85――帰省についてと透歌とのお出かけ
オファーが来ていたドラマに関しては、前向きに受ける方向で考えることにした。でも受ける条件として兄と妹の恋愛みたいなアブノーマルな設定については全部無くせとは言わないけれど、できるだけマイルドにしてもらうようにお願いした。
禁断の関係を描くドラマって確かに女性に人気はあるけれど、どちらかといえば大半の人は嫌悪感を抱く題材のような気がする。それがメインじゃなくても『もしかして、あのふたりって……?』みたいな感じで匂わせるぐらいなら視聴者も受け入れてくれるんじゃないかな。
あの打ち合わせから2週間ぐらい経って、そろそろゴールデンウィークの具体的な話がクラスでも話題に上るようになってきた。母からも『ゴールデンウィークはこっちに帰ってくるの?』という電話での問い合わせが入ったけれど、どちらかというと帰省については実家側の状況で決まると思っている。
具体的に言うと姉が帰省するのかがわからないと、こちらも予定を立てられないのだ。姉もわざわざ帰省したのにいないはずの私の顔なんて見たくないだろうし、私もできることならあんまり会いたくない。現在私が中学1年生だから姉は3年生になっているはずなんだけど、元気にしているのかな? 卒業後の進路とか実家に戻ってくるのかとかも全然情報がないので、できればきちんと今後の予定は教えてもらいたい。それによってもし姉が実家に住むなら、なおとふみかに会うために別の方法を考えないといけないし。
やんわりとオブラートに包んでそれを伝えると、『分かり次第連絡する』と短く言われて電話は切れた。ゴールデンウィークが始まるギリギリになってから言われても、仕事で予定が埋まることが多々あるので本当に早めに教えてもらいたい。
もう学校を卒業して専業で芸能人をしている人達は、カレンダー通りに仕事ができるように調整できるかもしれないけど、学生である私はそうはいかない。私がフリーなのは平日の放課後と、半ドンの土曜日の午後と完全休日の日曜日。ありがたいことにお仕事をそれなりに戴いているので、平日の放課後だけでは捌ききれずに日曜日が1日中仕事になることもざらにあるのだ。今年の9月からは第2土曜日がお休みになるので、そこもお仕事で埋まるかもしれないけど。そうなるくらい仕事が舞い込んできてくれたら嬉しいかな、お金も貯まるし。
薄情かもしれないけれど私が帰省したい理由としては、両親よりもなおとふみかに会いたいというのが一番の理由だったりする。なんだったら実家にも連絡せずにサイレント帰省でホテルに泊まってもいいかもしれないとちょっとだけ考えたりもした。ただ地元にはホテル自体がないし、この時代のホテルって値段と設備の綺麗さや安全性が比例するから結構お金が掛かるのが辛いところ。
女子だし顔も知られている可能性があるからね、自意識過剰だと思われるくらいに自衛するぐらいでちょうどいいと洋子さんにも常々言われていたりする。出掛ける時は帽子被って変装用伊達メガネを付けたりしてるから、そこまで心配しなくてもいいとは思ってるのだけど、それを言ったらめちゃくちゃ怒られてしまった。
「いい、すみれ。バレバレな変装は、ただのファッションでしかないのよ」
洋子さんにそう言われて、バレバレとは失礼なとちょっとだけムッとしたのは内緒だ。私を間近で見たことがない人には全然通用すると思うんだけどなぁ、たまに『すみれちゃん?』って全然知らない人に声を掛けられたりもするけども。
そんなことを考えながらキャスケット帽を被って、少し大きめの丸メガネを掛けてから鏡を見た。今日は日曜日なんだけど少し前に透歌から電話があって、遊ぼうと誘われていたので予定を空けていたのだ。久々にって言われたんだけど、卒業からまだ約ひと月ぐらいだし卒業式の後も会って遊んでいたから全然久々じゃない気がする。前世の中学時代を思い返すと時間の過ぎるスピードがすごく遅く感じたから、そう言いたくなる気持ちもわからなくはないけども。
最近根を詰めてレッスンに励んでいるはるかにも、たまには息抜きが必要だと思うから誘って一緒に行くことになった。無理してケガしちゃったら元も子もないしね、そもそも演技なんて生活の中で
私服のはるかとお出掛けするのは久しぶりだなとか考えつつ、最寄り駅で透歌と合流。今日は電車で移動して、服を見たりお茶を飲んでおしゃべりしたりするみたい。買い物と言っても透歌もはるかもお小遣い制だから、もっぱらウィンドウショッピングになるだろうけどね。
