第3話 奴隷将兵よ、誇りを掲げよ

 きっと、これもオイラ達の生まれのせいだと、一人の亜人は心で毒づいた。

「さっさと歩け!今夜までには部隊に配給品を送るのだ、この亜人共が!」

 亜人の上官である男が、威厳を示すために持っている指揮棒を振るう。だが、よく見ると、上官の制帽は少し汚れており、乗っている馬も一流の軍馬ではなく、輸送用にと格下げされたただの農耕馬である。だが、そんな上官に従うように、様々な亜人種が後に続く。巨人奴隷が大きな鎖をもって、魔道筒を満載に積んだ荷車を引き、人馬種がその背中に大量の糧食を積む。それを周囲を囲うようにほかの亜人種が警戒しながら前へと進む。

 それが、彼らの日常であった。




 シュトルム第三帝国の歴史とは、亜人種の迫害から始まる。

 元をたどると、グーテルム大陸中央部に存在する大国家、ヴァルハラ公国で勝手に国王の正統血族を名乗っている貴族、シュトルム家の三男が大陸西部にもとよりあった亜人の帝国へと亡命し、そこを乗っ取ったのである。

 亜人種、正確には『幻想種』と呼ばれる人種は、人とと呼ばれる生命体よりも優れた身体能力や魔力を保有しており、それ故に知識や学問を軽視する傾向にある。また、彼らは長寿種や短命種が多く、文明を維持する・後継することが苦手であった。そこを突いた当時の皇帝、ケーニッヒ・フォン・シュトルムは、人類が得意とする知識を活用し、瞬く間にクーデターを画策、クーデターに参加した亜人種には新たな土地を約束し、これを成し遂げた。

 だが、ケーニッヒ・フォン・シュトルムが皇帝の座に座ると、彼は亜人種が求めていた領地を褒美として献上せず、彼らをやせ細った荒地へと幽閉した。亜人種はそれに抵抗したが、当時のクーデターで長寿種はほとんど死亡しており、短命種ばかりの亜人種連盟では、知識という系譜によって発展した人類にはなすすべもなかった。

 最終的に、亜人種はシュトルム第三帝国では、奉仕を行う奴隷種族として生存を認められ、人類は彼らから簒奪した資源や資産を持って、大陸第三大国へと発展を遂げたのであった。




「……なんでオイラ達が、こんな目に」

 帝国軍第一〇一補給部隊に所属する亜人、ガメルンはこっそりと愚痴をこぼす。ガメルンの種族は、短命種の中でも小柄な種族ある『仮面種』であり、この部隊では斥候役を任せられていた。だが、彼の種族のアイデンティティである仮面は着ける事を禁止され、得意の音楽を用いた魔術ではなく、その身には大きすぎる魔道筒が武器であった。

 そんな彼だが、ボヤキながらも己の職務に全うしていた。彼らの補給部隊は、旧帝国‐共和国国境を越えた先、第三皇女ミレニア・フォン・シュトルム皇女が切り開いた前線拠点へと物資を運ぶ途中であった。だが、その際に散発的に共和国軍の反撃にあい部隊がはぐれ、彼は上官に命じられて近くにあった放棄された農村の斥候へと単独で向かっていた。

 「えらく静かだな……。恐竜野郎共は後退したってのは、本当なんだな」

 ガメルンは魔道筒を構えながら、恐る恐る建物の中を調べる。既に元住んでいた農民も、ここを拠点にしていた共和国軍も既におらず、撤退時に持ち切れなかった糧食や爆破処理が間に合わなかった弾薬に武器、そして鎖につながれたままの家畜などが残されていた。ガメルンは家畜たちの鎖を解いてやると、そのまま逃げ去っていく様を見て手を振る。

「オイラ達みたいになるなよー」

 そのまま、彼は村の中心にある大きな教会へと足を向けた。農村によくある石造りの大きな教会だが、ガメルンはこれまでの戦いで、こういった建物が最も脅威であることを認識していた。

