49――撮影開始!


 いよいよ、神崎監督が手掛ける映画の撮影が始まった。主演のひとりである私がほとんど無名の子役だからか、周りは芸能界で名前が通った役者ばかりで固められていて、私としては恐縮しきりだ。


 普段からあずささんや洋子さんからも『挨拶はきっちりと礼儀正しくを合言葉にして皆さんに接しなさい』と、口を酸っぱくする勢いで言われてる。前世では大人として社会に出ていたので、挨拶や礼儀の大事さは骨身にしみてわかっている。出演者のリストを見てタレント名鑑で名前と顔を一致させてから、顔合わせに臨んだ。もちろん楽屋を訪れての挨拶も忘れない、緊張していたからうまく笑えていたかはわからないけど、にっこり笑顔を意識してぺこりと頭を下げた。


 でも当然の事ながら、他の共演者の人達には私が同業者には思えないんだろうね。どこか久しぶりに遊びに来た親戚の子供の様な、部外者を見る様な目で私を見ていた気がした。悔しいけれど彼らはまだ私の演技も見てないし、会ったばかりの小学生に対する対応としては妥当なのではないだろうか。


 対等にとまでは言わないけれど、私だってギャラをもらって映画に出るのだ。せめて一人の役者として認めてもらいたい、そう思って最初の撮影に臨んだ。中村さん演じる主人公が、性転換と若返りをしている自分に気付かずに目を覚ます場面。そこから主人公は私が演じる事になる、だから挨拶代わりに気合を入れて……それでいて自然体でいつもどおりの演技ができるように。


 このシーン二度目のカチンコが鳴る頃には、知り合いの子供の授業参観を見に来た様なほのぼのとした空気は消えて、どこかピリピリと肌を刺すような空気がスタジオ中を満たしていた。何もこのワンシーンだけで認められるとは思っていない、この映画の撮影が終わるまでにはひとりの役者として見てもらえればそれでいい。その取っ掛かりは掴めた気がした。


 ベッドの上でそんな事を考えていると、男っぽい雰囲気を出すためにかいていた胡座になんだか違和感を感じて、そっと足を折りたたむ女の子座りに姿勢を変える。これが一番落ち着くとか、体も心も女の子らしくなったもんだとなんだか感慨深くもある。まぁもう女の子として生まれ直して10年以上も経つ訳だし、そっちに寄っていってもしかたないのかな。


 監督は順撮りというシーンを順番に撮影する手法で映画を撮影するので、本当なら大きなセットの交換に時間が掛かるのだけど、それを嫌って敷地内の複数の撮影スタジオを押さえているらしい。余計に費用が掛かりそうだけど、実はその方が出費も撮影時間も少なくて済むんだって。


 他の主要な役者さん達も撮影に慣れている人達ばっかりなので、NGも出ずに本当にサクサクと撮影が進む。私も他の役者さんやスタッフさんに迷惑を掛けまいと必死に演技をして、気がついたら初日の撮影が終わっていた。休憩時間で一度楽屋に引っ込んだ時に、何やらこれまでの私に対する態度が良くなかったと中村さんに謝罪されたのだが、私の頭はもう次のシーンの事でいっぱいでそれどころではなかった。あずささん達の言いつけを守ってちゃんと対応できたと思うんだけど、正直なところどう返事をしたのかは朧げで覚えていない。中村さんが不快に思っていなければいいけど。


「……なんで洋子さんはそんなにプリプリ怒ってるの?」


「いいの、すみれは知らなくていいのよ。明日も撮影があるんだから、お風呂にでも入ってゆっくりしましょうね」


 私に対してはいつもどおりのニコニコ笑顔だからいいんだけど、怒るのって体力が必要だしストレスも溜まるから洋子さんを怒らせた人は速やかに謝ってあげてほしい。背中をポンと押されて近くの銭湯まで移動する、当然ながら撮影所には泊まれないから私達はホテルにしばらく連泊しなければいけない。


 できるだけ節約したい私としては、どうせ寝るだけなのだから安いホテルで充分だと思っていたので、その意向を洋子さんに伝えた。それに沿って洋子さんがビジネスホテルを押さえてくれたんだけど、お風呂がユニットバスだったのが辛い。今日の疲れをリカバーするには、やっぱり足が伸ばせるぐらいのお風呂が必須なのだ。私はちっちゃいから部屋のお風呂でも足は伸ばせるんだけど、ジメジメしたシャワーカーテンを閉めて圧迫感であっぷあっぷしながらお風呂に入るのも嫌だ。


 という事で、ホテルの近所にある昔ながらの佇まいの銭湯にやってきました。夜だからか結構混んでるなぁ、番台に座るおばあちゃんに洋子さんがお金を支払って脱衣所に入ると、結構な人口密度が私達を出迎えた。まぁこれから入る人ともうお風呂から上がった人の両方がいるからね、脱衣所が混み合うのも仕方がない。周囲には裸の女の人達がたくさんいるけど、もうこんな状況にも何も感じない自分がちょっとさみしい。でもよくよく考えたら美少女JKふたりと美少女JC、それに加えて美人な20代女子とも事ある毎に一緒にお風呂に入るんだから、そりゃ慣れるでしょ。ボディタッチも日常的にあるんだし、むしろ男子の体に触るほうが今や抵抗があるかもしれない。


