念だが、今まで頑張ってきたことは無駄じゃなくなりそうだ。

「2階から投石して守っていたんだが、攻撃はすぐに止んだ」

「スケルトンゴーレムの種類も増えている。槍持ち、ハンマー持ち、体躯の巨大なスケルトンもいた。こちらを攻撃する準備が着々と進んでいると考えていいだろうな」

「こちらを攻撃する準備をしていたのか・・・」

「これから“光のツバメ”は足の速い新人を山から脱出させる。救援は早ければ早いだけいいからな。それからミア、いや“組木屋”にお願いだ。黒煙が未だに出ている場所を調査してくれ」

「いいわよ」

「待て」

 気軽に返事をするミアに、オルが止める。

「どうするつもりなんだ?」

「どうって?」

 言いたいこと分かってんだろと言うように睨みつけてくるが、困ったことにミアはさっぱり分からない。

「何人連れていくんだ」

「もちろん一人で行くわよ」

「バレックとサレンもつれていけ」

「冗談でしょ、足手まといだわ」

 仲間の名を上げるオルに、ミアは呆れた声を返した。

 これは逃走経路の調査とは違う。今回は、本当に様子を見に行くだけだ。一人で行動した方が動きやすい。そんなこと、オルもわかっているはずだ。

「だったら、俺らが行く」

 何言ってんだこのオッサン? ミアを庇ったその手のひらは、今まさに切断しかけていたほどに大きい。癒し魔法で応急処置は終えているが、完治までには時間がかかるだろう。

 アレックスは困った表情を向けてきた。なるほど、騒々しいのはオルがよくわからない仏心を出しているからのようだ。

「いいのよ、ほっときましょ」

「おい」

「あなたの献身的な精神にはとても心を打つわ。でも砦にはあなたのような偉大な魂の持ち主が必要なの。このぐらいでいい?」

 オルは鬱陶しそうに頭を振るう。

「勝手にしろ」

 すっかりふてくされてしまったので、その間に準備を済ませて出発することにした。


 鬨の声と共に戦士たちが突撃していった。

 新人ばかりとは言え腕に覚えのある者たちばかり、数は多いが優勢に戦いが始まった。相手はスケルトン、不気味ささえ我慢すればただ打たれ弱いだけの相手だ。

 目標は砦を更に強化するために石と木材の入手、そして無駄かもしれないがスケルトンの数を減らすためだ。

 その中から“光のツバメ”亭と“組木屋”亭が抜け出て森へと入って行った。

 ミアは走り黒煙の場所へと向かった。忍び足をするには、数が多すぎるからだ。邪魔をするスケルトンは鉄の籠手を盾にしながら戦いもせずその場を走り抜ける。

 かなりの数が追いかけくるが、持ち場を離れすぎはしないだろうと思っていたので、ある一定数を引きつれながら黒煙へと近づいた。

 ミアは木々の間を風のように走っていたが、時間が止まったかのようにぴたりと足を止めた。

 地崩れで斜面が剥き出しになっていた。

 数年は経っているらしく、斜面には多少草が見て取れた。その中で、変に大きな穴が開いている箇所があった。

 黒煙はもう少し先だ。

 それでも冒険者の血が疼き、斜面に気を付けながら穴に近づいた。

 穴の周りには、岩、というか石レンガが山のように積み上がっていた。既視感のある石レンガ、と考えるまでもなくホテルの砦に使われている石レンガだ。冒険者用の簡易シャベルが壊れた形で転がっている。