「立てこもられても困るし、頑丈だがら壊すのも一苦労なんだよなぁ」

 そっと両開きの扉を開き、トラップの確認をする。そっと足元に指を這わせ、ワイヤーや不自然な床を探し、問題なしと扉を開ける。中は長椅子や説教台、そして大きな円を描くモニュメントが掲げられていた。大陸で最も信者のいる原理教だ。

 ガメルンはそんな協会の長椅子に座ると、先ほど民家から拝借した固い黒パンをかじる。そうしてただぼーっと、教会の説教台を眺めていた。現在の帝国では、そもそも崇拝することすら許されず、皇帝崇拝が行われている。そのため、彼の住む第十二収容所でも、教会はすべて取り壊されてしまい、今では跡地に趣味の悪い皇帝の彫刻が立っている。

「なーにが皇帝だ。オイラ達の国を荒らした負け犬のくせに」

 愚痴と共に、長椅子を蹴とばす。ガメルンの曽祖父は、当時のクーデターに参加しており、その際には短命種である彼らの種族も貴族の仲間に入れるといわれ、肥沃な農場と貴族特権の為に戦った。だが、その結果は、名ばかりの湿地ばかりの農地と、紙切れ一枚で行われた迫害だった。曽祖父はその怒りで帝都より派遣された軍人に殴りかかり、そのまま殺された。ガメルンが聞いた話では、見せしめの為に死体は木に吊るされたらしい。

「悪いのは全部あの皇帝だろうが。今だって、オイラ達が戦争を始めたわけではないのに」

 ガメルンは懐から映写結晶で撮った写真を取り出す。そこに映るのは、彼の家族。全部で八人兄弟であったガメルン家族は、末の妹と母以外はすべて徴兵されてしまった。それぞれ足りない部隊へと補充されたらしく、つい最近に人づてで三番目の兄が戦死した事を聞いた。

 くしゃり、写真を握りしめる。小銃を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。

「……戻らないと」

 



「遅いっ!何をしていた!」

「はっ、申し訳ございません。斥候のご報告をさせていただきます」

 その後、ガメルンを待っていたのは苛立った上官と、疲れを滲ませた亜人達であった。散り散りになった彼らの部隊は、既に人類は上官一人になっており、他はすべて亜人達であった。巨人種である者は長時間荷物を引いているため、既に動く事さえ困難であり、人馬種の青年は慣れない重労働で足をやってしまった。だが、上官はそんな彼らを使いつぶすように前進を命令し続けていた。

「つまりは、あの村は誰もいないというのだな」

「はっ、その通りであります」

「そうか。全員、村へ移動しろ!そこでしばし休息をとる」

「「「ハイル・シュトルム!」」」

 そうしてまた、上官の乗る馬を追う作業が始まる。部隊の亜人たちは疲れ思うよう に動かない体に鞭を打ちながら、補給物資を決して紛失しないようにつかんで進む。   それはガメルンも同じだった。

「おい、ガメルン。なんか飯もってないか?」

 そんな中、仲間の一人がガメルンに問いかけてきた。彼は、北部の小鬼種の出身らしく、同じ短命種であるため、ガメルンと仲の良い戦友だった。

「……上官殿に見られるなよ。というか、村に着いたら皆に分けるつもりだったのに」

「へへっ、悪いな」

 しぶしぶと、ガメルンは懐や背嚢に隠していたパンを取り出し、こっそりと仲間たちに配る。仲間達は上官に見つからないようにこっそり荷物に隠し、口々にガメルンに礼を言う。ガメルンにとってはいつもの事であり、いいよと手を振る。そうして彼の頭にあるのは、後で巨人種の人たちにも、少ないだろうがパンを分けてあげないとといった事だった。

