閑話――母と娘のふれあい
「あっ! すーちゃんの映画!!」
喜びの声を上げながらテレビの前に駆け寄っていく娘達を見ながら、私は目の前にいる
涼香さんの娘さんであるなおちゃんとうちの娘のふみかとは幼稚園の頃からの幼なじみで、私達の付き合いもそれから始まった。学生時代はやんちゃだったと自分で言う涼香さんは考え方も基本的には前向きで、子育てで色々と悩むタイプだった私は色々と助けられた。ううん、現在進行系で助けられている。
「すみれも元気そうでよかった、アタシは去年の夏にちょっとだけ会ったきりだったから心配だったんだよね。いろはサンはふみかの入院中に会ってるんだっけ?」
「うん、ふみかのお見舞いで病室に通ってくれてね。せっかく帰省してるのに娘に付きっきりでいてくれて、なんだか申し訳なかったわ」
「アイツは友達想いというか、義理堅い子だから……大人のアタシよりナンボかしっかりしてるし」
笑いながら言う涼香さんに、私は小さく笑った。先程から話題に上がっているすみれちゃんとは私の娘と同い年で、涼香さんの娘さんのなおちゃんと同じく幼稚園の頃からの幼なじみだ。もちろんすみれちゃんのお母さんとも親交はあるが、松田さんのおうちは少し家庭環境が複雑なので涼香さんほどは仲良くなれていない。
おそらくそういう家庭環境だから、すみれちゃんは大人みたいに振る舞う様になってしまったんじゃないかな。私と涼香さんの想像だけど、そう大きく外れてはいない気がする。私達大人が舌を巻くぐらい大人びていて、しっかりしている少女なのだ。
「ママ、やっぱりすーちゃんの舞台挨拶見に行きたい」
「しかたないでしょ、その回の席が取れなかったんだから」
タタッ、と駆け寄ってきてわがままを言う娘の頭を撫でながら、私はため息をついた。ちなみにテレビのCMで試写会のお知らせも流れていたので応募してみたが、残念ながら外れてしまった。すみれちゃんが人数分の前売り券を送ってきてくれたのだけど、残念ながらすみれちゃんが出演する舞台挨拶の回は席がすべて埋まってしまっていた。
やはり地元に映画館がないのが重いハンデだったかなぁ、娘のお願いだからできるだけ叶えてあげたかったんだけど、こればかりはどうしようもない。
私の返事を聞いてしょんぼりした娘が、テレビの前にいるなおちゃんのところに戻っていく。なおちゃんも娘と同じ様にしょんぼりとした表情をしていて、ちょっとだけ良心が痛む。
子供達から視線をズラしてテレビの画面を見つめると、そこにはインタビューに答えるすみれちゃんが映っていた。お化粧しなくても白い肌にパッチリと大きな瞳、相変わらずの美少女っぷりに思わず口から息が漏れる。
「プロの技術ってすごいわね、すみれちゃんって前から可愛かったけどここまでになるなんて」
「今度すみれが帰省してきたら、手入れの仕方とか教えてもらおうかな」
私達が冗談めかしてそんな事を話していると、ふみかとなおちゃんが怒ったような表情でこちらに近寄ってきた。並んで私達の前に立つと、腰に手を当てて口を開いた。
「すーちゃんは寮のお姉さん達に教わって、お肌のお手入れとか頑張ってるんだよ! 努力してキレイにしてるんだから」
「そうだよ! 頑張って可愛くなってるんだから、簡単じゃないんだよ!」
ぷんぷん、と音がしそうな態度で言う娘達がおかしくて、私と涼香さんは声を上げて笑った。でも確かにふみか達が言うように、簡単ではないよね。私も華やかな業界にいた事はないけれど、女として生まれてウン十年だ。美貌を維持するならまだしも、向上させるにはかなりの努力が必要な事は身に沁みてわかっている。それを小学生のすみれちゃんが先達に学びながら行っているのだから、尊敬の念すら抱いてしまう。
どうやら自分達の主張が私達に届いたのだと理解したふみか達が満足そうに頷く。しばらく親子二組で笑い合った後、少しだけ戸惑った様になおちゃんが口を開いた。
「あのさ、ママ。もしもわたしがすーちゃんとおんなじところで仕事をしたいって言ったら、どう思う?」
「……あぁん?」
突拍子もない事を言い出したなおちゃんに、涼香さんが喉の奥から絞り出す様に声を出す。やんちゃしてた頃はきっと常にこんな感じだったんだろうなと容易に想像できる剣呑な目つきで、彼女は愛娘を睨みつけた。その迫力に怯えたふみかが、私にぎゅっとしがみついてくる。
「なお、アンタすみれと一緒にいたいから大学は東京のガッコを目指すって言ったばっかりじゃん。なんなの、そっちはどうすんの?」
「そっちも頑張るよ、でも演技してるすーちゃんがすごく楽しそうだから。わたしもやってみたいなって思ったの」
無邪気に両手をぎゅっと握って言うなおちゃんに、涼香さんはまるで見せつける様に大きなため息をついた。
「あのねぇ、何の結果も出してない人間がアレもコレもやりたいってユメ語んのは勝手だけど、結果どれも叶えられなくてダメになって困るのはアンタだよ?」
「ママはわたしにはできないって思う?」
「
そう言って涼香さんは寂しそうに笑ってから、なおちゃんの頭を撫でた。その手が滑るように頬へと下りて、軽くほっぺを摘む。
「大体ねぇ、すみれが出来てるから自分もやれそうなんて勘違いしちゃダメ。なおの方が知ってるだろ、すみれは努力する事を面倒に思わない性格だって。才能があって努力も当たり前にできて、人間関係もうまく調整できる子なら成功して当然なの。あんな風になれるのは、本当にひと握りの子だけなんだからな」
「いっ、痛い! ママ、痛いってば!!」
ほっぺを摘まれて痛そうにしているなおちゃんと、手加減しつつもなおちゃんの無邪気な言葉にちょっとイラッとしたのか、少しずつ指に力を込める涼香さん。一瞬ピリッとした空気になったけれど、最終的に微笑ましい親子のじゃれ合いに落ち着いてこちらもホッとひと安心。
涼香さんの最初の睨みに萎縮したのか、ずっと私に抱きついていたふみかが『私も演技やってみたいって言わなくてよかった』と小さく呟いたのが聞こえた。本当なら私も言い聞かせるべきなんだけど、まぁ涼香さんの言葉で現実は厳しいってふみかも解っただろうし。今回は聞かなかった事にしてあげよう、本当にやってみたかったらきっと自分の口でもう一度お願いしに来るだろうし。
本当なら子供の望む事はなんでもやらせてあげたいのだけど、現実はままならないものだ。その世知辛さに、私は思わず深くて重たいため息をついてしまうのだった。
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