第四話「包丁組合と言いますが、包丁がメイン武器の人は殆どいません」
「うわぁ.....!」
摩天楼みたく聳える巨大なビル群の間を抜ける。この空間は路面がアスファルトではなく、真っ白なコンクリートがどこまでも広がり、とても近未来的な無駄のないシンプルな街並みを地面から再現する。地下なので陽光こそ指さないものの、水色に染まる天井に眩い巨大発光ダイオードがまるで本物の太陽が降り注いでいるように映す。
無駄な花壇や電柱などは存在せず、等間隔ごと置かれている街路樹だけが道を表す。
「不思議な空間だね」
「そうか? 見慣れすぎてよく分からないな」
人だかりかと言われれば、全然そうではないと答える。半径四キロ四方のこの空間を見渡せるほど視界は澄みきり、ビルに一ミリのずれもないおかげで角も見通しがいい。しかし、自分が百八十度回って隅々まで視線を張り巡らそうとするも生命体は確認できないのだ。
「っていうか、ここで何するの?」
リンカが俺に問い合わせる。
「組織加入のための申し込みをするためにここに来たんだ。ここは俺が所属する〈Kka〉、俺たちは包丁組合と呼んでいるが、
同僚曰く、〈セントラルパーク〉と呼ばれるここで、自分が身を落とす場を決める。俺も昔ここで名簿に名前を連ね、しごかれた。
「え、でも私、運動できるかって言われたら出来ないって即答するけど」
「何言ってんだ。確かにお前の運動神経には顎が外れるほど驚いた思い出があるが、今から扱かれればいい」
「えしごかれるの?」
「そうだ。俺もここで教育された。殺し屋になるんだったら誰もが通る道だな」
「......」
「後戻りはさせないぞ?」
「する気は無いよ! もちろん......」
俺の顎にその綺麗な人差し指を突き立てて、
「私が、イオリ君を殺さないとだからね」
「ふっ、俺が寿命で死ぬ前に一人前になってくれよ?」
俺はそう言いながら、歩みを止めてすぐ隣のビルの壁面をなぞる。青く、光を反射しているそれはガラスに見えてガラスではない。全てタッチ搭載有機ELディスプレイだ。普段はガラスを演じているが、登録された指紋で画面をなぞるとたちまち緑色の〈Kkc〉ホームタブが開き、いろいろな機能へのアクセスアイコンが立て続けに並ぶ。
「フウト、後処理すまねぇ。お前のスペースにコーラ置いとくからよ」とメッセ―ジで素早く送信した後、〈おばさん〉を呼びだす。
「Hey, "Auntie," I'd like to introduce you to
この組織の大半はアメリカ人、英語の使い手だ。よってこの組織のトップを務めるお方もイングリッシュを話す。そのため日本出身の俺やフウトは同期の奴らとはまた別に英語教育も施された。並みの会話なら出来ると自負している。
「なぁおい」
「何?」
「今から、俺らの組織のボスが来る。まだ少し時間がかかると思うから先に言っておくけど、かなり怖いから気を付けろ。女性だから同性のお前ならなおかつかもしれない」
「なっ」
「会話するときは『はい』『いいえ』、この二つだけで応答しろ。余分な言葉を挟むと耳を吹っ飛ばされるかもしれない」
「えっ」
「姿勢も重要。全体的に見て前屈みだと殺されるぞ。決して相手の目から視線を外すな。常に捉え続けろ。敬意を示すんだ。最悪の場合俺も八つ裂きかも」
「あっ」
「常に相手より低く。160㎝弱だからリンカは何とかしてその背を縮めろ。言ったように前かがみはダメだ。だからそうだな......垂直に、こうやってやれば......うぐっ」
背中に痛烈な痛みが走る。ぼこっ、と骨が折れそうなほどの音を響かせながら、俺はリンカのすぐ横を吹っ飛ばされかける。ロンダートからのバク宙で足の底を地面に向けたまま着地すると、地面を破砕するほど強く片足に力を加え、急加速してリンカの隣まで接近する。
リンカの目の前に立っていたのは、この組織のトップ、
〈おばさん〉だった。
「遮り、大変失礼しました」
俺はリンカのすぐ隣で埃一つ立てず、忠誠の誓いを行った。
「いいえ。遮りではありません。私の対処法なんぞ教示している点、少し鼻についただけです」
「......失礼しました」
