83――身体測定


 翌日、迎えに来てくれた洋子さんにはるかはこれまで迷惑を掛けたことを謝った。そして車の中でこれまで仕事に積極的にしなかった原因について話をすると、洋子さんもまた自分が担当している子役を守るというマネージャーの役目を果たせなかったことを後悔して謝る。


「お互いに謝ったのだし、過ぎたことよりもこの先のことを考えましょうよ」


 このままだと謝罪合戦になりそうだったので、僭越ながら口を挟ませてもらった。はるかも吐き出して少し気が楽になったみたいだけど、まだ完全に吹っ切れた訳ではないだろう。


 洋子さんもせっかく前向きになったはるかを再び追い詰めたくはないだろうから、きっと徐々に仕事に復帰できるように取り計らってくれると思う。急がずゆっくり、気持ちを落ち着けていってほしい。


 私もはるかに負けないように頑張らないとね、ひとまず今日1日かけて行われる身体測定とスポーツテストをしっかりやろう。前世の中学に入学したての頃って、こんなにイベントばっかり詰め込んでいたかなと不思議に思う。私立だからなのかな、住んでいる場所が変わっていることももしかしたら関係があるのかもしれない。


 洋子さんにお礼を言って車から降りて、はるかと一緒に教室へと向かう。先にはるかの教室があるのでそこで別れて、私は自分の教室へと入った。席が近いクラスメイトにおはようと挨拶をすると、ぎこちなく返してくれるようになった。


 私とはるかみたいに友人同士で受験したけれど、クラスが分かれてしまった人達も結構いるみたいだ。入学してまだ数日なので、様子見に徹している人も多い。小さく聞こえてくる話し声は、おそらく部活関連で友達になったり以前から知り合いだったりした子なんだろうな。


 席に座ってぼんやりとしていると、先生が教室に入ってきて今日の流れを説明してくれる。身長体重は当然だけど、視力も調べるなんて本格的だなぁと思う。内科の先生が聴診器で心音と肺の音も聞くらしく、できれば女性のお医者さんがいいなぁと思った。まだ大人の男に身体に触れられるのには、すごく抵抗があるのだ。でも女医さんはただでさえ数が少ないから、多分男性のお医者さんが来るんだろうなぁ。


 お医者さんにはやましい気持ちは全然ないだろうし、職務に忠実な人がほとんどだと思う。でも相手がどう思っているかは全然関係なくて私が我慢できないという話なので、結局問題の原因側である私がどうにか耐えるしかないんだよね。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか先生の話は終わっていた。女子校だから当たり前だけど女子しかいないので、教室でそのまま着替えるみたい。何の躊躇もなく制服を脱いで着替える子もいれば、そわそわとしながら恥ずかしそうに着替え始める子もいて性格の違いを感じる。私はどちらかというとプライベートで人に肌を見せるのが恥ずかしいタイプなので、ちょっとだけモジモジとしながら着替え始める。


 仲が良い人達だと、別に一緒にお風呂に入っても大丈夫なんだけどね。クラスメイト達とはまだそれ以外の関係性を築けていないから、ほとんど他人みたいなものだもの。そりゃあ恥ずかしくもなるよ。


 中学1年生だからみんなまだ第二次性徴が始まったぐらいみたいで、スポブラとか簡素なファーストブラを付けている子が多い。中にはシミーズだけとかノーブラの子もいて、やっぱり成長は人それぞれなんだねとしみじみしていた。


 そんなことを制服を脱ぎながら考えていると、突然私の胸を両手で鷲掴みされた。


「ふぁっ!?」


「わぁ、おっぱい大きいね! 何か育てるコツとかあるの?」


 びっくりしたのと、フニュフニュと自分の胸を他人に揉まれている変な感覚に思わず変な声を上げてしまった。そんな私には反応せず、突然胸を揉んだ人はのんびりとした声でそんな質問をしてくる。どうすればいいのかわからずとりあえず離して欲しいと訴えるけれど、彼女は聞こえていないみたいに指を動かしている。


「その子、困っているじゃないの! 早く離しなさい!!」


 後ろから怒鳴り声が聞こえて、さらに『ゴッ!』という鈍い音がして胸からすぐに両手が離れる。無意識のうちに胸を両手で隠して背後にチラリと視線を向けると、おそらく私の胸を揉んでいた子が頭を押さえて痛そうにしゃがみ込んでいた。その後ろには力いっぱいに握った自分の拳を、もう片方の手のひらでさすっている。他人の頭を思いっきりグーで拳骨したら、よっぽど手が丈夫じゃない限りめちゃくちゃ痛いんじゃないかな。


「だ、大丈夫? ごめんね、友達がバカなことして。ほら、痛がってないでアンタも謝りなさい!」


 先程まで涙目で拳をさすっていた少女が私に向かってそう言い、後半は殴られた子に向かって強い口調で怒鳴った。『うぅ、胸を揉んだだけなのに……』とか言っているセクハラ少女を握りこぶしを見せつけるようにしている少女がにらみつけると、小さく『ごめんなさい』と謝った。まぁ突然でびっくりしただけで別に怒っていないので、謝罪はすぐに受け入れた。


「えっと、確か松田さんだったよね。こんなのがきっかけだなんて情けないけど、私は川本睦美かわもとむつみ。ソフトボール部なの。よかったら仲良くしてくれたら嬉しい。ほら、アンタも自己紹介しなさい」