「がけ崩れで地中に埋まっていた遺跡の角が出ていた。それを見つけた冒険者は入り口を探すではなく、シャベルか何かで穴を開けてけて侵入したってところかしら」

 考えを口にしながら、スケルトンゴーレムの様子を見た。

 あれだけ執拗に「わーい、あそぼー」と追いかけてきたというのに、こちらを遠巻きに見ているだけだ。

 なんとなく、スケルトンに向かってレンガを投げてみると、彼らはそのレンガを避けて、恐れる様に森の中に帰っていった。

「嫌がってるな」

 このレンガを持ちかえれば砦をかなり強化できるかもしれない。黒煙とこの穴は未調査だが、いったんレンガを届けに戻り・・・

「ま、まぁ、ちょっとだけ、ちょっとだけ中の様子を見ておくのも? 仕事? みたいな??」

 ちゃちゃっと石レンガの残骸を穴の周りに置き、しっかり背負って来たバックからランタンと縄を出して、ゆっくりと穴の中を探ってみる。

 建物の中のようだが、とにかく高い。飛び降りれば足を挫く高さだ。

 斜面を登り木にロープをくくりつけ、レンガで安全を確保して、ミアは大穴に入ってみた。長いロープなので余裕で地面に降りることができ、ランタンを片手に周囲を見渡した。

「・・・」

 何かが動いている音は、聞こえてこない。

 渡り廊下のようだが、作りが全体的に巨大だ。ドラゴニア遺跡によくある作りだ。

 ドラゴニアンは成人男性より頭一つ大きな、巨大な生き物だと推測されている。残された絵画からリザードマンのような容姿をしているようだが、まだまだ研究は進んでいない。

「この遺跡、まだ生きてる」

 古い建物に入った時の、喉に引っ掛かるような感覚がない。

 建物内にはスケルトンは出現せず、どこか焦げ臭い。建物の作りは絢爛豪華、一回り大きな作りで、まるで子供に戻ったかのような錯覚に陥る。

 鉄の鎧を着ているのであまり意味はないが、足音をさせぬように進んだ。

 ドラゴニアンは3000年前に滅んだ。しかしこの建物は、まるで新築のようだ。このような遺跡は、当たりだ。

「大当たりね」

 生きている遺跡。これだけで、一生遊んで暮らせるだけのお金になる。

 ここは、予測としては娯楽施設、家屋や仕事場とは思えない。あの石レンガは外側で中は綺麗な石が積まれていた。花などが刺されていたのだろう壺や台などがあり、もうこれを闇市で売り飛ばせばうっはうっはだろう。気づかれないようにくすねようかしら・・・

 罠があるような雰囲気ではないが、警戒しながら奥へ奥へと進んでいった。


 焦げ臭い臭い、何かが燃える音、嫌な予感をさせながらそちらに向かうと、人間の死体が転がっていた。

 ドアから弾き飛ばされ、そのまま死んだようだ。年齢は17歳ほど、服装からして冒険者。死んで数日、腹を立てて動物駆除の仕事をほおり投げ帰っていった新人冒険者の一人なのだろう。

「帰っている途中に遺跡を見つけ穴をあけ、わたしと同じように中に入った。問題は、なぜ死んだか」

 扉に近づき、そっと中を見た。

 ひどい匂いだ。

 中は小さな炎が燃えていて、真っ黒だった。人の塊のようなものが3つ、部屋には金属の台のようなものに囲まれていた。ドラゴニアの何かしらの研究室によく見かける、鉄の台だ。その台に、鉄の斧が突き刺さっている。

「・・・なんで斧?」

 新人は、想定していないような失敗をやらかすもんだ。何がどうしてこうなってんのか知らないが、なんか下手したのだろう。

 数日微妙な火力で焼き続けた生焼けの死体、微妙に崩れた体を外に出す。この馬鹿どもが施設を破壊してしまったが故に防衛機能が発動したのだろうか? それとも娯楽施設じゃなく軍事施設で無限の戦力を出現させる施設なのだろうか?

 部屋に煤けた窓があったので拭ってみたが、あちらも煤けていてよく見えないが・・・どうやら広い部屋のようだ。

 角度を変えながらなんとか中を見ようとして四苦八苦して、どうにか箱のようなものがあり、そこから黒煙が上がっているのを確認した。あちらの部屋は天井は開いており、日の光が注がれている。

「黒煙はこの向こうの部屋から出ている、でいいかしら?」

 消えない炎で部屋の温度は高く、汗をぬぐう。まだはっきりとわからないが、施設をもっとしっかりと調べた方がよさそうだ。

 ミアは部屋を出て、遺跡を調べてみることにした。


 ロの字になっており、周囲に5つほどドアがあった。そして中央の部屋だけ豪華な両面扉になっていた。

 とりあえず、そこに入ってみることにした。カギはかかっておらず、ゆっくりと開ける。

 深入りしすぎだ、もう帰った方がいい。わかっているのだが、好奇心冒険者を殺す。もう手が止められない。

 中は、劇場のようだ。

 扉を開けるとゆっくりと明かりがつき、会場が見えてくる。扇状に椅子が並べられ、中央の舞台に視線が集まるようになっている。左右の壁には巨大な絵画がかかっていた。

 絵画は4枚、右側に2枚。

 骸骨と戦う筋骨隆々の男。もう一枚は勝利し剣を突き上げる姿だ。

 左側に2枚。あの黄金の骸骨が人間たちと戦う構図で、もう一枚は骸骨が勝利し剣を突き上げていた。

「ドラゴニアンは、人間とスケルトンの戦いを娯楽として見ていたってこと?」

 この山は盤面で、新人が馬鹿してゲームを開始させてしまった、と想像する。

「うん、まぁ予想通りね」

 今明かされる衝撃の真実! 命を弄ぶゲームに憤慨! など欠片もなく、そんなもんだろうという感想しかなかった。

 スケルトンはゴーレムであり、命令に従って行動している。そのスケルトンは、どうも本気で砦を攻め込む様子はなかった。しかし、楽しむかのように少しずつ難易度が上がっていた。こりゃ遊ばれてるなと思うのが普通だ。