リンカも、俺が忠誠の誓いをしたところで、咄嗟にそれを真似し、隣にひれ伏す。
〈おばさん〉。俺たち〈Kka〉の所属員は、みんなトップのことをそう言う。これは愛敬を込めてのニックネームだ。勿論畏怖の念も込めて。
「あなたは新入でこの組織のことを何も知らないはずです。そこまで畏まらなくてもいいのですよ? 跪くのは早いです」
喋り口は完全に老婆のそれだ。ゆっくりとして芯の通った女性にしては低い声。しかし、隣でリンカを立たせているその姿は、とても〈おばさん〉に見えない。三十代前後の、若き女スパイのような、そういう佇まいだ。
ではなぜ〈おばさん〉というのか。それは、
実年齢がとうに六十を超えていて、この美貌だからである。
「名前は?」
「神々凛花です。十六です」
「年齢は聞かれてから答えなさい」
「あ......すみません」
「よろしい、では今から簡単な面接をします。『早速⁉』だとかそんなつまらないクソったれた反応は要りません。『はい』『いいえ』、詳細を聞かれたら必要な部分のみ要約して手短に話しなさい」
「はい」
俺は横で跪きながら、それらの問答を見た。
すると突然、〈おばさん〉は右手を後ろに下げて......。
―—カチャリ。
持っていた紅い拳銃を、リンカの額数センチの間で突きつけた。
「勿論実弾入りです。ここ〈Kka〉ベースに立ち入れるということは、一流の殺し屋に推薦してもらわなければなりません。見込みを持って当たらせていただきます」
「......はい」
リンカの視線が一瞬だけまだ跪いている俺の瞳に刺さる。
(推薦だって)
(うん、推薦だ)
(ねぇどうすればいいのこれ)
(なんとかやり過ごせ。俺そんな風に〈おばさん〉から脅されたことねぇし)
(はぁ⁉ ちょほんとにどうすればいい⁉ このおばさん目ガチなんだけど!一つ言葉選びミスったら大変なことになりそうなんだけど!)
(うん。頑張れ)
そんな情報を一瞬で交わしたような気がした後、リンカは〈おばさん〉の目に視線をフォーカスし直した。
そして、そっとピストルの砲身を掴んで、更に自分の額に押さえつける。
「な、何を」
〈おばさん〉までも驚いている。
普通、一般人がピストルを向けられたら怖気づいてしまう。それは命が惜しいから。目の前に一発で自分の人生を断ち切れる道具を突きつけられれば、本能的に拒絶したくなる。
なのに、それなのにリンカは真顔で、突き付けられたピストルを掴んで引き寄せるのだ。
〈おばさん〉が思いもよらぬ行動に動揺されているも、リンカは喋りだした。
「私は、自分の命なんかどうでもいいんです。むしろ、その銃でいっそ殺してくれって思ってます。ほんとです。それで、ある日自分の大親友が一流の殺し屋だってことを知るんです。神様が自分に与えてくれた慈悲だと思いました。いろいろアクションを起こし、遂にあと少しのところまで来ました。でも自分を殺してはくれませんでした。でもその時、その大親友がたった一つ、条件付きでそれをしてくれると言ったんです。その条件は『俺を殺してくれ』。正直びっくりしました。でもその人は頑固で強くて、果物ナイフ一本では殺せません。だからいつまでたっても自分を殺してくれない。だから、私が『包丁』で殺す、その力が欲しいんです」
「......」
リンカの表情は真剣だった。ある一つの太い芯で成り立っているその言葉は、どこもへし折れなかった。
とても美しかった。少女は、突き付けられた銃口に思いを馳せるよう、ぐっと強く握っていたその姿は、LEDで輝くこの中央〈Kka〉の光を反射して輝いた。
「......分かりました」
おばさんが、リンカの手から離れたピストルをさっ、と腰のホルスターへしまうと、「ふぅ......」とため息を吐きながら、何かを決めたように一瞬だけ頷いた。
「あなたを歓迎いたします。ようこそ〈kitchen knife association〉へ」
―—君の瞳は蝋色だった。
殺し屋じゃ駄目ですか――。 凛 @Lin_s
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