53――映画の宣伝で初バラエティ番組へ


(うーっ、ものすごく緊張する)


 映画の撮影でも雑誌の撮影でも殆ど緊張しなかった私だけど、今日ばかりは緊張せずにはいられない。前世からそうなんだけど、他人とお話するというのが基本的に苦手なのだ。しかも収録とはいえカメラの前でお喋りするのだから、ちゃんとできるのか不安になるのも当然だろう。親しくなったらそうでもないんだけど、知らない人と初対面でたくさん喋らなければいけないというのは結構ハードルが高い。


 セットの影に隠れる様に出番を待っているのは、私と神崎監督。襟と袖口が白でそれ以外はネイビーという可愛らしいワンピースが衣装として楽屋に置いてあって、靴もローファーが一緒にあったのでそれを履いている。私には衣装が用意されていたけど、監督にはなかったのだろうか。ちょっとくたびれた様子のスーツを着て、私の隣に立っている。


「緊張しているのかい、すみれくん。心配しなくても殆どの質問は私の方に飛んでくるだろうし、司会の人も慣れているだろうから、ちゃんとフォローしてくれるさ」


 そう言うと笑いながら私の頭をポンポンと撫でる監督、そりゃあ監督は慣れてるからいいだろうけどさ。トーク番組初体験の私としてはドキドキが止まらない、しかもゴールデンタイムの番組なんて緊張もひとしおだ。監督にも積極的にフォローしてくださいね、と念押しする様にお願いすると苦笑しながら頷いてくれた。


「それでは、本日のゲストに登場してもらいましょう。どうぞー!」


 司会の人が呼び込みのためにそう言うと同時に、目の前のセットの扉が開く。眩しいスポットライトが暗かったセット裏にまで差し込んできて、ちょっとだけ目が痛くて目を細める。そんな私に監督が手を差し出してくれたのでエスコートしてもらおうと、ちょこんと自分の手を載せた。


 観客の人達も入っているからか、拍手と一緒に『可愛いー!』って声が観客席からこちらに飛んでくる。監督はどちらかというと渋いって感じなので、おそらく私に向けての言葉なのだろう。こういうのってADさんがそういう風に言う様に指示してるんだよね、わかっているんだけどちょっと恥ずかしい。


 ひな壇に座っている芸能人の人達にも拍手されながら、私と監督は用意されていたゲスト席へと向かった。ひな壇の人達とは司会を挟んで反対側なので、微妙に対面している様な感じに配置されている。


 椅子に座ると司会の男性が私をマジマジと見て『監督のお子さん?』と呟いた、もちろんこれは彼なりのボケだ。今日一緒に出演する人達には、ちゃんと出番前に楽屋へ挨拶に行ったからね。でもそんな事を知らないお客さん達は、そんな彼の言葉にクスクスと笑っている。


「残念ながら私の子供ではないんですよ、こんなに可愛い子なら大歓迎なんですがね」


 自虐風の監督の返しに、またしても小さく笑いが起こる。そんなやり取りの後に女性アシスタントさんが、私と監督の紹介をしてくれる。名前を呼ばれた時に小さく会釈をして、アシスタントさんの言葉に耳を傾けた。


「11月末に公開される神崎監督の最新映画『CHANGE!』ですが、主演はなんと中村健児さんとこちらの松田すみれさんのダブルキャストなんですよ!」


 その言葉に観客席とひな壇から『ええーっ!?』と驚きの声があがる。そりゃそうだ、成人男性と小学生女児が同じ役を演じるなんて、通常では考えられないだろうし。


「まぁ中村くんは多分合計しても、15分ぐらいしか出演してませんがね。それなのに暇さえあれば撮影所に差し入れしに来てくれていましたが」


 『感謝してるけど、正直鬱陶しかったよね』と監督に話を振られたが私としても頷く訳にはいかず、『チーズケーキがおいしかったです』と微妙にボカした返事をしたら何故かまた『可愛い』と観客達から声が掛かった、解せぬ。


「いやー、どういう事なのかよくわからないよね。百聞は一見にしかずという事で、VTRを見てもらいましょう。それではすみれちゃん、V振りお願いできるかな?」


「はい、VTRどうぞ!」


 カメラに向かって笑顔を作りながら、右手を前に差し出す感じで言った。するとひな壇と私達の両方から見えるところにあるモニターに、映画の宣伝VTRが流れ始める。大前提として男性から少女への性転換が題材という部分と、少女になって様々な事に困惑している様子がコミカルに編集されている。まぁそこが伝わらないと、何の映画なのかよくわからないからお客さんも観に来にくいだろうしね。


 1分半くらいの短い映像を見て、カメラが再度スタジオの風景を映し出す。なんというか、先程までとは観客も芸能人の皆さんもこちらを見ている視線の色が少し違う気がした。


「いやー、あの……すみれちゃん、失礼な事を聞くけども女の子なんだよ、ね?」


 戸惑い気味にそう尋ねてきた司会の男の人に、ちょっぴり戸惑いながらも『はい』と返事をしてこくりと頷く。するとスタジオのあちらこちらから感心した様なため息が聞こえてきて、なんだか身の置き場がなくてもじもじと身を捩ってしまう。


