62――新しい仲間


「佐々木はるか、です。よろしく」


 お母さんと一緒にやってきた新人の女の子は、そうぶっきらぼうに言って会釈程度に頭を下げた。後から知ったんだけど、本人なりにすごく緊張しててこういう物言いになっちゃったらしい。最初はびっくりしたけど、話してみるとちょっと辿々しい以外は普通に性格の良い女の子だった。


 彼女のお母さんは、あずささんやトヨさん達だけじゃなく、私とユミさんにまでペコペコと『娘をよろしくお願いします』と頭を下げて、何度もこちらを振り返りながら地元の町へと帰っていった。


「いいお母さんだね」


「……心配性なだけ、です」


 思わず私がそう言うと、ふいと顔を背けながらはるかちゃんは言った。でも頬がほんのり朱に染まっていて、心配されている事も含めてお母さんを疎ましく思っていない事が伝わってきた。ちょっと天の邪鬼なのかな、そう思うと小さく笑いがこみ上げてくる。


「わたしには敬語じゃなくていいよ、同い年なんだし。あ、自己紹介がまだだったね。わたしは松田すみれ、仲良くしてくれたら嬉しいな」


 ちょっと強引に手を伸ばして、はるかちゃんの右手を両手でにぎにぎとしながら自己紹介する。あんまり表情が動かないけど、ちょっとだけ頬が緩んだ気がした。そりゃあいきなりこれまで住んでたところを離れて東京で知らない人達と暮らしなさいって言われたら、一般的な小学生は不安になるよね。私の存在で彼女がちょっとだけでもホッとできたら、嬉しいけど。初めての同い年の仲間なんだし、できれば仲良くなりたいからね。


 それからお風呂とかレッスン場とか、よく使うであろう場所を中心に寮の中を案内する。お部屋に関してはさっきまでお母さんと一緒にはるかちゃんが片付けてたから案内は必要ないし、ひと通り寮の中をぐるっと歩き回った後はふたりでのんびりお茶を楽しんだ。


 紅茶は苦手らしいのでちょっと甘めのカフェオレをふたり分淹れて、テーブルの上に置く。ふーふーと息を吹きかけながら冷ましている様子は、猫みたいでかわいい。それにしてもこの寮に入る人は見た目が整った子が多いよね、真帆さんといい菜月さんといいユミさんといい。愛さんも美人さんだし、目の前のはるかちゃんももちろん美少女だ。明らかに自分だけ見劣ってるのが悲しいけど、持って生まれたものは今更どうしようもないからね。少しでも見目が良くなる様に、現状それなりな凡人なりに努力するしかない。


 お茶を飲みながら、彼女のこれまでの話も聞く事ができた。中部地方出身で、地元の児童劇団に所属していたそうだ。その中でもはるかちゃんは将来性を見込まれていて、地元ではローカルCMに出演したり、ローカルニュース番組で名産品や飲食店を紹介するコーナーを担当したりしていたんだって。


 既に露出があったから、関係者の誰かが『将来有望な子がいるよ』って話を東京の方に持ってきて、それがあずささんの耳にも入ったんだろうね。忙しいのにフットワークが軽いから、早速はるかちゃんに会いに行ったあずささん。彼女に演技を見せて欲しいと即席のオーディションを設定すると、見終わった後すぐに事務所へと勧誘したらしい。なんというか、私も演技者の端くれ。あずささんがそこまで速攻で勧誘した巧者がいるなんて、正直なところワクワクする。これから一緒にレッスンする事もあるだろうし、どんな演技を見せてくれるのか楽しみにしておこうっと。


 その日の夜は愛さんがケーキを買ってきてくれたので、ささやかながらはるかちゃんの歓迎会を開いて、寮生の親睦を深める事ができた。ただあんまりグイグイ距離を詰められるのは苦手みたいなので、ゆっくりと仲良くなっていきたいと思う。愛さんは結構そういうところでせっかちだから、抱きついたりボディタッチが多くてはるかちゃんに警戒されていた。


 避けられているからってその分私を抱っこする必要はないと思うんだけど、あまりにしょんぼりしているので愛さんの好きにさせてあげた。それを見たユミさんが苦笑してて、代わってあげてもいいですよと打診したらあっさりと断られてしまった。私みたいな肉のついてない細っこいのよりも、どんどん女性らしく丸みを帯びてきているユミさんの方が絶対に抱き心地いいと思うんだけどなぁ。愛さんも私の方がいいと言い張って、結局お開きになるまで離してくれなかった。


