74――初詣のち入試本番
年が明けて、いよいよ今月は試験がある。私は出題される問題によるけど、おそらくよっぽどの事が起きない限り合格できるんじゃないかなと思うぐらいには自信がある。
そしてはるかもあの暴走告白の後も熱心に勉強したからか、少し足りなかった部分をしっかりと努力で埋めていたので、こちらも多分合格できる水準に達していると思う。
後は私達が油断せずに準備すればきっと大丈夫、という事で最後の後押しの為に近くにある神社に透歌を誘って初詣に行った。私とはるかは普段着だったけど、きっと透歌は振袖とか着てくるんじゃないかなと期待したのに、結局透歌も普段着だった。
「だって私もママも着付けできないもん。それにこの後お茶するんだし、楽な方がいいでしょ」
私達が口々に振袖姿が見たかったと透歌に言うと、呆れた様にそう返された。確かにそうだよね、着物も想像よりは楽だって聞いた事があるけど、やっぱり洋服の方が着慣れてるし楽だもん。自分達が着ないのに、透歌にその期待を押し付けるのも自分勝手だ。この話はこれでおしまい、そういう意味を込めて透歌の言葉にこくりと頷いた。
手水舎もない小さな神社だけど、それなりに拝殿までの列が出来ていて、私達は最後列に並ぶ。他愛のないおしゃべりをしながら少しずつ進んでいくと、そんなに待たずに私達の順番が来た。前世で二礼二拍手一礼が正式な参拝の作法だって話を聞いた事があるけれど、周りを見た感じでは縄を揺らして鈴を鳴らしお賽銭を入れて合掌した後で頭を下げる人が多い様に感じる。たまに二拍手する高齢の方がいらっしゃるけれど、本当に少数だ。
何にしてもお祈りする気持ちが大事だと思うので、私も他の人達に倣って合掌と一礼をして参拝する。お願いしたい事はたくさんあるけれど、まずは私とはるかの合格。さっきまでの待ち時間で聞いてびっくりしたのだけれど、透歌も私達とは別の私立中学を受験するらしい。併せてそちらも合格できる様にお願いしておいた。
後はお仕事が順調に増えて安定しますようにとか、病気や怪我をせずに恙無く過ごせます様にとか。当たり障りのない事と、周りの皆の幸せを願っておいた。はるかと透歌のふたりもちょうど同じぐらいのタイミングでお願いを言い終えたみたいで、顔を上げたのは殆ど同時だった。後ろの人達の邪魔にならない様に、列の端っこに空けられたスペースをすばやく通り抜ける。
この後の予定を話しながら境内を後にしようとした時、中学生ぐらいの男子3人に声を掛けられた。何やらどこかに遊びに行こうとかお茶でも飲まないかと執拗に誘いの言葉を重ねているので、どうやらナンパらしいと当たりをつける。そりゃこっちのメンバーは透歌とはるかというクラスでもトップクラスの美少女だもんね、私は前世でもナンパなんてしたことないけど声を掛けたくなる気持ちはよくわかる。
私も容姿はそれなりに可愛いと思うけど背もちっちゃいしあんまり女の子扱いされないだろうから、彼らの狙いはおそらくはるかと透歌だろう。よし、ここは前世では男だった私がふたりをしっかりと守らなきゃ。勢い勇んでふたりの前に出た私だったけれど、あっという間にふたりの背中に庇われる様に隠されてしまった。あれ、おかしいな……ここは私がバーンと防波堤としてかっこいいところを見せるはずだったのに。
ナンパ少年達を透歌達が追い払ってしばし、私達は駅前にあるファーストフード店に入ってお茶をする事にした。そこで懇々とお説教されて言われたのは、すみれはちっちゃくて可愛いんだから矢面に立とうとしちゃダメだとか、一番ターゲットにされてたのは自分達ではなくすみれだったのだからカモがネギを背負って狩人の前に出るのと同じだとか、散々な言われようだった。
更に透歌は別の学校に進学したらもう自分はいつも側にいられないのだから、ちゃんと見ておいてあげないとダメだとはるかに強く言い聞かせていたのを見て、なんだか微妙な気持ちになった。そんなに危なっかしいのかな、私。まぁ女の子としての自覚が若干足りないのは自覚しているけれど、前世の人生経験を含めたら同い年の誰よりもしっかりしてると思っているのに。
でも確かに私は力も弱いし少し背が低くてひ弱に見えるから不用意に男子の前に出ない方がいいっていう、ふたりの言葉も一理あるんだよね。呆れずに注意してくれる事に素直に感謝して、次からは気をつけるようにしようっと。
そして小学校生活最後の3学期が始まって、仕事に勉強にと色々と慌ただしくしている内に入試の日が来た。本来は私立中学の入試って2月に多いらしいのだけど、私達が受ける学校は1月下旬が試験日なのだ。入試前日に早く受験を終わらせられる私達を羨ましがっていた透歌に応援してもらって、何だか力をもらえた気がした。私達も透歌の受験の時には、お返しにいっぱい応援しようと思う。
中学受験なので本当なら両親と一緒に向かうべきなのだけど私もはるかも実家が東京から離れているので、こちらでの保護者であるあずささんが一緒に来てくれた。理事長さんがあずささんのお知り合いの方なので、その辺りの事情は全部話を通してくれているらしい。
今日は運転手付きのあずささん専用送迎車に乗せてもらって、会場へと向かう。びっくりしたのは他にも高級な車に乗って、会場に入っていく人が複数いた事だ。やっぱり私立中学を狙うご家庭ってお金持ちが多いんだろうね。そんな生臭い事を考えていると、あずささんに呼ばれて私達も中に入っていく。