「今の短い映像でもわかってもらえたかと思いますが、彼女の演技の中にはちゃんと中村くんがいたでしょう? もちろん努力もありますが、彼女はとても才能豊かな子なんですよ」


 まるで自分の娘を自慢するかの様に、監督が隣でそう言った。そうするとますます私に集まる視線に感心の色が濃くなってきて、いたたまれなくて自分の顔が真っ赤になっている事を自覚しながらうつむき加減になってしまう。でもこれはテレビのお仕事なのだから、うつむいてしまったら大失点だ。さっきの映像を見ても自分にとっては及第点以上の仕事をしたんだから、何も恥ずかしがる理由はない。そう自分を奮い立たせながら、なんとか顔を上げた。


「すみれちゃんだったかな……君、演技はどこで学んだの?」


 ひな壇の二段目の真ん中に座って、じっと腕を組んでいた男性が低い声でそう呟くように言った。前世からよくテレビのドラマやバラエティで見かける俳優さんで、怒っている様な口調だがこれが彼の平常運転だ。それを知っていても重い雰囲気や眼力を感じて、少し圧されてしまう。なんとか気合を入れて踏ん張って、笑顔のままで返事をする事ができた。


「大島あずささんにご指導頂いています」


「あずささんの教え子か、現時点でこれなら将来はかなり有望だね」


 あずささんの名前は芸能界の隅から隅まで轟いていて、大抵の人に通じるからすごいなぁといつも思う。ただそれにおんぶに抱っこではダメなんだけどね、いつかは松田すみれ単体で『おおっ』と一目置かれる存在になりたいとは思っているけど、今の私にはまだまだ遠い目標だ。


「すみれちゃんは小学校3年生から大島さんのお宅に住み込んで演技の修行をされていまして、それ以外にも雑誌のモデルやCM・ドラマにも出演されているんだとか」


 アシスタントさんの言葉に合わせて、モニターに雑誌に載った私の写真がいくつか映し出される。元々ガーリーな服を担当する事が多いので、すごくファッショナブルな服を着てキメ顔してる恥ずかしい写真とかはないんだけど、それでもなんだかこうして自分が写っている写真を見せられるのは恥ずかしい気がする。


 前世の平成末期は他局のドラマであっても普通に映像を流していたけれど、この時代はまだそういう事はタブーなのか教育ドラマの映像は用意されていなかった。そう言えば他の放送局名とかも言っちゃダメな空気感あるもんね、ドラマもタイトルは伏せられてるし。


「元々子役でCMとかに出てたら大島さんの目に留まって弟子入りした、という感じなのかな?」


 司会の男の人が私に向かってそう聞いてくるが、どこまで話していいものやら。というか監督との出会いとかまで遡ると、なんで私がコンテストに出たのかまで話す事になるし、そうなるとこの番組を万が一姉が見ていたらまた面倒な事になりそうだ。


「いえ、そもそも大島あずささんにこの子を紹介したのは私なんですよ」


 私が躊躇しているのに気づいたのか、隣から和やかな声で監督が助け舟を出してくれた。


「え!? 元々お知り合いだったんですか?」


「いえ、実は彼女と知り合ったのはあの『全日本美少女オーディション』の審査会場でして。そこで私が彼女に一目惚れをして、こっちの世界に引っ張り込んだ訳です。ああ、もちろん一目惚れと言っても女性としてではなく、彼女の演技力にですよ。彼女が自己PRで外郎売を披露してくれたんです」


「あー、びっくりしました。監督のストライクゾーン広過ぎるだろうと、一瞬疑ってしまいました。でもすみれちゃんは容姿も可愛らしいですから、好きになっても不思議じゃないと思いますよ」


 そう言ってフォローしてくれる男性司会者さん、いいんですよそんな無理にフォローしてくれなくても。自分でも可愛らしい顔立ちだとは思ってますけども、世間の大半が美人だと褒めそやすレベルではないのはわかっているので。


「それを見て是非彼女に私の映画に出てもらいたいと思いましたね、それで知己の演技者で自身の後継者を探しているあずささんに紹介して弟子に取ってもらったという訳です。ちゃんと弟子入りの前に演技力の試験もありましたが、一発クリアしているのを見て自分の目に狂いはなかったなと自信にもなりましたね」


 冗談めかして言う監督だったが、観客からの反応は笑いよりも私に対する感心の声の方が大きかった。でもまぁあの試験に関しては神崎監督の紹介、という部分が合格に大きく寄与したんじゃないかと個人的には思っているんだけどね。あの頃の私の演技力なんて、素人に産毛が生えた程度の物だっただろうし。