 ガメルンは、亜人達でいがみ合うのは間違っていると考えている。実際、クーデターを起こされた原因は、亜人種同士で排斥しあっていたためだと、彼は両親から教わったからだ。だから、彼は例え相手がどう思うとも、こうしていつも斥候時に手に入れた食料や武器弾薬を分けている。そのためか、仲間も亜人種達は彼を信頼しており、そのおかげで彼は今日まで生きている。

 そうして村に着くと、上官は彼らに周辺を防衛するように命令すると、さっさと建物へと引っ込んでしまった。

「どうせ、慣れない乗馬で腰でも痛めたんだろ。アイツ、箱入り貴族みたいだったし」

「違いない、どうせ戦闘が始まったら俺らを盾に逃げるだろ」

 上官に聞こえぬように、ガメルンは仲間たちと共に愚痴をこぼす。その間にも、彼は仲間に食料を分け、貴重な医療品を用いてケガを治療する。帝国軍では、亜人種に対する医療品の使用は全く行われないため、この医療品も敵からの鹵獲品である。

「アンタ、足はもういいのか?」

「あぁ、悪いなチビ助。おかげでだいぶましになった」

「いいよ。アンタみたいな立派なケンタウロスに褒められちゃ、オイラもうれしいさ」

 足を痛めてしまっていた人馬種に薬を分け与えながら、ガメルンはそっと遠くにある森を見ていた。大きな杉の木が生え渡る森は全く中を見通すことができず、ゲリラ戦へと移行しつつある共和国軍ならば、あそこに隠れているとガメルンは睨んでいた。だからこそ、彼はそれを仲間達に食料を分けながら伝えていた。

「だから、あそこが怪しい。悪いが、筒を一応向けてくれないか」

「あぁ、分かった。貴様みたいな短命種に命令されるのは癪だが、お前の感はよく当たるからな」

「オイラの感を信じてくれて、ありがとうな」

 最後に、巨人種の二人に一番大きいパンや腸詰を渡すと、ガメルンは今夜の寝床として決めていた厩へと戻る。そこには、既に同族の仲間が集まっており、ささやかな夕食会を開いていた。

「おっ、ガメルン。遅かったな、またおせっかいか」

「そうだよ、ハメルン。いつものだ」

 ひょいと、彼が背嚢から隠していた酒を取り出すと、仲間達は嬉しそうにそれへと手を伸ばす。一杯だけだぞというガメルンも既に口をつけており、そのまま彼は厩の窓から外を眺めていた。

「戦争、早く終わんないかなぁ……」

「無理だろ、どうせ。俺達奴隷人種様には、恐れ多くも殿上人たる皇帝様のお考えなんて、分からないさ」

「違いない、頭にガラクタとおがくずたっぷりの皇帝様なんて、俺らには分からんさ」

 そういって、仲間達は押し殺すように笑う。それを見ていて、違いないとガメルンも笑った。




 それは、いつもの様にやってきた。

 突如響いた爆音に、ガメルンは飛び起きた。

「敵襲だ!みんな起きろ!」

 鳴り響く砲撃の音だろうか、それとも共和国お手製の火炎壺か、次第に聞こえてくる魔道筒の音と共に、ガメルン達は厩を飛び出し、防衛陣地に決めていた畑の近くへと向かった。既に仲間達は応戦しており、巨人種によって動かされる大型の魔道筒は天を燃やすがごとく、砲弾を撃ちだしていた。

「何をしている!さっさと反撃しろ!」

 飛び起きてきたらしい上官が、そうガメルン達へと命令する。よく見ると、その手には小銃すらなく、本当に飛び起きてそのまま駆けてきたのだろう。

「仕方ない……。みんなはオイラについてきてくれ、巨人の二人と、ケンタウロスのニイちゃんはそのまま反撃を頼む」

「おい貴様、誰の許可で命令をしている!この汚らわしい亜人のくせに!」

 ガメルンが作戦を立て始めると、すぐに上官がかみついてくる。それを聞いて、全員が顔をしかめながら、また始まったとあきれる。実際、こうして部隊が離散してしまった原因も、上官である彼が無能な指揮をしたせいである。それを分かっていても、ガメルン達は己に強く叩き込まれてしまった、奴隷としての在り方のせいで反逆できない。もし、ここで上官に反逆しようものなら、祖国にいる家族がどうなるか分からない。