 次の日は私の学校にはるかちゃんを連れて行って、先生達に挨拶してもらった。引越してきたばかりで東京に不慣れな事を考慮して、それプラス当然だけどまだ友達もいないので私と同じクラスにしてくれるんだって。既にあずささんによる手回しが行われていたらしく、ちょっとびっくりした。透歌も同じクラスだそうなので、あの子が一緒ならうまくクラスをまとめてくれるだろうし、何の心配もいらないね。


 私が入寮した時は夏休みだったからあずささんによる特訓があったけれど、新学期ももうすぐだし無理はさせられないという事で、はるかちゃんの特訓は夏休みに行う事になった。私の場合はズブの素人だったけど、はるかちゃんは児童劇団に入っていたから基本ができているという違いもあるんだろうね。そう考えると私達にはあんまり演技力の差はないのかもしれない、私も負けないように頑張らなくちゃ。


 いくらはるかちゃんが地元でそれなりに撮影を経験してきているとは言え、私の時の様に出演できなくなった子役の代打にしてぶっつけ本番でデビューさせようなんて無茶はあずささんも洋子さんも考えていない様だ。『あれは不可抗力だったのよ』と言いながらも、『でもすみれなら出来ると何故か思っちゃったのよね』なんて悪びれもせずに言う洋子さんは要注意だ。心の準備もなくはるかちゃんが飛び入りでCMやドラマに出演させられない様に、しっかりと見張っておかなくては。


 はるかちゃんはしばらくレッスンしつつ、私の仕事がある日は一緒に来て現場を見学する事になった。いわゆるカバン持ちとか付き人な立ち位置である、本当に荷物持たせたり雑用させたりはしないけどね。私が決めた訳ではなくて、いつの間にか大人達がそう決定していたのだから、はるかちゃんにも私にも拒否権はなかった。


 ちなみに今私が抱えているレギュラー仕事と言えば、もうずっと続けている雑誌の子供服モデル、ドラマが2本である。他にもこれまで撮ってきたCMの続編とか、テレビのバラエティとかありがたい事に多岐に渡って色々とお仕事をもらっている。ドラマはひとつが恋愛ドラマで私は主役ではないんだけど、ヒロインの妹という脇役だけど視聴者の記憶に残りやすい配役をもらえた。初めての恋愛に右往左往する高校生の姉を冷めた目で見ながらも、仕方がないなぁと言いながら愚痴や相談を聞く役だ。コメディ色の強い作品だから、撮影中に毎回どこかで笑いが起こる楽しい現場である。


 もうひとつは久々に代役で呼ばれた刑事ドラマ、現場叩き上げの刑事が仲間と協力して事件を解決していくという、割とオーソドックスな内容だ。私の出番はドラマのラスト5分で、仕事を終えて帰宅した刑事の娘として、父親を出迎えて夜食を振る舞う役どころだ。最初は専門家の料理担当の人を用意してその人が作った料理を運んで、子役は演技だけに集中すればいいという話だったのに、演出担当のスタッフがはっちゃけてしまったらしい。


 なんと専門家の人に監修させて、娘役の子に料理をさせる事が決められてしまったんだとか。既に娘役に決まっていた子は料理なんてしたことがなくて、そんな無理を押し通されるなら役を降りると正式に事務所を通して抗議が届いたらしい。でも既に全体に周知されてしまって今更取り消すこともできず、料理ができる子役を片っ端から当たったところ、私のところにも話が来たというのが事の経緯だそうだ。なんというか、私としては棚ぼたで仕事が増えたから嬉しいけど、前任者からすればたまったもんじゃないよねこれ。


 でも私にとっては演技の仕事もできて、更に料理の専門家さんから色々な料理の作り方とか技術を教えてもらえるという、すごく楽しい仕事だったりする。前世での料理経験も結局は料理番組やレシピ本を見たり、誰かの真似をこっそり自分で試してみたりした所謂我流でしかないから、正式に誰かに教えてもらえるのは正直なところものすごく嬉しかった。これでまた私が食事を作らなきゃいけない時に、寮のみんなに美味しい料理を作ってあげられるからね。いつか両親やなおとふみかにも食べさせてあげたいな、なんて思ったりしている。


 既に3話分を撮り終えているけれど、料理を教えてくれる先生や他のスタッフさん達には私の作った料理は好評を頂いている。ただ子役本人に料理をさせるという方針を強行した人からは、『これは本当にお前が作ったのか?』とか『整い過ぎていて面白みがないな』とか毎回文句を言われるのが面倒くさい。どうやら野菜が不揃いだったり見た目が不味そうな、いかにも子供が作った料理がご所望だったらしいけど、普通に美味しく作れるのにわざと不味そうに作るなんてしたくない。他のスタッフさん達が私の意見に賛同してくれて普通に料理をしていいと正式に方針が決まったのに、毎回文句や嫌味を言われるのはなんだか納得がいかない。一応洋子さんもその時一緒にいてスタッフの発言を聞いているので、もっと上の方の立場の人に抗議してくれているらしいので、現在はまだ様子見中だ。


 雑誌モデルの方もこれまで通り頑張ってるんだけど、私の頑張りに体の成長がついてきてくれなくて少し困っている。現在の私の身長は約140cm、そう四捨五入してやっとだけどついに140cmの大台に乗ったのだ。ちなみに春休み前に保健の先生に聞いたら、小学6年生の平均身長は146cmぐらいらしい。そう考えるとまだまだ小さくて、体重も殆ど増えてないから未だに1~2歳は幼く見られている。これは由々しき問題ですよ、更に言えば新加入したはるかちゃんは同い年にも関わらず更に先の150cmを超えているのだ。一緒にいると私が余計に幼く見られて、その度にショックを受けている。比較対象って大事だけど、2歳差の姉妹と間違われるぐらい健康優良児なはるかちゃんと並べられるのは、コンプレックスを抱える私としては結構辛いものがある。


 小学校を卒業するとこの仕事も卒業するという暗黙のルールがこの雑誌にはあるみたいなんだけど、身長があんまり伸びなかったら続けてほしいとこっそり打診を受けている。撮影する側もまた新人さんをイチから教育するよりも、ここの撮影現場に慣れている私を慰留した方が手間が省けるし効率的だもんね。でも私の背はちゃんと伸びるから、きっと多分おそらくもしかしたら。


「すみれ、ちゃんは……」


「呼びにくかったら呼び捨てでいいよ、わたしもはるかって呼ぶし」


 ここしばらく一緒に過ごしていて、いつも私に呼びかける時に一拍間が空くのが気になっていて、思い切ってお互い呼び捨てする事を提案してみた。別に呼びにくい訳ではないとはるかちゃんは言うけど、ちゃん付けしない方がなんだかより仲良しになったみたいで嬉しいと言われて、私も頬が緩む。


「すみれは、すごいね。たくさん仕事してるのに、全部手を抜かずに一生懸命頑張ってる。私も住んでいたところでお仕事してたけど、すみれみたいにはちゃんとはできてなかった」


 あー、本来の年相応な小学生だとこんな感じだよね。ネット全盛期なら色々な情報を自分で手に入れて自意識を育てる小学生もそれなりにいるだろうけど、平成初期である今なんて大人ですら世界が狭い。更にその狭い世界で生きている大人からしか学習できていない子供の視野の狭さたるや、想像に難くないだろう。ただ子供らしさというなら、この時代の子供達に軍配が上がるかもしれない。いけない、話が逸れてしまった。


「うーん、わたしはやりたい事をしてるだけなんだけどね。でもお仕事で呼ばれてるんだから、私の演技にはお金が発生する。お金をもらう以上はその金額以上の仕事をして、お仕事をくれた人達に満足してもらいたい。そう考えたら自然と仕事に対して真剣になるし、頑張ろうって思えるの」


「すみれは、お金のために仕事してるの?」


「それもあるけど、演技するのが好きだからっていうのが一番だよ。だから本当ならしなくていい苦労をして、家族と離れてひとりで東京に住んでる訳だし……まぁ、他にも色々理由はあるけどそれはまた機会があれば、ね」


 姉の事とかね、出会ってすぐそんなややこしい話を打ち明けるのもどうかと思うので濁しておいた。はるかちゃん、じゃなくてはるかもそれで何かを感じ取ってくれたのか、曖昧に頷いて話を変える。


 洋子さんの車の後部座席に並んで座りながら、学校の事とかお互いの趣味とかまだまだ初対面に毛が生えた程度の付き合いしかない私達にとって、自己紹介の延長線に当たる話で盛り上がる。


 きっと一緒に過ごすうちに私の事情なんかもはるかに話す時がくるのだろうけど、まずはお互いの事を知ってもっと仲良くならなくちゃね。そんな事を考えながら、私は一生懸命に自分の事を話すはるかの言葉に、うんうんと相槌を打つのだった。

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