第1話 初夏

「正成くん大きくなったねぇ」

「はぁ。どうも。」


運転席に座り親しげに話しかけてくるのは幼馴染であり親友だった結菜の母親。節子さんだ。駅まで車で迎えにきてもらったのだ。


「正成くんが東京にいってから寂しかったのよぉ?」

「2年前ですからそんなに」

「私は結菜や遥馬くんと一緒に大きくなっていくものだと思ってたからあの時はびっくりしたわぁ」

「いやぁ。言うタイミングとかわかんなくて」

「結菜も遥馬くんもすごい驚いてたわよ」

「そういえば一人暮らしには慣れた?」

「そうですね。自堕落にならない程度には」


俺は曖昧な笑みを浮かべて2年ぶりの故郷の景色を眺める。

俺は15年間暮らしたこの街を2年前飛び出して東京に行った。それから結菜や遥馬と連絡を取り合っていない。これからあいつらと会うとなるとすごい落ち着かない気持ちになる。

どんな風に話してたか思い出せない。


「そろそろ着くわよ」

「はい」


考えのまとまらないまま俺は2年ぶりの街の空気を吸った。


「東京より綺麗ですね。空気」

「そうかもね」

「車ありがとうございました。」

「いいのよぉ。正成くんはもう息子みたいなもんなんだからぁ」

「せっかく帰ってきたんだから荷物置いたらお母さんに挨拶してきなさい」

「そうですね。そうします。」


俺は車から荷物を取り出して鈴川家の前に立った。俺は夏休みの間。鈴川家にお邪魔することになっていた。


「お邪魔します」


節子さんが鍵を開けてくれると玄関から少し懐かしい香りがする。

小学生のころはいつも三人で集まって遊んだものだ。場合によっては誰かの家に集まることも珍しくなかった。


「変わってないですね」

「そうね。懐かしくていいでしょ?」

「たしかにそうですね。」

「正成くんの部屋は結菜の部屋の隣だから」


俺は昔の記憶を呼び覚まして考える。

たしかに昔結菜の部屋の隣に部屋があったが理由は思い出せないが入ってはいけないと言われた覚えがある。


「ありがとうございます。お世話になります」


俺は玄関のすぐそばの階段を登って結菜の部屋の隣の部屋のドアを開ける。


その部屋は畳んである布団と小さな机と椅子があり、壁に窓が一つある小さな部屋だった。

俺は荷物を下ろしてからポケットにスマホとイヤホンを入れて手に色褪せてボロボロになったミサンガを結んでから鈴川家をでた。


目的の場所に着くと少し寂しい気分になる。

俺は手を合わせて目を閉じた。


そう。俺の母はもうこの世にはいない。

母は3年前突然病に倒れた。俺にはそれが辛くて目を背けて、逃げるように東京に行った。金銭面などは祖父が助けてくれたため東京で生活することができた。その時からここは俺にとって母のいない故郷となった。

そして2年間帰らなかった。

これが俺の東京に行ったくだらない理由。そして帰らなかった理由。


「母さん。ただいま」


俺はふと仏壇に添えられているお供物を見る。とても新しいように見えた。お線香も新しいものがあった。最近誰かが来たようだ。

親戚の誰かだろうか。ただ母に会いにくるのは母の父つまり祖父しかいない。祖母は俺が赤ん坊の頃に他界した。

後でお礼しなきゃな。


俺は立ち上がって鈴川家に帰ろうと思い、きた道を歩き始める。


____________________


「戻りました」


俺は玄関の鍵を閉めながら言うとリビングの方から節子さんの声が聞こえる。俺がリビングのドアを開けると節子さんは料理をしていた。


「おかえりー!」

「ご飯もうすぐだからもう少しだけ待ってて。あと結菜が帰ってきてないのよね」

「え?まだなんですか?もう7時前ですけど」

「そうなのよね。まあでももうすぐ帰ってくると思うけどね」


すると玄関の方でガチャガチャと音が聞こえる。


「帰ってきたっぽいね」

「そうですね」


そんな会話をしているとリビングのドアが開いた。


「ただいま」


俺は息を呑んだ。

幼稚園青春ころから綺麗な黒髪のロングヘアが特徴だった結菜はショートカットになっていた。耳にイヤホンをつけてラフな格好をしている結菜は2年ぶりにあっただけなのにとても美少女に見える。あの結菜ではなく別人のようだ。