「そう言えば、私も中学生になったんだから新しい服が欲しい」
「買えばいいじゃない。お母さんから仕送りもらってるんでしょ?」
オシャレな服を着たマネキンが並ぶショーウィンドウを見ながら言ったはるかに、透歌がそっけなく答える。私は自分で通帳のお金を管理してるけど、はるかの場合はあずささんから月々いくらと親御さんが決めた金額を受け取る生活になってる。はるかもまだ子供だからね、残高があればあるだけ使っちゃう未来がご両親には見えていたのかもしれない。
「お小遣いは貯めてるけど、そんなに気軽には買えないよ。可愛い服は高いし」
「同じ寮で生活を送っている割に、すみれは案外衣装持ちよね。前に言ってたみたいに、スタイリストさんからいらなくなった衣装を送ってもらってるの?」
「うん。中古だけどファッションって移り変わりも早いから、そんなに傷んだ服も来ないから便利だよ。たまにほつれてるのとか微妙に破けてるのとかが混ざってるから、自分で直さないといけないけど」
最初はスタイリストさん側も、中古の服でもいくらかでもお金が戻ってくるならと引き受けてくれたんだと思うんだよね。その頃は今よりもヨレヨレだったり破損してる物の割合も多かったから、修繕するスキルはトヨさんに教えてもらってずいぶんと身についた。実は今はいているチェックのスカートも、かなりほつれが多かったし。
一緒に仕事をしていく中で仲良くなって、最近ではなるべくキレイな状態の物を送ってくれるようになったから直すことも随分減った。でもどうしても着る度に起こるほつれや痛みは無くすことはできないし、完全に手直しする機会はなくならないんじゃないかなと思っている。
「はるかも欲しいならスタイリストさんにお願いしておくけど、どうする? ただダンボール1箱分届く上に好みの服は選べないし、さっき言ったみたいに直す手間が掛かるけど」
「……ちなみにそれで、いくら払うんだっけ?」
そう言えば前にも声掛けたっけ、ちょうどダンボールが届いた時に『その荷物なに?』って聞かれたんだよね。その時は『私不器用だから直せなくて、着れなくしちゃいそうだからやめておく』って断られたような覚えがある。その時は金額については話してなかったかもしれない。
「大体、このくらい」
「2千円……じゃないよね?」
Vサインを見せると、おずおずとはるかが答える。惜しい、桁がひとつ違う。
どれだけ摩耗したりしていても、テレビに出演する芸能人が着るブランド品。2万円でダンボール一箱分を譲ってくれてるなら、むしろ安いと思うんだよね。
修繕のやり方も教えるよって言ったけれど、服にそんなにお金は掛けられないと断られてしまった。スタイリストさんが選んでくれた服だから合わせやすいし、年に2回送られてきて20着ぐらい1箱に入っていると思えばお得なのになぁ。
私達は仕事柄テレビ局にも出入りするので役者としてのイメージもあるし、服装には気をつけないといけないっていうのもある。学生の身分だからこそ使えるフォーマルな服装として制服があるけれど、休日まで着ていたら制服の方がくたびれてしまっては学校での色々な行事でみっともない感じになって本末転倒だろう。
「せめてすみれと服のサイズが一緒だったらいいのに、シャツやブラウスはともかくスカートやズボンは裾がね……」
おっと、それは私の身長がチビだと言いたいのかな? そりゃあはるかが私のズボンやスカートをはいたら、つんつるてんになるのは目に見えてるけども。
膨れた私を宥めるはるかとそれを見て笑う透歌という並びでひと通り色々なショップを見て回ると、かなり時間が経ってしまっていた。結構な距離を歩いて疲れていたのとずっと他愛ない話をしていて喉が乾いていたので、休憩がてらイートイン併設のドーナツショップに入ることにした。
代わりに買ってきてくれるというので、私は席取りと荷物番をすることにした。カフェオレとオールドファッションをお願いしたのだけど、今日の昼ごはんはこれで十分かな。これ以上食べたら、多分夕ごはんが入らなくなると思う。ちょっと遅いお昼ごはんだし、これくらいでちょうどいいかもしれない。
トレイを持ってきてくれたはるかにお金を払っている間に、遅れて戻ってきた透歌も席についた。飲み物で喉を潤してドーナツをひと口食べてから、はるかが透歌に話を振った。
「透歌の学校ってどんな感じ?」