先生達や手伝いに駆り出されたであろう先輩方に案内してもらって、それぞれ指定の教室へ入っていく。私とはるかは一緒に願書を提出して続き番号になっているので、同じ教室の前後の席についた。はるかは『緊張するけど、すみれの背中が見えるから安心する』と後ろの席からこそっと耳元に口を寄せて、ホッとした様にそう呟いた。それは私もそうで、はるかの気配を後ろに感じる事でなんとなく平常心を保てている気がする。もっと緊張する現場とか撮影とかも経験しているんだけど、試験の空気はそれらとは全然別物だからいつも通りの気持ちでいられるのはすごくありがたかった。
試験内容は国語・算数・理科・社会の4教科、それぞれ50分のテスト時間と終了後10分間の休憩時間で割り振られている。出来としては多分ミスっていなければ全問正解してると思うんだけど算数以外は記述問題が1問から2問あって、もしかしたらこれらにバッテンが付く可能性がある。でもまだまだ右に倣えな教育が主流なこの時代にしては、こういう問題で児童の意見とか自主性とか個性を重視しているのは、進んでいる感じがした。他の問題を解いても時間がものすごく余っていたので、時間潰しに設問に対する答えを長々と書き綴ってしまった。一応問題用紙には『解答欄のスペースが足りない場合は裏面を使ってもよい』と書いてあったのでその通りにしたのだけど、ちょっと書き過ぎた気がしないでもない。
午後からは面接だから、私達はお弁当持参で来ている。席を動かして騒がしくするのもあんまりよくないかなと思って、私は椅子だけくるりと後ろの席の方に向けて、はるかと向かい合いながらお昼ごはんを食べた。ちなみにふたり分のお弁当は私が作ったんだけどはるかが好きなおかずを多めに入れておいたからか、幸せそうな表情でもぐもぐと食べているところを見ると中々上手に出来たんじゃないかなと思う。
これだけの受験生の面接を半日で終わらせるのは、一組の面接官達だけでは到底不可能だと思う。それを見越して複数の会場で並行して面接を行う様で、私達は受験番号でいくつかのグループに分けられてそれぞれの会場に誘導された。待合室らしき広めの教室で試験前に別れたきりのあずささんと合流できて、なんだか身体中に入っていた余計な力が抜けてリラックスできた気がした。どこに連れて行かれてどんな風に面接されるのか、先が読めない状況にそれなりに不安だったのかな。私でもこんな風になるのだから、正真正銘の小学生であるはるかはもっと心細かっただろうなぁと、元大人なのにしっかりと支えてあげられなくて申し訳ないなと情けなく思う。
どうやらあずささんは私達と別れた後は保護者として説明会に参加し、合格後のスケジュールとか必要になる金額とかそういう細かな事を聞いてくれていたらしい。お昼は食堂が開放されて保護者の人達も食事が出来るようになっていたみたいで、試しに食べてきてくれたんだとか。
「学生食堂にしては十分なぐらいおいしかったわよ、お値段も手頃だし。お弁当を毎日作るのが面倒なら、食堂とお弁当を半々にするのもいいかもしれないわね」
美味しいものを食べ慣れているあずささんがそう言うなら、味の方はかなり期待が持てる。あとはお財布と相談だけど、最初の1回は偵察がてらお値段の事は考えずに気楽に食べに来てもいいかもしれない。
しばらくそんな風に他愛のない話を続けていると、受験番号が早い私の方が先に呼ばれた。はるかをひとり待合室に残す事になるので、あずささんが念の為にここでおとなしく待っている様に一声掛けてから、私と一緒に面接会場に足を踏み入れた。
予め事情はあずささんから理事長さんに話してもらっていて、それが担当の面接官に周知されていた為に非常にスムーズに面接が進んだ。私の口から自己紹介と志望動機を告げて、面接官からは仕事の事や生活についての質問がされ、それに私が答えるという流れで進んでいく。手元にある資料と私の言葉が大体一致していたからか、10分ぐらいで面接は終わって、入れ違いで今度ははるかがあずささんと一緒に会場に入っていく。
私は待合室の椅子に座ると、やっと終わったという気持ちで深い安堵のため息を吐いた。面接では大きなマイナスになるヘマはしていないはずだし、テストも解答欄をずらして答えを書くなんてベタな失敗もしてないから、多分合格はできていると思う。記述問題も特に危険思想とかそういうのを心配される様な事はまったく書いていないから、問題にはならないだろう。
余裕ぶってたけど、やっぱり緊張というかプレッシャーはあったんだよね。尊敬してるあずささんからの紹介で受験させてもらっているのだから、落ちたら彼女の顔に泥を塗る事になるし。師匠からの期待なのだから、できる限り応えたいと思うのは弟子として当然だもん。だから実際に今日会場で試験問題を見るまでは、小さな不安の棘がいつも心をチクチクと刺している様な重たい気持ちが常にのしかかっている様な感じだったんだけど、面接が終わったらそんなのはあっという間に消え去って清々しいという感情しかなかった。
椅子に座って解放感に身を委ねながらのんびりしていると、いつの間にか時間が過ぎていたのかはるかがあずささんと一緒に戻ってきた。ニコニコしているのを見るに、どうやらうまく話せたみたいだ。面接が終わった人から帰宅してもいいそうで、私とはるかは朝と同じ様にあずささんの車に乗って寮への帰途につくのだった。
2月の中頃に結果が出て、私もはるかも見事に合格。透歌も試験自体は終わっていたのだけど結果がまだ出ていなくて、喜ぶ私達をなんとなくジトッとした目で見ていたのが印象的だった。
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