赤い糸が見える幼馴染と俺
インファン
第1話
運命の赤い糸というものを信じるだろうか?
俺は絶対にそんなものは信じない。
なぜか。
そんなことは決まっている。運命の相手が決められているなんておかしな話だからだ。
だって、そうだろう? 運命ってやつは自分の手で切り開いていくものだ。
……そうでなければ、そうでも考えなくては、俺はこの先やっていける気がしない。
そんなことを考えていると、いつものように後ろから元気な声が聞こえてきた。
「おはよ~。どうしたの、辛気臭い顔して~。そんなんだから彼女が出来ないんだよ」
「うるせ」
彼女は俺の幼馴染で、俺が片思い中の女の子でもある。
そして彼女には――
「先輩とは上手くやれてるのか?」
彼氏がいる。しかも、これで高校入学してから8。
「うん、今回は大丈夫だと思う。まだ、切れてないし。今度こそ私の、運命の王子様だよ!」
満面の、幸せ満開って感じの笑顔でこちらに語り掛ける。
そんな笑顔を、複雑な気持ちで受け止めつつ言う。
「そうだといいな」
俺の精一杯の抵抗。
運命の王子様には、毎回負けてばかりだ。
「そうだよ!だって、私には見えるからね!」
小指を俺に見せつけて自慢げに彼女は言った。
「運命の赤い糸がね!」
そう、彼女には「運命の赤い糸」が見えるのだ。
信じがたいことだが、彼女はそれに従って毎回恋愛をする。俺には目もくれないで……。
そして、俺は吐き捨てるように言う。
「そうやって言って、何人目の彼氏だよ。いい加減、運命なんてもんは信じるなよ」
「ふんっ。見えない人には一生分かんないよ」
そう言って、小指にキスして見せる。
「だって、実際にうまくいってないじゃん」
「うるさーい。だって、しょうがないじゃない。勝手に切れちゃうんだもん」
そう、彼女の運命は簡単に切れる。別れたと思えば、またすぐに運命に出会う。そうやって今に至る。
彼女は運命を信じている。もっと言えば、運命しか信じていない。そして、惹かれあう。まるで磁石のように。
俺は、彼女に触れることさえ出来ないのだ。彼女がS極なら、おれもまた、S極なのかもしれない。
「……今度は切れないといいな」
小さな嘘を言う。本当は、一ミリだってそんなことは思ってない。
「……なによ、急に。どうゆう風の吹き回し?」
「こうゆう風の吹き回しだよ」
俺がそうゆうと、じっとこちらを見つめてきた。
「な、なんだよ」
顔が近づく、と同時に漂う彼女の香り。柚に似た良い香りがする。そして、自然と視線は唇に行く。艶やかで、まるで雫のように美しい。彼女は、もう何度異性とキスをしたのだろうか、と考えてしまう。
「別に何でもなーい。ただ、何であんたとは繋がんないのかなって思っただけ」
「は、は?な、なんだよそれ」
急におかしなことを言うのだから気が抜けない。まあ、当の本人にはまるで自覚がなさそうだが。
「いや、だって。幼馴染と付き合うってさ、結構、王道なシチュエーションだと思わない?それが起こんないってことは、やっぱり漫画の世界だけの話なのかな~」
彼女は、意味有りげな表情でこちらを見つめる。
しばらく見ていたくなる気持ちよりも、恥ずかしさが勝り視線をそらしながら言う。
「まー、そーゆー事だな」
いつまでこんなことを続けているのだと聞こえてくるようだ。しかし、事実として俺は運命に振られ続けている。まだ告白もしていないのに、あきらめろといわれ続けている。
こんなことでは終われない。だが、俺には勇気がない。恐らく今、俺が彼女に思いを伝えれば、この関係は崩れてしまうであろう。そう考えると怖くてたまらない。情けない話だが、今の俺にはこれで精一杯だ。
「ふーん」
俺が素っ気ない対応をしたからか、彼女はこれ以上言及することはなかった。
そしてそれから、俺たちは特に何も話すことなく学校に向かった。
その次の日から、彼女はなぜか俺を避けるようになった。
毎朝、一緒に通学していたが嘘のようだった。あの時のことが関わっているのかと思うと心が痛む。
俺がした選択は間違いだったのだろうか。
その答えは、数日経った今でも得ることが出来ていない。このままでは俺は恐らく、一生後悔する事になる。そう思い、今日俺は思い切って彼女を屋上に呼び出した。
ギィッ。
屋上のドアが開く。そして、現れた俺の片思いの相手。胸の鼓動が高鳴るのを感じる。今俺は、人生において2番目に緊張している。
意中への告白。それはまさに無限にも感じる、重い時間が過ぎているようだった。
彼女は、真っ直ぐと俺を見つめ、また、俺も彼女を見つめる。数秒足らずの沈黙が、まるで俺を責めているかのように感じる。
「話って、何?」
沈黙を破ったのは彼女からだった。失敗した時の事を考えていても仕方がない。賽は投げられたのだ。
「……気になることがあってさ」
一呼吸置く。まずは、軽いジョブから攻める。そして、落ち着いて言葉にする。