 しかし・・・広い。

 砦よりは、ここに身を潜める方がいいかもしれない。お客に危険が及ばない仕組みがされているはずだ。

 すべては想像、危険はないか足を忍ばせながら会場を調べる。

「・・・ぴぃっ」

 変な声が出てしまいながら、軽く飛び上がった。

 最前列、闇の中から現れたのはドラゴニアンだった。


 人間と、ドラゴンの中間のような姿をしていた。

 リザードマン、混ぜられているのはトカゲではなくドラゴンのようだ。人間の貴族のような黒いスーツ、自分を大きく見せるためなのだろう手や首周りに大きなフリルが付けられていた。

 目は、目をつぶり眠っているようだ。

「し、死んで、いるの?」

 ミアの声は、震えていた。

 もう人間の死体程度では恐れない。仕事柄親しい人間と死別は何度も経験済みだ。自らの命でさえ軽薄になりつつあるぐらいだ。

 そんなミアが、心の底から震えていた。

 恐怖の理由がわからない。

「息を吹き返す、なんてことはない」

 意味も分からず、全身から滝のような汗が流れ落ち続けている。

 滅びたのは3000年前だ。もしかすると精密な人形なのかもしれない。そうだ人形だ、人形に違いない。

「おい! お前はっ! 誰だ!!」

 人形だと言ってるのに、思わず叫んでしまった。返ってこないに決まっているのに。

 返事をしないで! だけど・・・いっそのこと返事をして欲しい! 妙な、意味の分からない感情が渦巻く。

 死んでるか、人形か、簡単にわかる方法を思いついた。剣で突き刺しちゃえばいいじゃん、だ。冷静になれば、信じられない行動だ。絵画でしか残っていないドラゴニアン、その完璧な死体。ビビるほどの財宝だ。それに傷をつけるなど、遺跡を壊した新人冒険者よりよっぽど馬鹿だ。だが、ミアの頭は恐怖で空っぽになっていた。

 剣を引き抜くと、震えながらドラゴニアンにゆっくりと近づける。

「お、おい、生きてるなら、目を覚まさないと刺さるぞ、聞いているの!?」

 剣先が震えながら、胸ではなく腕に触れた。刺すぞ、刺すぞぉ!! っと思いながらも、全然その先ができなかった。

 そうしていると、ぐらりとドラゴニアンの体勢が崩れた。座ったまま頭が傾き、口が開いて長い舌がベロンと落ちた。

 あまりの恐怖に意識が飛びかかり、剣を手放してしまった。


 ミアは遺跡から戻ると、“光のツバメ”に包み隠さず伝えた。アレックスは“吊るされた藁人形”に包み隠さず伝えた。そして、9人は頭を抱えた。

 勝ちすぎているのだ。

 生きているドラゴニアン遺跡、ひと財産だ。

 ドラゴニアンの死体、国家予算レベルの大金となるだろう。

 ・・・よくて国家が押収、最悪暗殺まで考えられる。

「欲張れば、殺されるかもしれない。そうならないためには、多くの人間に知らせる必要がある。取り分が減ることになるが、いいな?」

 アレックスは賢明な判断を下し、オルもその判断を支持した。

「命あっての物種だ。“光のツバメ”は貴族や騎士団と仲がいいだろ? そいつらにここを教えてやれ。“組木屋”は何ができるんだ?」

「冒険者ギルドに、まぁ書類仕事に手回しは任せて。って、あんたら“吊るされた藁人形”は・・・その、ほどほどにね」

 オルは笑みを浮かべるが、返事はなかった。

 それらミアたちは手紙を書きまくり、遺跡とドラゴニアンの死骸のことを伝えることにした。ホテルのオーナーがまさかの王族と知り合いがいるという事で、そちらも協力してもらう。

 スケルトン、そして透明なモンスターは遺跡レンガを抱えて移動すると襲われないことを発見し、新人冒険者とホテルスタッフたちを山から降ろすことにした。山の下には騎士団が道を封鎖しており、無事死者ゼロで保護されることになる。

 ミアたちもとっとと帰って一杯行きたかったが、遺跡に身を隠しせっせと裏工作をするのであった。

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