 そんな事を考えつつ服を脱ぎ、タオルを持っていざお風呂に突貫。もちろん入る前に全身キレイに洗って、広い浴槽にちゃぽんと体を沈めた。途中で洋子さんが『体洗いっこしようか、ね?』とか言って邪魔してきたが、そんな元気がないくらい疲れてるのでちゃっちゃとお湯に浸かりたい旨を伝えるとしぶしぶと引き下がってくれた。でもなんだかしょんぼりしてかわいそうだったので、背中だけ流してもらう事にした。たまに胸の近くとか脇腹に洋子さんの指が当たったけど、まぁ大目に見ましょう。私の体はアバラがくっきり浮くぐらい結構なガリガリ具合なんだけど、柔らかい部分は本当にプニプニしてて柔らかいからね。真帆さん達に教わってお肌の手入れもちゃんとしてるし、触りたくなっても仕方がない。


 大きくため息をついてから、グーッと指を絡ませて両手を前へと突き出す。前世の体ならあっちこっちでゴキだのグキだのと骨が鳴ったんだろうけど、まだまだ幼いこの体は特に音も出さずに疲れた筋肉や筋をいい感じに伸ばしてくれる。そのまま指を離して両手をお湯の中に沈めると、ちーっとも膨らまない自分の胸が目に入る。乳頭は膨らんできたからすぐに他のところも膨らんでお椀みたいになるのかなと思ったんだけど、そのまま特に動きもなくそのままになっている。


「なに、どうしたのすみれ? 胸に手なんか当てて。もしかして、苦しい?」


 自分の体を洗い終えた洋子さんが浴槽に入ってきて、私の隣に体を沈める。ちょっとだけ心配そうな表情でそう言うので、私はふるふると首を横に振った。


「わたしの胸、全然おっきくならないなって思ってたの。もしかしたら、不良品なのかも」


「すみれは気にしすぎなのよ、まだまだこれから大きくなる年頃なんだからドーンと構えてればいいの。あと、胸も背も大きくしたいならもっとご飯を食べなさい」


 洋子さんに痛いところを突かれてしまった、頑張って食べてるんだけどどうにもこうにもすぐにお腹いっぱいになってしまうのだ。胃袋が小さいのだろうか、それとも運動量が足りないのかな。ままならない自分の体に、ぷくりと頬を膨らませてしまう。そんな私を見て苦笑する洋子さんの後ろから、笑いながら近づいてくる女性の姿があった。


「あ、花さん。お疲れ様です」


 誰かすぐに分かった私が立ち上がって挨拶をしようとすると、その女性に手で制される。起き上がるために曲げた膝をまた伸ばして、座ったままでぺこりと頭を下げた。麻生花あそうはなさん、同じ映画で共演している女優さんだ。役柄としては中村さんの妹なので、私にとっても妹役だったりする。20代半ばぐらいの、まだまだ若手だけど実力派女優として有名な方だったりする。


「すみれちゃんは真面目だなぁ、でもあんまり丁寧にやり過ぎると逆に嫌がる人もいるから気をつけた方が良いよ。恩田のおじいちゃんとかそういうタイプだからね」


「麻生さん、お疲れ様です。恩田さんとは親しいんですか?」


 私に苦言を呈す花さんに、横から小さく会釈して洋子さんが質問した。それを聞いた花さんが、笑いながら答える。


「飲み友達なのよ、私なんかじゃなかなか行けないお高いお店なんかにも連れて行ってもらえるから、結構ありがたいのよね」


「お二人は結構、お歳が離れてらっしゃるのに……」


「私は割といろんな人と飲みに行くけどね、中村さんともたまに行くよ。すみれちゃんもお酒が飲める歳になったら、一緒に行こうね」


 社交辞令だろうけれど誘ってくれた花さんに、私は『はい、是非お願いします』と返事を返した。するとどうかしたのか、私の目の前に移動した花さんがじっと私の目を見つめる。


「よかった、もう普通の女の子に戻ったね。さっきまでのすみれちゃんの様子が、どこからどう見ても女の子の皮を被った中村さんだったから、もしかしたら元に戻らないんじゃないかって心配してたのよ」


 私のほっぺを手のひらで擦りながら、心底安心した様に言う花さん。別に演技中も意識が飛んだりしてないし、逆に色々考えながらやってるから私は私のままなんだけどな。でもそんなに心配してくれるくらい、見てる人に私の演技が中村さんを感じさせるものだったのだとしたら嬉しい。


「ありがとうございます。でも特にわたしがわたしじゃなくなったりする訳ではないので、だいじょうぶです」


「あ、別にすみれちゃんの頭がおかしくなったーとかって思ってる訳じゃないんだよ!? 恩田のおじいちゃんがすみれちゃんの事を『あの子はイタコ女優かもしれんなぁ』とかしみじみ言ってたから、ちょっと心配になっただけで」


あわあわと言い訳する花さんの様子が面白くて、洋子さんと顔を見合わせてクスクスと笑った。その後は私と洋子さんが話していた内容を聞かれて、正直に胸の話だと話したら何が彼女の琴線に触れたのかはわからないけれど『あー、私もそういう時期あったなぁ。可愛い!』と構われてのぼせる寸前までぎゅっと抱きかかえられた。


 結果的に花さんと仲良くなれたのはよかったけれど、背中に当たっていたふたつの丸い膨らみには格差を感じずにはいられない。ご利益で美乳にならないかな、花さんのおっぱいはすごく大きい訳ではないけど形がすごくキレイなのであやかりたいなと強く思った。

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