「三木あかり、ソフト部。よろしく」


「アンタが悪いのに、何不貞腐れてるのよ!」


 そう言って川本さんの鉄拳が、再び三木さんの頭に炸裂した。きっと仲良しの友達なんだろうけれど、あまりの展開に私にはちょっとついていけずに呆然としてしまった。再度頭を押さえて悶ている三木さんを放置して、川本さんは私に話しかけてくる。


「ごめんね、こいつは最近同級生の胸を揉むのが好きみたいで。私達一年生部員も全員やられたのよ、先輩に手を出さなかっただけよかったけどね。もし三年生に手を出してたら、下手すれば一年生全員連帯責任でキツイ練習メニューとかさせられたかもしれないし」


「う、ううん、大丈夫。本当にびっくりしただけだから」


 首をふるふる振りながらそう言うと、川本さんは自分がやった訳ではないのにどこかホッとした様子で『ありがとう』とお礼を言った。しかし部活の同級生全員の胸を揉むとか、一体何の目的があったのか……意味不明過ぎてちょっと引いてしまう。


 確かに私の胸は最近膨らむスピードがこれまでよりも早くなっているけれど、巨乳ってレベルでもないしね。でも他の1年生達の胸を揉んだっていうなら、大きめの胸が目的だった訳でもなさそうだよね。


 いつの間にか随分と人が減っていて、時計を見るとチャイムが鳴るまであと少しという時間になっていたので、慌てて着替えを済ませて川本さん達と共に教室を出た。廊下では壁に背を預けて美宇ちゃんが待ってくれていて、どうやら私と一緒に移動しようと思ってくれていたらしい。せっかくだから4人で行こうと、私達の集合場所である保健室の前に移動する。他のクラスは体力測定が先みたいで、体育館スタートの組と運動場スタートの組に更に分かれるらしい。


「そう言えばさっき松田さんの悲鳴みたいなものが聞こえたんだけど、何かありました?」


 美宇ちゃんが心配そうな表情で聞いてきたので、できる限り客観的にあったことをそのままに説明してみた。でも多分話している間の私の表情には、困惑の色が浮かんでいたんだろうなぁ。話を聞いていた美宇ちゃんがどんどん引いていくのを見ながら、気持ちはわかると心の中で頷いた。


 更にすぐ後ろを歩いていた川本さんから部活であった話を教えてもらった美宇ちゃんは、まるで未知の生き物を見るかのような怯えた目を三木さんに向けていた。そしてそんな目を向けられた三木さんは、心外だと言わんばかりに反論を始める。


 何でも自分の胸はそんなに膨らんでないのに、同い年の他の女の子達は大小の差はあれど自分よりは膨らんでいるのが不思議で、自分の胸も膨らむようにその理由を調べようと思ったらしい。疑問に思ったことを実際に行動に移して調べるその実行力はすごいと思うけれど、できればその前に周りの人達に尋ねてほしかったと思わずにはいられない。


「背の大きさが人それぞれ違うみたいに、胸が急成長する時期も人によって違うと思うよ。三木さんはソフトボールやってるなら筋トレもするだろうし、もうちょっと身体が成長したら自然と大きくなると思うよ」


 私が苦笑しながら言うと、三木さんは拗ねていた態度を通常モードに戻した。そして心なしかキラキラとしたものを含んだ視線が、私の方に飛んでくる。


「さすがチビなのに胸が大きいだけあって、説得力が違うな」


「他人にチビとか言わない!」


 三木さん的には褒めたつもりだったのかもしれないけれど、言葉選びが悪すぎてまた川本さんに思いっきり頭を殴られていた。そもそも私の胸だって大きい訳じゃなくて、身体が棒切れみたいに細いから相対的にカップサイズが上がっているだけなんだけどね。


 そんな話をしながら歩いていると、あっという間に保健室前に到着した。クラスメイト達が列を作って並んでいるので、私と美宇ちゃんは列の1番前と2番目にそれぞれ移動した。


「……お腹すきました」


「美宇ちゃん、朝ごはん食べてこなかったの?」


「できれば中学最初の公式記録には、いつもより痩せた体重を載せたかったので」


「公式記録ってどういうこと……?」


 よくわからない美宇ちゃんの言い分に、私はきょとんとして小首をかしげた。説明してもらって納得したけど、どうやら今日計った記録が1年間ずっと使われるということらしい。その後で太ろうが痩せようが、その記録は変動しないということみたい。私は事務所で季節ごとに身長や体重、スリーサイズや股下の長さまで細かく計測されるからあんまり抵抗ないのだけれど、他の子達はそうではないのかもしれない。


 私としては身長が伸びていてほしいと望んでやまない、せめて150センチまでは成長が止まるまでに伸びて欲しいと常々思っているからね。


 美宇ちゃんと私は列の最初なので、先生に誘導されるままに身長や体重を測っていく。143センチで32キロという結果に、身長が伸びてくれたことにホッと安堵する。ただ体重を測ってくれた先生には、『ちゃんと食べてるの?』と心配されてしまった。ただローレル指数的にはギリギリ痩せ型ぐらいで普通の範疇に入るらしく、心配と注意が混ざったような感じだったのだけどね。


 別に節制しているつもりは全然なかったけれど、何故か体重が減っている自分の身体にままならなさを感じてしまった。ちなみに美宇ちゃんは身長141センチで体重が39キロだったのだけど、来年はこの2センチ差が果たして広がっているのか逆転されているのか。できればこのまま死守したいなぁ、難しいかもしれないけれど。


 そのまま流れ作業で座高や胸囲、視力を計られて最後にお医者さんによる聴診と打診をされて終了。ある程度クラスメイト達の計測が終わるのを待っていると、次は体育館へ行くように指示されたので、それに従って移動を始めるのだった。

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