さつき
高岩 沙由
名前
五月晴れのある日。
私は小さな時から可愛がってもらっている叔母の家に向かった。
「風薫る5月、かぁ。うん。わかる。新緑の匂い、さつきをはじめとする花の匂いが風にのって薫ってくるもんね」
私は両側にさつきの咲いている道を咲き誇る花を愛でながら叔母の家へと歩いていく。
このさつきの花道が途切れたところにある、昔ながらの日本家屋の家が目指す叔母の家だ。
叔母の家に着き、玄関のガラス扉をガラガラと開けると中に向かって叫ぶ。
「みどりおばさ~ん。紬です!」
私の声が聞こえたのか、奥の障子を開けて1人の中年の女性が顔をのぞかせると破顔一笑で玄関に向かってくる。
「いらっしゃい、つむちゃん。どうぞあがって」
「はい、お邪魔します」
私は
叔母さんは客間のふすまの前であやめの絵柄が裾に入っている薄緑色の着物を着て私を迎えてくれた。
「叔母さん、これお土産」
客間の前に立っている叔母に、ニューオータニのパティスリーサツキで買ってきたケーキが入っている紙袋を手渡す。
「わあ、ありがとう、つむちゃん。先に適当に座っていてね」
叔母は顔を輝かせながら客間のふすまを開けると、そのまま台所に向かっていった。
5月、少し暑い日だったので、叔母が台所から冷えた麦茶とお土産に手渡した、メロンショートケーキと抹茶ケーキを、飴色に輝く座卓の上に置くと腰掛ける前に口を開く。
「つむちゃん、ひさしぶりね。結婚おめでとう」
「ありがとう」
私はふかふかの座布団に足を崩して座ると、麦茶を一口飲む。
昔から飲んでいる、砂糖が入っている甘い麦茶に心が落ち着く。
「もう、子供もお腹にいるんですって?」
私はお腹を撫でながら笑顔で頷く。
「幸せそうでよかったわ」
私の顔を見ながら叔母はにっこりと笑っている。
「もう子供の名前は決めたの?」
叔母が首を傾げながら質問してくる。
「まだなの。男の子か女の子かもわからないから、それから決めよう、って彼と話しているの」
「そうなの。でも、さつき、って名前は付けないでね」
「あっ」
「もう最悪よね。未だに根に持っているのだから、許せないわ」
叔母は怒りをあらわにしながら話し始める。
……この話が始まると長くなるな。
私は心の中で苦笑いを浮かべながら叔母の話に耳を傾ける。
「昔、結婚を考えていた男性がいてね。その人と清澄庭園で逢引していたの」
私はメロンショートケーキを食べながら叔母の話に相槌をうつ。
「5月のとてもよい気候の日で、園内はさつきが満開になっていたの」
叔母は抹茶ケーキを一口頬張ると、目を細め、美味しい、と呟く。
「さつきが咲き乱れるところで、男性から求婚されて、指輪を左手の薬指につけてもらった時は嬉しくて、幸せだったわ」
叔母の目がきらきらと輝く。
「でも、そんな幸せは半年しか続かなかったの」
一転、叔母の表情に怒りがにじみ出る。
「突然呼ばれて、別の女性との間に子供ができたから、別れようと言われたの」
怒りが相当こみあげているのか、鼻息荒く、抹茶ケーキにぽす、とフォークを突き立てる。
「寝取った相手が、さつき、という名の女だったのよ!」
叔母は突き刺したフォークでケーキを持ち上げるとそのまま口に運ぶ。
そう。この話は親族の間でも語り継がれていて、5月に生まれた私の名前をさつきにしようとしたところ、叔母さんの一声でひっくり返り、紬になった。
でも、と私は思う。
そんな叔母さんこそ早く結婚したほうがいいのに、と。
苗字が
さつき 高岩 沙由 @umitonya
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