第2話 魔導士よ、孤独を抱け
「第二分隊壊滅っ⁉将軍閣下、ここは撤退すべきですっ⁉」
将兵の叫び声を聞き、少女は閉じていた眼を開く。
統一暦九八七年、シュトルム第三帝国は未だヴァハルス砦を奪取することができずいた。
ヴァルムント王国軍は天然の要塞とも呼べる竜骸山脈を巧みに使用し、その領土を守り続けていた。
そして、シュトルム第三帝国がヴァルムント王国軍へと宣戦布告をして既に数週間。未だ各軍はヴァハルス砦を取り合う攻防戦を続けていたのだった。
「いや、撤退は許されない。我ら帝国は前進を求めるのみ。進めぬならば戦友の死骸を踏み荒らし、彼らの汚泥を啜り這ってでも進め。それがシュトルム第三帝国の意思である」
少女は信託を受けた巫女の様に言う。そうして役回りに持たせていた剣槍を持ち、マントを羽織る。
「我、シュトルム第三帝国第三皇女であるミレニア・フォン・シュトルムの名において将兵に命ず。前進せよ!我が手を愚かにも打ち払った愚かな王国に神の鉄槌を与えるのだ!」
少女、ミレニア第三皇女の号令の元帝国軍は一斉に叫ぶ。
「「「ハッ、我ら地上に降りし神の代行者なり!ハイル・シュトルム!皇帝万歳!」」」
将兵が剣を天に掲げ、奴隷である亜人種が平伏する。帝国の威信はここにあり、まさにその言うかの様に兵士達は叫ぶ。
「我が騎士ハインリッヒ!私も前線に行く、付いてこい!」
ミレニアは役回りが連れてきた馬へと騎乗し叫ぶ。それに答えるかの様に一人の騎士がミレニアヘと兜を恭しく渡す。
「えぇ、貴方が向かうのであれば地獄でもお供いたしましょう」
ハインリッヒと呼ばれた騎士は腰に佩いた剣を抜き後ろに控えた騎士たちに言う。
「親衛隊、行くぞっ!」
「「「ハイル・シュトルム!」」」
「我に続けっ!帝国万歳っ!」
帝国の伝統とも言える指揮官を先頭とした楔形陣形、その最前線でミレニアは叫ぶ。
どうか、この戦争が一日でも早く終結するために。
統一暦九八七年、シュトルム第三帝国がヴァルムント王国へと宣戦布告をする数か月前。ミレニアは自分の従属騎士であり役回りのハインリッヒを連れ帝都シュトルムを歩いていた。
「……酷い物だな。我らが誇る双頭の四枚鷲は翻っているがこの有様とは」
「……姫様。言葉を慎んでください。臣民達に聞かれます」
「そうだな。私はこのまま王城へと向かい父上と謁見する、お前は控えの間で待て」
ミレニアは堂々たる足取りで大通りを歩く。彼女を見た国民は皆平伏し忠義を示す。しかし、ミレニアが見るのは彼らではなく街並みだった。
華やかであるはずの大通りは今では活気を失い、魔導石で築かれた建物は所々補修工事が終わっておらず木材などで代用している。それも建築に従事していた魔導士が軒並み兵士へと徴兵され戦場で散っていっているからだ。
「父上は臣民を何だと思っている……。このままでは我ら帝国は滅びの道を進み続けるのに」
まだ人類種の住む地域はこの程度で済んでいるが、奴隷である亜人種の住む地域はもっと酷い。男はほぼ全て強制的に徴兵され、一部奴隷街では今年の冬を越せない場所も現れている。環境が悪化し、感染症が流行り住民がいるのに廃棄された強制収容所も数えきれない。
「姫様は優しすぎます。愚かな劣等生物は我ら偉大なる帝国臣民の為にその身を尽くすのが礼儀なのですよ」
「……ハインリッヒ、その考えは嫌いだと何度言わせる。彼らとて奴隷であれ我らが帝国臣民。ならば彼らの事も気に掛けるのが皇族である」
