それぞれの目指す道 〜 鈴の事情 II

 私が細々とながら芸能活動を始めてしばらくして、ショウの両親が事故で亡くなった。なんの前触れもなく突然に。

 元々海外活動などで両親不在のことが多く、その時は我家で一緒に夕飯を食べたりなど交流していた。その関係で両親の葬儀関連は御園家が代行した。ショウは大きく取り乱したり、泣いたりする事は無かったが、反応は薄く、感情が抜け落ちたような顔をしていた。


 葬儀が落ち着いた後に、ショウを御園家で引き取って一緒に住もう、と提案した。でもショウは頑なに自分の家で過ごす事にこだわった。両親の思い出の家で独りで暮らすことを選んだ。

 そのまま私達は中学から高校へと進学し、三人は高校生になった。


 ショウは学校にはきちんと通うけど、昔以上に周りとは話さなくなったし、行動も消極的になった。諸々事情を知っている私達からすると、まだ哀しみから抜け出せないのかな、と思っているが、周りからは暗いキャラだと思われてるらしい。それでも私達二人が友達としてフォローできれば良いと思っていた。


 一方で私は抑えていた芸能活動を開始する事にした。みすずさんやショウと一緒に続けていたトレーニングが無駄になるのもイヤだったし、いつかショウもまた歌の世界に帰ってくると信じて。そのときに隣に居られるように。

 でも歌の仕事は受けなかった、トレーニングだけだ。歌はショウと一緒が良かった。


 お芝居は楽しかった。色々な役に入り込む、状況を擬似体験する、少しでもショウの気持ちに寄り添えられればと、考えて。

 それが噛み合ったのか、私の演技は徐々に認められ、段々と大事な役を任せられるまでになっていた。


 ショウの家には私もソラも定期的に訪ねていった。家を含めて両親の遺産は十分にあったので生活に困るようなことはなく、また本来家事も一通り出来るショウだったが、やはり気力が回復しないと一人での生活は厳しいと思ったからだ。食事に誘ったり、掃除や洗濯の手伝いをしたり、基本的には一人で出来ているようだったが、私たちが気持ちを支えているとの自負もあった。頼られてるはず、よね。


「リン、いつもありがとう。でも忙しいんじゃないの?僕は一人でも大丈夫だから。」


「私が来たいから来てるの。私が来ると迷惑?」


「いや、嬉しいよ。でも、リンもソラもどんどん新しい事に挑戦しているのに。自慢の幼馴染なのに、僕が足引っ張ってないか気になって。」


「私もソラもショウと一緒にいたいと思ってるのよ。足引っ張るなんてとんでもない。来たいから来てるの。」


「そうだね。ありがとう。…だから僕もいつまでもこのままじゃダメだよね。」


 だんだん小さな声になって最後は聞こえなかったけど、ショウの顔は少し明るくなってきた、うん。




「ショウ、居る?今日の夕飯どうする?ウチで食べて行かないって、ママ言ってるけど?」


 数日後、勝手知ったる他人の家、とばかりに、私はインターホンも押さずに家に入って声をかける。外から見て家に居るのはわかってるけど、そろそろこういうのも嫌がられるかな?大丈夫だよね。私はショウの家に上がり込んだ。

 中々ショウの返事は返ってこない。トイレかな?と廊下を覗くと意外なドアが開いてショウが顔を出した。


「あ、リン、来てたんだ。いらっしゃい。」


 慌てた様子は無いので、変な事はしてなかったのね、良かった。


「ショウ、今日の夕飯誘いに来たんだけど…何してたの?」


「あ、うーん、えーと。」


 前言撤回、言いにくいことはしてたらしい。


「ちょっと歌の練習を…」


「え!?ショウ、練習再開したの?」


「あはは…練習と言ってもそんな本格的でもないんだけど。ボイトレを少しと、あと幾つかの歌を歌う感じで、ね。」


「スゴイ!スゴイ!」


 私は凄く凄く嬉しくなった。あの日から何もかもやる気をなくしてたように見えたショウが、自分から何かをやろうとする事は初めてだ。


 この日からショウは歌の練習を再開、私は時間が合えば付き合うようになっていた。


◇◇◇


「カット!」


 役者たちは動きを止め、周りのスタッフは一斉に動き出す。今日は深夜枠とは言え、私が主役のドラマの撮影だ。


「鈴ちゃん、良かったよ!」


 監督の鴨志田さんが、声をかけてきた。


「もちろんイケると思ってこの役をオファーしたんだけど、何だか意気込みというか、モチベーションが上がってきたような感じだね。何か思うところでもあったかな。」


 ショウが元気を取り戻している。私も立ち止まっているわけにはいかないでしょ。絶対ショウは成功する、それは単なる予感でなくあの歌声を聞いたら、もう確信。

 ショウが世に出るときに私は絶対その隣に立ちたい、それには今は色々な可能性に挑戦するしかない、と考えてる。


「目標が出来たんですよね。負けられないというか、追いつかないとというか。」


「お、今をときめく御園鈴が、ライバルと見做してる相手がいるの?誰だろう。」


「今はまだナイショです。隣に立てるようになったら言いますね。」


「うーん、そんないたかなぁ?」


 監督はクビを捻って考え込んでるけど、わかるわけない。申し訳ないけどもう少し秘密よ。

 

 この撮影が終わったら少し休みが貰える。ショウがやる気を出してる今、一緒に居てあげたい。大急ぎで色々な予定を調整して別荘の手配や、移動手段の調達、スケジュールの調整…ちょっと詰め込んだりしてみんなに迷惑かけたかもしれないけど。

 でも、何か起きる予感がしてる。だから絶対にこの休みは確保したい。


◇◇◇


 別荘でのパパ達を巻き込んだ歌合宿(?)は単なる友達イベントを超えた展開となってきた。

 ショウは凄いと思ってたけど、全然足りなかった。天才だ。大天才。超天才。ダメ、ボキャブラリーが崩壊してるわ。

 元気を取り戻し始めたので、更に元気づけようと計画した別荘での応援企画だったのに、こっちが驚かされたし、やる気が出てきたわ!