「……了解しました」

 だから、こうして口をかみながら耐えるしかない。

 だが、今回は違った。

「……おい、黙れよおっさん。いつも舐めた口ききやがって」

 ケンタウロスの青年が、上官へと小銃を向ける。

「貴様!上官に対して何のつもりだ!」

「知るかよ。人類様は、今はお前だけだ。ここで死んでも、流れ弾って事になるだろ」

「ッ⁉」

 その言葉を聞いて、他の亜人種達も次々に小銃を上官へと向ける。上官も反撃しようと腰に手を伸ばすが、その手は空を切るだけであった。

「……どうする、ガメルン。俺はお前に従うぞ」

 ケンタウロスの青年は、ガメルンへと聞く。

「俺も賛成だ。ガメルンなら、何とかしてれる」

「……短命種なのが気にくわないが、お前はいつも正しい事をする。どうするんだ」

 ほかの亜人種も、口々にガメルンに指示を仰ぐ。それを聞いて、ガメルンは心の中で、いつも思っていた事を口に出す。

「これもオイラ達の生まれのせいだと、上官殿は言いますかね」

「なっ、何の事だ⁉」

「オイラ達が虐げられるのも、ゴミみたいに扱われるのも、亜人種だからって」

 ゆっくりと、小銃を頭に向ける。

「当たり前だ!貴様ら、知恵すらない奴隷共が、誰のおかげでここまで生きてこられたと思っている⁉我々人類と、偉大なる皇帝陛下のおかげであろう!」

 それを聞いて、ガメルンはようやく決心した。小銃を構える指が、引き金へをゆっくり押し込む。

「……違うね、オイラ達はオイラ達のおかげで生きてきたんだ」

 銃声。

 ガメルンは先ほどまで上官だった肉塊を踏みつけると、背嚢の下に大事にしまっていた物を取り出す。

 それは、彼の種族のアイデンティティでもある仮面であった。

 ガメルンは仮面をかぶると、仲間達へと向き合う。

「……皆、仕事の時間だ。往こう」

「「「おうっ‼」」」




 銃声や砲撃音が途絶える頃には、日が昇っていた。

 どうにか共和国軍をせん滅したガメルン達は、村の中央に集まっていた。

「で、どうすんだ。ガメルン」

 仲間の一人が聞く。彼も種族の証である黒曜石のナイフを腰に履いており、他の仲間達も帝国に禁じられていた種族の証を身に着けていた。

「簡単だ。オイラ達は、今日から帝国軍じゃない」

 ガメルンは、制服に縫い付けられていた帝国の国旗をむしりとる。

「オイラ達は、オイラ達として、家族を救いだそう。そのためには、共和国軍の力を借りる必要がある」

 その言葉を、全ての亜人達が聞いていた。それは、短命種も長寿種も関係なかった。

「とりあえずは、帝国軍に紛れながら同胞を集めよう」

 そう言い、ガメルンは前へと進み始める。それを追うように、仲間達が付いて行った。



 戦争終結後、亜人種達は皆救出され、独立国を手に入れた。

 そのすべてで、偉大なる亜人、ガメルンの名が叫ばれた。

 レジスタンスとして、戦場を駆け、同胞を救った英雄。

 だが、彼を知る者は、こういった。

「あいつは、ただのお人よしだよ」

 ただ一つ、皆がいう事が一致する事があった。

 確かに、彼は亜人の英雄であると。

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内界世界大戦記 狂い咲く桜嬢 @sakura0721

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