ミレニアはそう零しながら王城へと入る。すぐさま王城で控えていた彼女の親衛隊である従者達が後ろに付き続く。
「さて、皆はここで待て。私はこれより謁見する」
「はっ、姫様。ご武運を」
ハインリッヒの言葉にミレニアは思わず笑みを浮かべる。
「別に死地へと向かう訳じゃないんだ。気楽にいくさ」
「シュトルム第三帝国第三皇女、ミレニア・フォン・シュトルム様!ご謁見!」
大扉を開く従者が声を張り上げる。それに答えるようにミレニアは堂々と王座に座る父親、ガレス・フォンシュトルム皇帝の前に平伏する。
「父上。第三皇女ミレニア・フォン・シュトルム、御身の前に」
「……ご苦労。表をあげよ」
低く、しかし全身に響き渡る王の声がミレニアを包む。
顔をあげると、皇帝は彼女を一度見ると言う。
「我が娘、第三皇女ミレニア・フォン・シュトルムに命ず。これより我らシュトルム第三帝国はヴァルムント王国へと越境する。その指揮官として、我ら双頭の四枚鷲を奴らの国に突き立てよ」
ミレニアはその言葉に対し、ゆっくと、しかし毅然とした態度で答える。
「はっ、我ら双頭の四枚鷲に誓い、必ずや勝利と栄誉を皇帝に」
「……私を失望させるなよ。アルマリアの娘」
「………………はっ」
ミレニアは震えそうになる声を何とか隠し答える。皇帝は話はここまでと言うかの様に手を振り、ミレニアはそれに答え王座の間から退出する。
「姫様、やはり我らは」
控えの間に向かうとハインリッヒが駆け寄り聞いてくる。それに対してミレニアは呻くように言う。
「あぁ、我が騎士ハインリッヒよ。我らはこれよりヴァルムント王国へと越境する。兵を庭に纏めよ、私も後より向かう」
「……ハイル・シュトルム。かしこまりました」
ハインリッヒは何も聞かず掛け合いで親衛隊を連れ走る。ミレニアの方は自室である部屋へと向かい、扉を閉じる。
足が震える。ミレニアは崩れ落ちる様に床に座る。
「……どうして」
実の所、ミレニアは正式な皇族ではない。彼女の母、アルマリアは平民であり皇族兄弟からしてみれば彼女は妾の子。故に常に彼女の味方はいなかった。
だから、ミレニアは力を求めた。
必要だから魔術を習い、魔導士となった。
盤石な地位を築くため、騎士を向かい入れ己だけの軍を編成した。
数多の戦場で立ち廻り、鮮血皇女と言う不名誉な二つ名を背負った。
「……それでも」
父である皇帝は、彼女を認めない。
父親である愛情は、一欠けらも見られない。
「それでも、私は歩き続ける。皇女として、一人の兵士として」
立ち上がり、壁に掛けられている剣槍を手に取る。
魔導士が持つ杖や剣とは違う、彼女専用の触媒。創世記、恐るべき雷霆を封じ込めたとされる王家の武器。それを持ち、彼女は戦場で戦う。
「それを、皇帝が望むのであれば」
戦い続けなくてはいけない。この命が尽きるまで。
「私に続けっ!軍旗を掲げよ、我はここにあり!」
「「「ハイル・シュトルムっ‼帝国万歳っ‼」」」
馬に乗り、ミレニア達は一斉に突撃を慣行する。親衛隊の一人がミレニアを表す軍旗を掲げ、周囲の兵士が歓喜に湧く。
「おいっ、あれって!」
「そうだ!ミレニア様だ!」
帝国兵は軍旗を見て口々に叫ぶ。軍旗に描かれたのは羽根を捥がれた双頭の鷲。妾であり、皇族としても未だ認められぬミレニアらしい軍旗である。羽根を捥がれた双頭の鷲は飛べぬ身体を引きずり、死体を貪る。まさに鮮血皇女の名に相応しい物だ。
「鉄騎は全機援護射撃!続ける者は我に続けっ!」