「ショウ、別荘で会ったイオナさん、曲のアレンジさせて欲しいって。どうかな?」


「うん、僕なんかのためにやってくれるなんて…凄く嬉しいよ。それにお父さんのバンドのキョウさんも手伝ってくれるって連絡が来て。お願いします、て言っといたから。」


 ショウの天然たらしが恐ろしい。イオナさんは今一番勢いのあるバンド、QUEEN BEEのメンバー兼プロデューサーだし、キョウさんって、ゴットさんもいたあの伝説のバンドのボーカリスト。気軽に会話している事実がもう、信じられない。

 商業ベースで頼んでも中々OKもらえない人達なのに、まだインディーズにもなってない、どころかデビューの予定もない状態なのに手伝ってくれるらしい。パパ達とどんな約束になってるかは知らないけど、どう見ても好きで関わってくれてる感じよね。キョウさんはもう、身内扱い!?ショウ、恐ろしい子。


 そんな凄いメンバーに震えつつ、ショウの曲作りは完成に近づいていった。イオナさんはさすがのアレンジで、一部の曲のパートを変更したりして、ショウと楽しく話している。羨ましいな、と見ていたら声がかかった。


「鈴ちゃん、ここ歌ってみない?最初のパート少し高めに変えて女声で歌って欲しいのよね。」


「リンにも歌って欲しいな。」


 私がショウのお願いを断る訳ないじゃない。それに参加できるなんてサイコー!


「えっと、私なんかで歌えそうですか?」


 とは言っても自信は無い、まだ。


「もちろん、アタシに任せてよ。鈴ちゃん声質良いからそれ活かして、良い導入部になると思うんだよね。」


 イオナさんはショウの歌を素敵に変身させてくれる。元々良かったメロディーラインを素敵にしてくれる。


「翔くんのサビ部分を盛り上げるために、鈴ちゃんのキレイなトーンを貸してくれないかなぁ。」


 ここまで言われたらやるしかないよね。


「やります!やらせてください!」


「リン、ありがとう。」


 ショウのこの笑顔だけでもやる価値は十二分にあるよね。


◇◇◇


「急に歌のオファーも受けてくれるなんて、どういう風の吹き回しなのかしら?」


 マネージャーである、不動由香里さんが私の急な方針転換に戸惑っている。由香里さんは私が本格的に芸能活動を始めたときからの付き合いで、今は専属でマネジメントを担当してくれている。


「もちろん、やってくれる事自体は嬉しいのよ。でもこれまでは消極的、言え、完全拒否だったでしょ。理由は聞いておきたいのよ。」


 まあ、これまではショウを刺激したくなかったので、私は歌の仕事はすべて断っていた。過去の記憶につながる事を心配して。


「私の幼馴染の事はご存知ですよね?」


かけるくんね。まだ元気を取り戻してないのかしら?」


「いえ、元気を取り戻してます。両親との思い出だった歌を唱う事も再開して、私も一緒に歌ってるんです。」


「そうなの?」


 先日の別荘で始まったショウとその周りを巻き込んだ騒動を由香里さんに簡単に説明した。


「事務所の一部で妙に豪華なメンバーで配信プロジェクト進めてるって噂聞いてたけど、ここに繋がってたのね。深雪が関わってるのもこれね。」


 由香里さんは色々思い当たる節があるらしい。


「そうなんです。なのでショウの本格的なデビューで万が一私も参加できるなら、万全の状態で望みたくて。歌のお仕事に向けた準備もやりたいんです。」


「まあ、やる気を出してくれる事はありがたいわ。でもやるからには『御園鈴』の名に恥じないクオリティにしていくからね。」


 私の名前も最近は有名になってきている。由香里さんはそれを大事にしてくれる人だ。こちらとしてもショウに負けないように成長したい気持ちがあり、望むところだった。


「じゃあ、来週から歌のレッスンなども組んでくから、覚悟してね。」


「はい!」


 芸能界の先輩として、ショウを助けられる存在になりたい。私は決意を新たにして自分自身の成長に向けて頑張ろうと思っていた。




 そのはずが、まさか、まさか、soaringの動画を配信し始めてすぐに大反響。私個人の歌の仕事より、謎のデュオの女声ボーカルとして世間に広まることの方が先となり、逆に私の個人デビューのタイミングが難しくなるとは。ショウと一緒に、の夢が叶ったでいいのかしら?

 まあ、でもやっぱりショウは天才、超天才だよね。





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突然隣の美少女が歌いだしたら、俺がメジャーデビューって? 水巻 @watering

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