「最近、俺の事避けてるよな?」
彼女の視線が逸れ、困惑したような表情に変わる。そして、覚悟を決めたのか、俺の両手を掴み言った。
「運命って、信じてる?」
「え?」
運命。なぜ今さらになってそんなことを聞くのだろうか。
「どうしてだ?」
彼女に問う。そして、彼女は答える。
「私、これまでずっとこの糸に頼ってきたの」
彼女の手が震えているのを感じる。
その手を優しく握って言う。
「ああ、知ってる」
彼女は、安心したかのように言葉を続けた。
「この糸があるからこそ、私は運命を信じて、それに従ってきた。繋がって切れて、また他の人と繋がったとしても、これが運命なんだって思って行動してきたの。でも……」
次に続く言葉を、俺はずっと待っていた気がする。
「でも、今回は違うの。あんたと糸が繋がって、私初めて気が付いたの。今まで、私がやってきたことは間違いなんじゃないかって。初めは嬉しかった。けど、同時に思った。あんたの運命の相手は私じゃないって。そう、思ったら、急に会うのが怖くなったの」
彼女の目から大粒の涙があふれだし、頬を伝う。
俺はそれを、手でそっとなぞるようにすくう。そして彼女は、嗚咽交じりの声で必死に言った。
「今まで関係が全部なくなっちゃうんじゃないかって……。だから、伝えるのが怖かったの。怖くて、苦しくて、痛かった。それで、すっごく悩んで、糸を切るって決めたの……。でも……。でも、起きたらまた、あんたとつながってたの。それで、何度も切った。切って――」
もうそれ以上聞くつもりはなかった。
感情のままに彼女を抱きしめる。
「もう、それ以上何も言わなくていい。今日、おまえに言いたいことがあって呼び出したのは俺だ」
そう、今日こそ今まで蓋をしてきた思いを彼女に告げる。
もう迷いはない。運命が俺の味方だ。
「少しは落ち着いたか?」
彼女は無言でうなずく。
少しくすぐったいが、それ以上にこの時間が長く続けばいいのにと思った。
「ごめん……、ありがと」
「お、おう」
「「 ……。」」
気まずい時間が流れる。我ながら恥ずかしいことをしたという自覚はある。だが、
ここで立ち止まるわけにはいかない。
「なあ」
「ひゃ、い」
彼女の可愛らしい声を聞いて吹き出す。我慢はしてみたが、吹き出さずにはいられなかった。
「笑わないでよ」
プイッと背中を見せる。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
「ごめんって。でも、まあ、そのままでいいから聞いてくれ」
背中を向けながら彼女はうなずく。
ずっと考えていた、何が正解なのか。今でもそれは分からないままだ。しかし、確かに1つだけ言える事がある。
「好きだ」
この一言に収まりきらないほどに、彼女の事が好きだという事だ。
「俺は、ずっと前からお前の運命の人でありたかった。いや、運命の人は言い過ぎかもしれない。俺はただ――」
素直な気持ちを口にする。今の俺なら言える、運命なんて自分で手繰り寄せればいい。
「ただ、お前の彼氏になりたかっただけなんだ」
その瞬間、彼女は振り向き俺に飛び付いてきた。
思わず受け止めるが、バランスを崩して倒れる。
「いてて……」
どうやらお互い怪我はなさそうだ。上手く受け止められて一安心する。
「ほんと?」
どこか迷いがあるような表情をする彼女に、俺は頭をなでながら言う。
「ああ、ほんとだよ」
その言葉を聞いて安心したのか、まるでダムが決壊したかのように再び涙を流す。そして、彼女は言う。
「私も、あなたのことが好き。私を彼女にしてくれる?」
「当たり前だろ」
そう答えると同時に、お互いの距離が近づく。
「しょっぱいな」
「ばか……」
そして俺たちはもう一度キスをした。
やはり、運命は自分の手で切り開いていくものだ。
*
もう何度目だろうか、彼女の家に忍び込むのは。7、いや8回目だったか。何度やっても慣れるもんじゃあないし、いつバレるかと思うと冷や汗が止まらない。これ以上のスリルを味わうことは今後の人生でも無いと思う。
寝ている彼女を横目に俺は決意を固める。
「さて、やるか」
ジョキッ……。
運命の糸とやらを切る。
彼女は何か勘違いをしているようだが、俺にも見えるのだ。
運命の赤い糸が。
そして、今日ようやく俺の努力が報われる。俺もただ何もせずに毎回糸を切っていたわけじゃ無い。
――この糸に触れる事ができるのはもう知っている。
そうして、切れた糸を自分の指に結びつける。
「これで、ようやく1つになれたね」
赤い糸を見つめ俺は思った。
運命は自分の手で切り開いていくものだ、と。
赤い糸が見える幼馴染と俺 インファン @infan
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