一気に最前線まで駆け抜けると前線の兵士に命令を下す。彼らはミレニアの姿を見て素早く立ち上がり武器を手に取り馬の後ろへ続く。人馬共に巨大な楔を描き突撃する姿は誇り高き帝国兵の神髄とも言える物だった。
しかし、そのような突撃は長くは持たない。
「ッ⁉思ったより敵の対応が早い。振り落とされるなっ!続けっ!」
王国軍は最初は驚きで攻撃が遅れたがすぐに立ち直し、魔導筒での火線を組み攻撃を再開する。数多の銃弾が戦場を飛び交い、屍の山を築く。ミレニアの突撃に付いてきた歩兵たちは速度の邪魔にならぬようその場にとどまり射撃を開始、彼女達騎兵隊を王国軍の喉元に喰らい付ける様に援護をする。
「姫様を御守りしろ!」
ハインリッヒの号令と共に親衛隊がミレニアを囲うように移動する。
「「「我らの鎧を貫ける物なら貫いてみよ!帝国万歳っ!ハイル・シュトルム!」」」
親衛隊達は魔導で強度を上げられた大楯やハルバードを持ち突き進む。小銃を持った者は敵を撃ち抜き、肉薄しようとする敵にはその手に持つ巨大な得物で文字通り串刺しにする。
「雷霆よっ!我に力を!」
ミレニアの方も手に持つ剣槍を振るい魔導を組む。放たれる雷撃は王国軍の身体を焼き滅ぼし、その肉体すら破壊していく。
そのような形で突撃を続けていると、一騎の恐竜騎兵が突撃してくる。
「一騎来ます!」
「怯むなっ!突き進め!」
親衛隊達は一斉に射撃を慣行。しかし、その騎兵はひるむことなく突き進んでくる。手に持った小銃は親衛隊の一人の眉間を撃ち抜く。
「ノイマンっ!」
思わずミレニアは馬から落ちていく親衛隊の襟を掴む。
「姫様っ!速度が落ちます、私の事はっ!」
ノイマンと呼ばれた親衛隊は掴まれていた手を振り払う。
「進んでくださいっ!帝国万歳っ!」
ノイマンは落馬し、グキリと嫌な音と共に首があり得ない方向へと曲がる。それを見たミレニアは悔しそうに呻きながらも前を向く。
「よくもっ!雷霆よ、我に怨敵を撃ち抜く加護を!」
剣槍を振るい、魔導を放つ。雷撃は音速を越え騎兵へと駆けるが、騎兵はそれを危なげによけ続ける。
「騎兵!一斉射撃だ、奴を撃て!」
ハインリッヒの号令と共に親衛隊や騎兵が一斉に銃口を騎兵へと向ける。騎兵の方はそれを見て裂けるような笑みを浮かべ叫んでくる。
「どうしたっ!俺を殺してみろ!
湾刀を引き抜き騎兵はさらに速度を上げる。その姿を見て、百戦錬磨のミレニアの親衛隊ですら怯えを覚える。
「まさか敵は⁉姫様っ!奴の狙いは貴女です⁉」
「斬首だとっ⁉」
ハインリッヒが叫び、ミレニアは驚愕する。
斬首作戦。敵司令官の首を獲り指揮系統を混乱させる作戦だが、まさかそれを単騎で騎兵集団相手に行う者がいるとは。
しかし騎兵の方も次第に銃弾を喰らい、恐竜騎馬も速度が少しずつ速度が落ちていく。
「今だ!畳み掛けろ!」
ミレニアが雷撃を放つ。
雷撃は吸い込まれるかの様に騎兵の駆る恐竜騎馬を撃ち抜き、その身体を地面に倒す。騎兵もその衝撃で投げ出され、その身体はピクリとも動かなくなる。
「やったか……。いやしかし」
ミレニアは不安に駆られ、近づき止めを刺そうと剣槍を持ち上げる。
「誇り高い兵士だった……。敬意を表する」
しかし、
「そうかよ、なら馬上から降りろ。圧政を布く帝国の皇女」
「ッ⁉」
騎兵は立ちあがり、その手に持つ小銃を思い切りミレニアの乗る馬に突き立てる。馬は足の腱が引き裂かれ、思わず身体を倒してしまう。
ミレニアはどうにか馬から飛び降り、騎兵を見る。