「ただ私が幼い彼女を家族から引き離して、寮で生活しているとは言えたった一人で上京させてしまったのは、今でも申し訳ないと思っています」


 突然の監督の懺悔に、思わずスタジオ内がどよめく。司会者さんに『寮に住んでるの?』と尋ねられて、私はこくりと頷いた。


「大島さんのおうちの敷地内に、弟子が住むための寮があるんです。そこには優しくて頼りになるお姉さん達が一緒に住んでるので、全然寂しくないですよ」


 普通の小学生なら家族と別れて暮らすのは寂しいだろうけど、残念ながら中身は巣立ちをとうの昔に終えた大人なのだ。家族よりも親友達と遠く離れた場所にいる事の方が、すごく寂しい。


「少しお話がズレましたが、映画の中では男の子らしい言動で見事に役を演じるすみれちゃんですが、普段の彼女はどんな感じなのか監督からVTRを預かってますのでこちらをどうぞ」


 台本の進行から外れた流れを、アシスタントさんが話の隙間に割り込んで強引に戻したみたいだ。再度モニターに映像が映る……ってなんでいきなりこれ!?


「これは、ピアノの発表会かな? すみれちゃん、ピアノ習ってるの?」


「ええと、実は今回の映画の準備段階で、監督に指示されて初めて習い始めまして……」


 映っていたのは、あの監督に指示されるがままに出たピアノ教室の発表会の映像だった。こうして殆ど見知らぬ他人達に囲まれて客観的に見ると、あの時の私の格好ってコスプレみたいで恥ずかしくない? マジでお姫様みたいなドレスなんだけど。観客席からはこれまでと同じ様に可愛いコールが出るけど、これはどちらかというと痛い子なのではないだろうか。


「ええ、初心者でこんな風に弾けるものなのかい? ちなみにこの時でピアノ歴ってどれくらい?」


「……半年と少し、ぐらい?」


 どよどよ、とどよめきが起こっているスタジオ内を置いてけぼりにする様に、映像が次々に流れていった。プールを泳ぐ私、宿題に精を出す私、監督達と楽しそうに食事をしている私、プール教室の女の子達とじゃれ合う私……うん、ちゃんと女の子しててよかった。どうしても自分では客観的に見る事ができないから、こうして第三者の視点から見て自然な感じだと安心する。


 映像が終わって再度スタジオに戻ってくると、ひな壇前列の端っこに座る女性がおずおずと手を上げた。確かバイオリニストの人だったかな、ご挨拶した時は優しいお姉さんという印象だった。


「あの、すみれちゃん。映画の最初の方とか、さっきのピアノの発表会の時とかは髪が長かったのに、今はそれに比べるとちょっと短いよね? 切っちゃったの?」


 あー、やっぱり女性は気になるのかな? 洋子さんを始めとして一部のスタッフさん達も監督に対して怒っていたけど、あれは私も納得の上で切ったんだから。なんとか監督にヘイトが向かない様に、できるだけ何でもない様な感じで答えないと。


「えっと、映画の撮影で必要だったので、撮影の途中で切りました。本番で実際にハサミを使って切ったので、どういうシーンだったのか実際に映画を観て確かめて頂けると嬉しいです」


 にっこりと笑顔もおまけで付けたし、映画の宣伝も盛り込んだ完璧な返事だったと思ったんだけど、何故かスタジオの女性達みんなが痛ましそうな表情で私を見ていた。そして揃って隣にいる監督に厳しい視線が注がれる、完璧な受け答えが出来たと思ってたのに何故こんな事になったのだろうか。


 でも後に放映された番組を一緒に見ていた寮のみんなに聞いたところ、私がどういう答えを返したとしても映画の撮影を理由に髪を切った以上、監督に非難が集まるのはある意味仕方がないらしい。確かに私も同じ第三者の立場だったら、監督の事をひどい人だと思ったかもしれない。だって第三者の人達は詳しい事情も何も知らないんだもの、イメージで悪いと決めつける人は前世でもたくさんいたからね。


 監督は『すみれ君がちゃんとわかってくれているんだから、それでいいさ』とわざわざ否定しないスタンスだったのは、そういう人達には何を言っても通じないと何らかの経験から知っていたのかもしれない。それでも知ってる人が誤解されているのがなんだか寂しくて、私が出来得る限り擁護はした。少しでも監督を悪く言う人が減ったらいいなと思う。




 監督がエピソードを語ったせいで外郎売を披露したり、何故か簡単なクイズに挑戦したりと予定にない事ばっかりだったけれど何とか初めてのバラエティ番組をやりこなした私。しかし放送後に『すみれちゃん一人で映画の宣伝をしにうちの番組に来ませんか?』とか『監督は結構ですのですみれちゃんの出演をお願いします』みたいなオファーの電話が事務所にたくさん来たらしい。


 果たして私の何が彼らにウケたのかはわからないけれど、突然降って湧いたオファーの嵐を洋子さんがあたふたしながら捌いたのは言うまでもない。10月はとんでもなく忙しい日々を送る事になりそうで、ほんのちょっとだけ憂鬱の色が濃いため息をついた私なのだった。

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