「初等部も中等部も受験ありきで入ってきた人達ばっかりだから、乱暴だったり不良ぶったりする人もいなくて過ごしやすいわよ。時々派手な感じの先輩も見かけるけど私達はまだ入学したばかりだから、みんな猫かぶって波風立てないようにしてるように見える」
はるかが『そうなんだ』と頷く隣で、普通の新入生ってそういう感じだよねと思わず同じように頷いてしまった。うちのクラスはなんというか個性が強い子が揃っているので、既に素を出しまくって生活しているクラスメイトの方が多い気がする……代表的な例を出すと、三木さんとか。
私とはるかのクラスが別れたことを話すと、透歌は大げさなぐらい驚いていた。はるかがこれまで仕事をすることに消極的だった理由を知らない透歌としては、スケジュールの都合が付けやすいクラスにはるかもいるものだとばっかり思っていたそうだ。解決したのは入学してからだから、学校側もはるかに対してそんなに特別な配慮が必要だとは考えてなかったんだよね。でもそんなセンシティブな話を勝手にする訳にもいかないので、曖昧に笑って話を流す。
クラスが違うと話題も変わるみたいで、はるかのクラスでは現在恋バナに花が咲いているらしい。小学校時代に透歌のグループにいた子達は、同級生の男の子のことは眼中になかったからあんまりそういう話はしなかったもんね。そんな状況だったからはるかにとって恋バナを聞くのが新鮮だったみたいで、色々と情報を仕入れているらしい。演技の糧になるならいいけど、せっかく役者の道をまっすぐ歩き出したんだから、変な方向に進まないことを祈るばかり。
ちなみにうちのクラスではどんな話題が流行っているのかを聞かれたので、運動部系の子達はおすすめの筋トレやその他のトレーニングメニューを教え合ったり、文化部系はおすすめの本とか文房具を紹介し合っていることを話した。インターネットのない時代の貴重な口コミなので、私は文房具の話にはよく参加させてもらっている。台本のチェックとかに使うボールペンはすぐインクがなくなってしまうので、使い捨てじゃない長持ちするペンが欲しかったりするんだよね。
教えてもらう代わりに私からは使いやすい手帳を教えたり、予習復習の時にどんな風にノートにまとめているかなどの情報を提供している。ノートに書く内容って色ペンとか使い始めると中身をそっちのけにしてキレイでカラフルなノートを作るのに力が入っちゃうから、私は使っても黒と赤以外に2色のペンを使って簡潔にわかりやすくまとめるようにしている。実際のノートを見せたら解りやすかったみたいで、勉強自慢の子達が私のやり方を真似し始めて一部の学習意欲が上がったのだ。
中学生活初めての中間テストはゴールデンウィークの後だから、ノートの効果を確認できるのはもうちょっと後の話で少し楽しみ。そうふたりに伝えると、なんだか透歌は呆れたような表情を浮かべていた。
「相変わらず変なところでクラスメイトに影響を与えているのね、それがすみれらしいのでしょうけど」
「こういうちょっとズレてるところが、すごくすみれっぽいよね」
表情を崩して笑いながら言うふたりに、私は褒められているのか貶されているのかよくわからなくて思わず小首を傾げる。
「実は心配していたのよ。すみれはかわいいから、イジメられたりはしなくても遠巻きにされたり無視されたりしてるんじゃないかって。でも今の話を聞いて、クラスに溶け込めてるみたいで安心したわ」
どうやら今日遊びに誘われたのは、入学してしばらく経った現在の状況を確認するためだったらしい。こういうのがリーダーの素質なのか、それとも単に姉御肌なのかはわからないけれど、気遣ってくれるのは素直に嬉しい。私は思わずテーブルの上で透歌の手に自分の手を重ねて、『心配してくれてありがとう』とお礼を言った。
「どういたしまして。言っておくけど付き合いの長さはなお達には負けるけど、こっちで一番すみれのことを応援してるのは私なんだからね」
ちょっとだけ頬を赤く染めて言う透歌は、いつもよりちょっとだけ幼く見えてすごく可愛かった。私が転校してきた時から色々と気にかけて優しくしてくれた、なおやふみかと同じぐらい大事な友達。
そんなこんな風に応援してくれるんだからこれからもしっかり頑張らなきゃ、応援してくれている彼女達の想いを背負っているのだからと私はそう気持ちを新たに気合を入れ直すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます