54――オーディションの裏話と新しい映画のオファー


 10月は忙しくなると言ったな、あれは嘘だ。いや、嘘をついた訳ではないんだけど、トップダウンであずささんから洋子さんに出演NGの指示が飛んできたらしい。


 色々言われたみたいだけど、簡単に説明しちゃうと『役者が素を観客に見せ過ぎるのはよくない』という事だった。その言葉を聞いた洋子さんは『視聴者の人達にすみれの事を知ってもらった方が、今後の役者人生にプラスになるんじゃないの?』と首を傾げていたが、私は前世の経験からなんとなくあずささんの言いたい事を理解していた。


 前世ではインターネットも発達していたし、テレビ番組でも役者さんがバラエティで素を出しながら企画に参加していたり、視聴者と演者の間にある距離は確実に以前とは縮まっていた。すると嬉しい事ばかりではなく、ちょっとした粗が目についたりして視聴者側がその役者に対して少し穿った見方をする様になってきたのだ。すると最後には演技も見ずに『あいつが演じているなら面白くないから見ない』などと言い出す人達まで出てきて、距離感が近づくのも善し悪しだなとため息をついた事を覚えている。


 さすがにインターネットがないこの時代ではあそこまで視聴者と演者の距離感が縮まる事はないだろうけれど、役者として不純物を含まない演技を見せたいというあずささんのこだわりは理解できる。ただ今回は映画の宣伝がメインの目的なのであずささんが譲歩して、洋子さんを始めとした大人達が厳選した3番組にだけ出演する事になった。クイズ番組と素人さん達が出る歌番組の審査員、そしてトーク番組だ。


 このトーク番組は中村さんと一緒に出たんだけど、芸人さんの家に遊びに行くていで飲食をしながらリビングのセットでお喋りする感じのものだった。というか前世でも子供の頃からよく見ていて、前世ではレギュラー放送は終わってしまったけれど、季節ごとに特番が組まれるくらい人気がある番組だ。まさかこの番組に自分が出演する事になるとは、と緊張しながら撮影に臨んだのだった。


 MCである姫路亭かんぱちさんとは、実は初対面ではない。かんぱちさんにとっては大勢いた子供達の中のひとりだったので覚えてはないだろうけれど、彼が出演している学園バラエティ番組のオーディションに参加した際にお会いした事があるのだ。結果は残念ながら不合格、あの時は洋子さんも私をどういう風に扱っていいのか迷っていた頃だと思う。


 せっかく話のきっかけになるエピソードがあったので、事前に楽屋に行った時は初対面のフリをして挨拶を済ませて、本番で話してみる事にした。


「すみれちゃんか、君とははじめましてやんな?」


「いえ、実は前にお会いした事があります。覚えていらっしゃらないと思いますが、『集まれ!かんぱち小学校』の最終オーディションで少しだけお話しました」


 私がそう言うと『ええ!? あー……覚えてないわ、ごめんな』と苦笑しながら、かんぱちさんは頭を下げてくれた。すると中村さんが、横からかんぱちさんに茶々を入れる。


「でも今にして思えば、逃した魚は大きかったんじゃないですか? 俺が言うのもなんですけど、この子は将来名のある女優になると思いますよ」


「まぁ、そうやな。宣伝用のVTRブイ見せてもろたけど、それだけでもこの子の演技が上手なのはよくわかったわ」


「かんぱちさんでも、すみれの才能を見抜けなかったって事ですかね」


 中村さんがそう言うと、かんぱちさんは浮かべていた笑みはそのままに『違うわ』と言った。そして人差し指を中村さんに突きつけて、大きく息を吸う。


「ええか、中村。俺の番組に役者の才能は必要ない、俺らが欲しいのは番組を面白くしてくれる子らや。すみれちゃんには悪いけど、今みたいな感じでオーディション受けてたんやったらうちの番組にはいらんねん」


 さすがに面と向かって『お前はいらない』と言われると結構なショックを受けるが、かんぱちさんには彼なりの考え方があるらしい。それを察した中村さんが『どうしてですか?』と水を向けると、かんぱちさんは真剣な表情で語り始めた。


「あの番組で俺らがどんな子供が欲しいか、はっきり言うと行儀のええ子はいらんのよ。大事なのは面白さや、俺らは子供らが部屋に入ってくるところから見てるんやで? そこで就職の面接みたいにお辞儀して入ってくる子はちゃんと躾されてるんやろうけど、そこでもうバツや。それよりも騒いで入ってきたり、俺に駆け寄ってくる子の方が面白い事が起こる可能性が高いやろ」


「でもそんな子達ばっかりだと、撮影の時もなかなかまとまらなくて大変なんじゃないですか?」


 中村さんの質問にかんぱちさんはニヤリと笑って、グイッとソファーに座ったままこちらに身を乗り出した。


「そういう時のためにスタッフがおるんやろうが。まぁ全員が破天荒やったら困るから、ひとりかふたりまとめ役の真面目な子も入れてるから大丈夫や。すみれちゃんの時は、多分まとめ役の子が決まってたんやろうなぁ」


「残念です……できればかんぱちさんと一緒にお仕事したかったので」


「まぁそう慌てんでも、すみれちゃんやったら頑張ってたらすごい女優さんになれるやろ。そしたらなんぼでも仕事なんかわんさか湧いてくるから、その時に成長した君と会えるのを楽しみにしてるわ」


 かんぱちさんは決め顔で言った後『今の俺、かっこよかったやろ』と嘯いて、観客席から大きな笑いが起こっていた。現世での私の未来がどういう風になるのかは全然予想もつかないけれど、でもどういう形であれかんぱちさんと一緒に仕事ができたらいいなと思う。だからその気持ちが伝わるようににっこりと笑って、私はかんぱちさんに頷いたのだった。




「……と、ここまでがこの作品概要になるのですが、いかがでしょうか。私達としては、是非松田さんと一緒に作品を作り上げられたらと思っているのですが」


クイズ番組の収録が終わった後、打ち合わせに使われるテレビ局の部屋に移動した私と洋子さん。そこで待っていたのは新しく映画を撮るという女性監督とプロデューサーさんだった。用意されていた席に私と洋子さんが並んで座り、対面に彼女達が腰掛ける。机に二人分の資料が並べられていて、早速本題を切り出してくる。


 映画の内容は恋愛映画、でも普通の恋愛映画とはかなり趣が違っていた。なんと私の役は子供に見えるOLで、イケメンから熱烈なアプローチを受けるらしいのだ。子供な見た目なせいで恋愛経験値がゼロな女性が、突然自分に向けられた愛にアワアワと右往左往しながらも自分を見つめ直すと言えば良い物語っぽく聞こえるけど、どう見ても小学生な女性に恋慕を抱く成人男性って……。


「この男の人、なんかヘンタイっぽくないですか?」


 私の思考を読んでいたかの様に、洋子さんがそれを口に出した。私もうんうん頷きながら同意していると、プロデューサーの女性が苦笑しながら自分の頬に手を添えた。


「だってこれで主人公が美女だったら、ちょっと生々しいじゃないですか。私達が撮りたいのはセクシーな男慣れしている美女ではなく、初心で可愛い女の子なんです」


「やめて、うちのすみれの前で変な事言わないでください! しっかりしていると言っても、まだ小学生なんですからね」


 熱弁しているプロデューサーをジト目で見ながら、洋子さんは私を抱き寄せてそっと耳を塞いだ。ぽよんぽよんした感触がほっぺに当たって、ちょっと気持ちがいい。


 気持ち悪い中年おじさんに言い寄られるよりはマシかもしれないけど、相手がイケメンであってもなんだか背筋がゾゾッとしそうだ。そもそも前世と現世も含めて一度も恋愛経験のない私が、恋愛映画のヒロインなんてできっこないと言わざるを得ない。


「最初、私達は安野結花ちゃんにこの映画のヒロインを依頼しようと思っていました。でも先日の試写会であの映画を観てしまうと、ヒロインは松田さん以外に考えられなくなってしまったんです」


 先日、関係者を招いて試写会が開かれたんだけど、この人達も来てたんだね。演者は5人まで招待してもいいという事だったので、私も寮のみんなを招待したんだよね。あずささんは監督が招待していたので、私の分だけでトヨさんを含めた寮生全員をお招きできたのは助かった。もし足りなかったら、洋子さんにお願いしなきゃいけなかったからね。


 それはさておき、当日は貸し切りにした大きな映画館の座席が全部埋まるぐらい人が来てくれていたので、その中に彼女達がいても特に不思議はない。


 ちなみに安野結花ちゃんは『CHANGE!』のオーディションでも競ったことがある先輩子役で、前世では子役から転身して実力もある有名な女優になった人である。前回のオーディションではたまたま実力以上の力が出せたので私が役を掴むことができたけど、次に役を争ったらどっちが勝つかわからない。私にとっては尊敬する先輩であり、ライバルでもある。


「あと安野さんには、芸歴の長さからどうしても子役というイメージが強く付きまといます。そういう子が恋愛に関与する、というだけで嫌悪感を抱く層も一定数いるでしょう。非常に失礼な言い方になってしまいますが、松田さんは無名であり、まだ視聴者からのイメージは固定されていません。仕事はできるけれど恋愛関係はポンコツ、そういう他者から微笑ましく見られる様な愛され系女子というイメージがついても特に悪い話ではないでしょう?」


「うちのすみれにそんなイロモノみたいなイメージを付けないでもらえますか、将来この子は正統派美人女優になるんですから!」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられながらプロデューサーと洋子さんの会話を聞いていたけど、役者としてこれからも活動していくならこういう恋愛映画でのヒロイン的な役割は必ず回ってくるだろう。映画の内容からコメディっぽい感じだろうし、この映画は練習というか私にヒロイン役が務まるかの試金石になるかもしれない。


 でも正直なところ気が進まないかなぁ、そもそも10年以上掛かっても私のスタンスが定まってないのに元同性への恋愛を演じろっていうのは厳しいよね。でもせっかくのいい機会だし……受けるべきか、断るべきか。


 結局どうするべきかの答えは出ず、しばらく考えてからお返事をする事になった。幸いな事に現在この映画はまだ企画が通って準備段階らしく、撮影は来年の春以降に予定されているんだとか。


「たっぷり考えてもらって結構ですので、どうぞよろしくお願いしますね」


 そう言い残して帰っていく二人を見送りった後、洋子さんと話し合った結果とりあえず『CHANGE!』の公開が始まるまでこの話は棚上げする事になった。たしかにまだまだ時間はたっぷりあるし、しばらく悩む事にします……。

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