「あ。しげだ!おかえり!」


俺に気づいた結菜は目をキラキラさせて笑顔で言う。そうだ結菜は俺をしげと呼ぶんだ。そんなことすらも忘れてしまった自分におどろいた。


「ただいまユイ」


俺は結菜のことを昔からユイと呼んでいた。呼び方ひとつで戻れるとは思えないが昔のような感じがして少し嬉しくなる。

そのあと俺はご飯をいただいてから部屋で寝ころがっていた。


時計を見るともうすぐ12時になるころだった。ぼーっとスマホを眺めているとドアが開けられる。


「しげー!」

「んだよ」

「こんな可愛いレディに勉強を教えられるチャンスあるんだけどぉ!」


ユイの手にはペンと数学とかかれたノートがあった。


「可愛いレディは深夜に男の部屋に数学のノート持ってノックなしで乗り込んでこない」

「細かいことは気にしたらだめだよ〜」

「でさ二項定理おしえて」

「それ初めの頃の内容じゃね?」

「うん。初っ端からわかんない」

「てかまずなぜ教える流れになっている」

「教えてくんないの?」


上目遣いで覗き込むようにユイは話しかけてくる。体温が上がるのがわかる。悔しいけどユイは可愛かった。


「…教えるけど」

「わーい!やっさしぃ!」


それから一時間くらいたっただろうか。俺はユイの勉強会に付き合わされていた。問題を解いているユイの横顔を眺めていると不意に目が合った。


「しげ彼女できた?」

「できるわけ。万年非リアだぞ」

「そっかぁ」


そういうとユイは少し微笑んだ。


「なにわろてんねん」

「いやぁ可哀想だなぁとおもって?」

「張り倒すぞ」

「いやん」

「お前はできたのか?彼氏」

「いないよ。だって好きな人いるし」

「へぇ。あのユイがねぇ」

「ひど!2年前にはもうすきだったのに」

「え!何年恋してんのよ」

「ざっと6年以上は」

「なっが」

「一途なんで☆」

「誰?俺知ってる?」

「知ってるよ1番よく知ってるんじゃないかな」

「だれだろ」


俺が考えるとユイはにへらっと笑った。


「ちょっと飲み物とってくるわ」

「え?いいよ私いくよ」

「お前はその壊滅的な数学なんとかするのに集中せい」


俺はリビングに降りて麦茶をもらいに行く。鈴川の家は冷蔵庫に必ず麦茶のペットボトルが入っている。

俺は2本その麦茶をもらって部屋に戻る。


すると机に突っ伏して眠るユイがいた。

寝るの早すぎだろ。いなかったの3分くらいだぞ。

俺は麦茶を机に置いてからユイの隣に座る。

時計を見ると一時半になっていた。

肘をついてユイをみると汗ばんだ髪が口元に張り付いている。俺は窓を少し開けて外の涼しい空気を入れる。

そして張り付いていた綺麗な黒髪を指で取ってやると気持ちよさそうに眠りだす。


こいつは大丈夫なのか。仮にも男の前でこんな無防備で。いや信用されてるって言えるか。俺は苦笑しながらユイの髪を触る。

昔からサラサラでいい匂いがする綺麗な黒髪。ロングも好きだけどショートにあってんじゃん。なんて小さくつぶやくとさらに反応したようにユイは寝言のように小さく声にならない声を漏らしている。


「おーいユイおきろー。自分の部屋で寝ろー」

「んー」

「ここで寝るのか?」

「…ん」

「ダメだって自分の部屋行け」

「……」


返事がなくなりまたすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえ始める。


はぁ…これは合法。俺は悪くない。悪くない。

そう思いながら彼女を抱き上げると敷いてある俺の使う予定だった布団に寝かせた。

再会した日に人から布団を奪うような幼馴染であり親友は本当にロクでもない。


そう考えて俺は椅子に腰掛けて目を閉じた。

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この恋はプロローグじゃ語れない らにあ @tatsuya8

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