兜に隠れた顔からは口元しか見えず、しかしその口は引き裂けるかのように笑みを浮かべていた。
「シュトルム第三帝国の皇女とお見受けする。そなたに一騎打ちを申し込む」
湾刀を向け、騎兵は言う。
「姫様っ!よくもっ!」
親衛隊の一人が小銃を向ける。
「無粋な愚か者め!」
「ガッ……⁉」
騎兵はその親衛隊に向け手にしていた小銃を槍の様に投げつけ、親衛隊は頭に小銃が突き刺さる。親衛隊の兵士はそのまま崩れる様に落馬し、二度と口を開けぬ姿へと変わる。
「……化け物め」
「皇女よ、戦士として誇りを見せよ」
「……いいだろう。名を名乗れ、貴様」
「姫様っ⁉」
ミレニアは騎兵に習うように剣槍を構え、ハインリッヒが悲鳴の様な声で叫ぶ。騎兵はより一層笑みを浮かべると言う。
「アリサカ、ただのアリサカだ。誇り高きシュトルム第三帝国の皇女、ミレニア・フォン・シュトルム。いざ尋常に」
その言葉が開始の合図となった。互いの得物をぶつけ、ミレニア達は闘う。上段で繰り出された騎兵の湾刀を転がるように避け、剣槍を突き刺す。騎兵もそれを回避しまた湾刀を振るう。
「『星空よ、ほうき星を‼』」
剣槍を突き刺し、切り裂き続けながら、ミレニアは魔導を組む。星空を詠み、礫に変えるシュトルムの星詠みの魔導は戦場に夜空を描く。
「いいぞっ、皇女よ!俺を殺せるのはお前だけだ!」
騎兵の方もそれを寸での所で避け、斬撃を振るう。兜の隙間から見えた眼は血走り、この戦闘を楽しんでいるかのように笑みを浮かべる。
アリサカと名乗った騎兵も攻撃を躱す事は出来ていないらしく、身体の一部から血を流し、悪鬼の様な姿で戦い続ける。口元は笑い、全身は最早誰が流した血か分からぬほどに汚れ。それでもなお、彼は湾刀を振るい続ける。
「あぁ、狂っているな……。お前も、私も」
ミレニアも次第にその狂気に呑まれていく。気づかぬうちに口元は笑みを浮かべ、視界に星空が広がる。
「……美しい星空だ。貴様もそう思わないか」
「あぁ、美しい殺し愛。これこそ戦場の醍醐味だ」
ミレニアは幻想の星空をその眼で見、騎兵はミレニアのその戦う姿に見惚れる。
「マズいっ⁉姫様っ、魔導を振るうのをお止め下さい!呑まれます⁉」
シュトルム第三帝国でそう呼ばれる症状は、主に限界を越えようとした魔導士に現れる。
星を詠み、星の鼓動を求める魔導士は魔導を振るい続けるとありもしない星空を見る様になる。それは永遠を司る大宇宙の鼓動であり、神秘である。そんな狂気に呑まれてしまうのだ。
「やむを得ない……。姫様っ、御免!」
「ハインリッヒ!何をっ……⁉」
ハインリッヒがハルバードを振り、ミレニアの腹を薙ぐ。その痛みでミレニアは気絶してしまう。
「……無粋だな、下郎。貴様は絶対に俺の手で殺してやる」
アリサカはハインリッヒを視線だけで殺せるホド睨みつける。
「奇遇だな。俺もだ、イカれた戦士よ。姫様の騎士として、また戦場で会おう。撤退っ!」
ハインリッヒの号令と共に騎兵たちは自陣へと戻る。それを騎兵は追撃するでもなくただ眺めていた。
のちにミレニア・フォン・シュトルムはこの騎兵、アリサカと何度も対峙する事になる。
時に山岳で、時に砲弾吹き荒れる荒れ地で、彼らは闘う。
一人の男は、戦場と言う自身が産まれ、生きる意味を見つけた場所で剣を振るい続けるため。
一人の女は、居場所なく彷徨い続け見つけた戦場で、未来を切り開くために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます