学校でキモチワルイと言われ続けていたのでいっそ顔を剥がして登校することにしました

山神ヤシロ

本文

高校に入学した時から、

ふしぎなことが起こった。


入学そうそう、

新しいクラスで、

初日から妙に

リーダーシップをとれていた、

三人組の男子が、

(あとから知ったのだけど、

地元の子供らに顔のきく、

いわゆるゆうめいなワル三人組

だったらしい)


「なんだこいつの顔、

キモチワルイな!」

と僕の顔を指差して

げらげら笑った。


いっておくけど、

小学校、中学校と、

顔がキモチワルイなどと

言われたことはない。


女子に人気だったわけではないが、

林間学校のダンスの

相手を決める際に、


女子の間で特に

「あの子とはヤダー!」等

もめることもなかったので、


たぶん、、


きっと見た目は、

良くも悪くも

「中の中」なのかな、

と思ってた。


それが新しい高校で、

「キモチワルイ」と

不意打ちをくらい。


「え、なに?」

と、固まったまま、

とにかく作り笑いをして

聞き返した、その表情が、

マズかったらしい。


翌日には、

クラス中の男子の間で、

「え、なに?」

「え、なに?」

と、ひきつった笑顔をパロディにして

やりとりするのが

大流行していた。


三日目には、

女子たちが、

「早坂くんはキモチワルイ」と

ひそひそ言い合う世界になっていた。


なんだこりゃ。


わかったぞ。


ウィルスだ。


パンデミックだ。


僕の顔がキモチワルイと

見えてしまう疫病が

伝染拡大しているんだ!


いや、、、もしかしたら、

顔がキモチワルイになっていく

特殊なウィルスに、

僕一人がやられたのかもしれない。


・・・なんて言っている

場合じゃなかった。


席替の時も僕の隣が誰になるかで

くじ引きになる。


体育の時の二人組での

ストレッチの相手も決まらない。


トイレでおしっこをしていたら

周りを取り囲まれて覗かれて、

「毛の生え方もキモチワルイ」

と言われる。


トイレから戻ったら、黒板に、

「早坂はシタの毛の生え方もキモチワルイ」

と書かれている。

女子たちは「いやだー」と言いながら

誰も消しにこない。


次の授業は古文だったが、

古文担当のじいさん、

入ってくるなり、黒板を見て、

「シタの毛の生え方に

気持ちいいも気持ち悪いも

ないでしょ?にょほほほ」

と笑った。

(余談ながら、この発言を境に、

この古文の先生も、

「キモチワルイ先生」

ということになった。

ウェルカム!)


これでは学園生活もクソもない。


そういうわけで。


ある朝のことだ。


わかるだろうか、

僕ら高校男子の

悩みのひとつは、


びみょうな生え方をする、

ヒゲである。


毎日剃るほどでもない。

でも剃らないと

ますますキモチワルイ。


そういうわけで、

鏡の前で(親父の)カミソリを

(勝手に)使っていたら、


ヌメリっと、

カミソリが顔の皮膚の中に

入り込む箇所があるのに

きづいた。


右アゴの下あたり。


なんだこれ。


そう思い、

カミソリが入ったところに

人差し指を持っていくと、


そこに、割れ目がある。


そこに指を入れて、

引っ張ると。


まるで昭和の「探偵・怪盗モノ」か、

あるいは『ミッション・インポシブル』の如く、

顔の皮膚がマスクのように、

ズルズルと剥がせることがわかる。


やった。


このキモチワルイ顔と

オサラバできる。


この下にある顔が何であれ、

きっと現状よりはマシだ。


そう思ってグイグイと

顔の皮膚を引っ張っていくと、

すぽんと顔の皮膚が剥がれ、


中からは、

『名探偵コナン』のアニメに出てくる、

「犯人(の、まだ誰かわからない時バージョン)」

みたいな、

真っ黒な影の中に、

目と口だけが浮かんでいる、

そんな顔が出てきた。


あー、なんか凄いことになったな。


でも、これなら、

キモチワルイというのとは、

違う感想を得られるかもしれない。


僕は食卓に向かい、

トーストを食べ、

母親に、


「これ、もしかしたら、

後で使うこともあるかも

しれないから、

どっかしまっといて」

と顔の皮を手渡し、

「そいじゃ行ってきます」。


電車に乗っていると、

周囲の人たちも、

ソワソワと僕のほうを見る。


「あのう、君、、、」

中年のサラリーマンが、

おそるおそる、聞いてくる。

「それは、やっぱり、あれかね?

『名探偵コナン』かね?」


「いいえ、違います」

僕は、キッパリと答える。


そのまま登校し、

教室の席に着く。


朝会前の賑わいが、

一瞬でシンとなる。


僕は普通に授業を受け続ける。

なんかいつもと様子が違う。


あまりに違うので。


様子をもう少し確かめたいと。


昼休みに、

トラウマになっていた、

男子トイレに入り、

そこで立って待ってみる。


以前、僕の毛のことを笑った

男子グループの一人が入ってきて、

僕を見て、アワアワする。


ちょうどよかった。

こいつに訊いてみよう。


「ねえ、僕の顔って、

キモチワルイ?」


その男子はワナワナと震えながら、

「キモチワルイというか、、、

あの、、、その、、、凄い」

と言った。


「これでも凄いかぃ?」

とワケのわからないことを言って

前へ進み出ると、

その男子はあわててトイレから

出ていった。


ああ、これはいい。


キモチワルイと言われ続けるよりは

避けられるほうがはるかに

気は楽だ。知らなかった。


調子に乗った僕。


午後は体育の予定だったが、

この顔だと「ストレッチを誰と組む」問題で

ますます、かなり、揉めるな、と思ったので、


体育の始まる前に職員室に行き、

「先生。なんか体調わるいので早退します」

と言うと、


むしろ担任の先生、

安心したように、

「おお、そうか!帰れ。うん、帰れ。

帰って、なんなら、しばらく休んでもいいぞ」

と言ってきた。なんだこいつ。


まあいいや、

憂鬱な体育に出なくてよいとなれば。


僕はカバンをもって

真昼の校門から堂々と

外に出るものの。


そうは言っても両親は共働き、

家に帰ってゲームをやるのもくだらんし。

いつもは登下校に通るだけだった、

この町をたまには散歩でもしてみようかな。


そう思ってのどかな田舎の住宅街を、

駅の方向とはちがうほうへ、

ぶらぶら適当に歩いていると、


道の向こうから、

今の僕と同じような、


真っ黒な影に目と口だけが

浮かんでいる顔のオトナが

ダッシュでこっちに向かってくる。


なんだあれ、

こええな。


そう思っているうちに、

そのオトナは僕の目の前に立ち、

「きみい!見つけたよ!

いやあ、こんな町にも仲間がいたとはね!」

「なかま?」

「私はこう言うものでね」

と名刺を差し出す。


『前衛的顔無し族表現自由連盟』


「なんですかこれ。

読み方もようわからんけど」


「まさに!」

オトナは声を張り上げる。

「私や君のように、

顔を剥がして生きることを

決意したモノたちの集まりだよ!」


オトナはカバンからパンフレットを

取り出し、僕に見せる。


そこには。


今の僕と同じように

顔がなくなった、たくさんの子供たちが、


集団で座禅を組んだり、

集団でハイキングをしたり、

集団で何か、合唱ぽいことを

やっていたりしている写真が

たくさん載っている。


「こうやって、私たちは、

顔を剥いだ子供たちを集めて、

顔を剥いだモノどうしでの

連帯を深める運動を

しているんですよ」

「はあ」

「あいことばは、

『無い顔でも、上を向こう!』」

「はあ」

「ゆくゆくは、

みんなが投票できる年齢になったら、

私たちマイノリティの存在を強く

政治家にも訴え、支援を得るつもりだ。

さあ、君も、なかまに入らないか?」

「いや僕、こういう顔になった今日、

そうやって群れる人こそが

イヤだったんだって、よくよくきづいたので。

僕は一人で生きますので。

運動、がんばってください」

オトナをそこに残して、

僕はスタスタと歩き出す。


やがて家に帰る。


まだ両親はどちらも

帰ってきてはいなかった。


テレビをつけると、

ソビエト連邦の、

スターリンによる国民の

大粛清のドキュメンタリーを

やっていた。


僕は、なんとなく、


もし社会がこういうことになった時は、

「キモチワルイ」と言われることに

耐え続けている人は底辺でなんとか

生きるかもしれないけど、


今の僕のように「みるからに異質」な

見た目になったモノは、

積極的に殺されて、掃除されるんだろうな、


と思った。


でも、そうなりゃ、そのとき、仕方ない。


と思って、やりかけのゲームを

今日くらいにはそろそろ

クリアできるかなと、

僕はゲーム機のスイッチを入れた。

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学校でキモチワルイと言われ続けていたのでいっそ顔を剥がして登校することにしました 山神ヤシロ @yashiro-yamagami

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